上 下
10 / 42

10

しおりを挟む




 オルコット侯爵家に戻ると、急な呼び出しに気をもんでいたらしいアルバートとルチアがエントランスホールの長椅子にいて、中に入ればすぐに血を流しているイーディスにアルバートが真っ青になった。

「なっ、何があったんですか!」

 彼にしては珍しくイーディスに詰め寄ってきて、ルチアはばさりと羽ばたいて怪我をしている右側の肩に止まって、イーディスの状況を把握するために首をしきりに動かして片方の目でじっと見つめた。

 これは鳥特有の行動だ。大きな猛禽類以外を除いて鳥は大体目がサイドについていて多くの視野を確保している。しかし広くは見えても鮮明には見えない。

 だからこそ正面からではなく片方の目だけで横からじっと見て、一生懸命に情報を得ようとしている。

 ……それに眼球があまり動かないから、あちこちを見るときはきょろきょろとしていてそれも可愛いのよね。

 そんな風に頭の中で痛みに抵抗するように、イーディスはうんちくを披露した。

 しかし、それでも朗らかにほほ笑んでいるイーディスに、アルバートは焦った様子であっちこっちに顔を動かしていくつもの方向からイーディスの怪我の具合を確認している。

 それはもうルチアさながらだった。

「っ、ふふっ」

 まるで小鳥のようだと思っていると、アルバートは少しだけ怒ったような顔をしてキッとイーディスを睨んだ。

「何、笑ってるんだ。小さな怪我でも放置していたら感染症のリスクもあるんです。話も聞きたいけどとにかく貴方は座って、俺が治すから」
「……」

 言われてイーディスは驚いて固まってしまった。
 
 ……怒られた……。

 肩を掴まれて、先ほど彼らがイーディスを待っていた場所へと座らされて、柔らかな水の魔法に包まれる。
 
「ありがとう」

 とりあえずお礼を言いつつ、自分は本当に今、怒られたのかと、再度考えた。

 なんせ、いつもおどおどしている様子だから、それは少しだけ不思議なことで、さらに、少し無謀なことをしてしまったのだという事を今更ながら自覚する。

 ……何とか話を聞いてもらえたし、ミオがそれほど凶暴ではなかったからよかったけれど、魔法を持っていて魔力も多い聖女に、あんな風に接して何があってもおかしくなかった。

「……凄く、痛そう。血もこんなに流れているし……」

 思いつめた様子でアルバートはイーディスを見下ろして言う。肩に触れる手は震えているし、目的のためには手段を選ばない自分自身の性質をどうにかしなければと思う。

 ……でも……ミオはすごく、放っておけなくて。

 いけないとわかっていつつも、自分はそういう性分なのだと思う。

 けれども開き直ってはいけない。

 優先順位はあるべきだ。まずは目の前にいて心配してくれる彼に、イーディスは真摯でなければならないだろう。

「ごめんなさい……どうしても、声を掛けずにはいられなくて」
「? ……謝らないでください。それにまだなにも話を聞いてないのに、怒ってすみません。何か事情があったんだと思うし、貴方はあまり自分に頓着しないタイプだって知ってるから」

 落ち着いた様子で彼はそういって、いつもの困った笑みを浮かべる。すぐに聖女ミオの事を話したかったが、アルバートの言った言葉を不思議に思ってイーディスはパチパチと瞳を瞬いた。

 ずきずきと痛かった耳が楽になってきたおかげで、緊張が解けていく。

「……私が、自分に頓着しないタイプですか……?」

 彼がさらりと言ったことを聞き返してどういう意味かと聞く。

 なんせ自分では割と自己中心的なわがままな人間だと思っている。

 そうでなければ、体裁を考えてウォーレスとの結婚生活を続けたり、自分の血筋が王族と交わることを嬉しく思ったりするだろう。

 しかし、イーディスは、そうではなかった。

 自分勝手にウォーレスを見捨てた。彼をどうにか更生させて一度結んだ縁を大切にしてそばに居続けることだってできたはずなのに選ばなかった。

 だから、自己評価は割と自分本位な人間というつもりだ。

「はい……不思議ですか?」
「ええまぁ、不思議だと思うわ」
「……だって、イーディスは俺を口説く時、俺を見て他人から自分がどう見えているのかわかったから、ウォーレス殿下から離れる決断をしたと言っていた。普通は、自身がつらく苦しいからそういう決断をするんです」

 ……辛く苦しいから……。

 確かにつらくもあったしウォーレスに怒っている部分もあった。暴力はよくないと思う。それでもそれだけでは別れなかった。

「人から見て自分が逃れるべき人間に見えていると思ったから、そうしているだけで、貴方は自分に頓着していないと思いますよ」
「……そうかしら」
「はい。だから、傍から見てお互い幸せそうに見せるために、自重してください。イーディスが傷だらけでは、契約結婚の条件も満たせないですし」

 説得するように言われて、そういえば契約結婚の事を思い出す。

 お互いの元婚約者を見返すための幸せ同盟だ。イーディスの方は型が付いたのだけど、アルバートの方はまだ難しいだろう。

 そのためには確かに、イーディスはボロボロであってはいけない。

「そうね! さすがはアルバート」

 口から適当にそういった。元気に返事をして笑みを見せる彼に、やっぱりよくよく彼はイーディスの知らないイーディス自身の事まで見ていると思う。

 他人に自分を知られていくというのは不思議な心地で、それと同じだけイーディスもアルバートを知って行けるのだろうかと思う。

 そうしたいと望むのは果たしてイーディスの淡い恋心からなのか契約結婚としての義務感なのか、よくわからない。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

旦那様の不手際は、私が頭を下げていたから許していただけていたことをご存知なかったのですか?

木山楽斗
恋愛
英雄の血を引くリメリアは、若くして家を継いだ伯爵の元に嫁いだ。 若さもあってか血気盛んな伯爵は、失言や失敗も多かったが、それでもリメリアは彼を支えるために働きかけていた。 英雄の血を引く彼女の存在には、単なる伯爵夫人以上の力があり、リメリアからの謝罪によって、ことが解決することが多かったのだ。 しかし伯爵は、ある日リメリアに離婚を言い渡した。 彼にとって、自分以上に評価されているリメリアは邪魔者だったのだ。 だが、リメリアという強力な存在を失った伯爵は、落ちぶれていくことになった。彼女の影響力を、彼はまったく理解していなかったのだ。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...