上 下
302 / 305

この世界で生きていく……。7

しおりを挟む



 それからグラスに口をつける。果実のジュースがスッキリと甘くて、急に遅刻だと聞いて、焦り潤す暇がなかった喉を潤してくれる。

「ちょっといいかな」

 そう言われて振り向けば、きちっとした正装をしているのに、相変わらず髪はセットせずにポワポワさせているディックと、対照的にすべてをきちっとセットして、かっこよく決めている二人が並んでいた。

 そして二人はデザインは少し違うが似たようなジャケットを着ている。チームでお揃いにしていると言うよりは、多分二人だけなのだろうなと何となく思う。

「ディック、オスカー! さっきぶり、二人とも決まってるね」
「だろ? な、ディック、クレアも褒めてくれたぞ?」
「うう、うるさいっ、僕はなんと言われようと恥ずかしいってば!」
「ははっ、そう怒るなよ」

 ワタワタと暴れるディックをオスカーはニマニマしながら押さえ込んで、これが男女であればイラッとするほどのいちゃつきっぷりである。

 私の背後で、適当に飲み物だけ楽しんでいるヴィンスとサディアスに少しだけ視線を送れば、二人は私の視線のその先に気がついて、仕方ないと苦笑した。

 どうやら同じような、気分を味わってくれたらしい。

「ま、まあ、そんなことは良いとしてさ! クレア、君は開会の時に居なかっただろ、僕びっくりして思わず、エリアルに名簿を見せて貰っちゃったよ」
「あ、あ~そうなの。驚かせてごめんね、ちょっと準備に時間がかかってね」
「それはいいけどさ、これからは気をつけてよね、色々。プラチナバッチになると式典も増えてくるし、魔法使いになったら遅刻は厳禁だよ?」
「それは……頑張ります」

 茶色の髪をふわふわさせながら言う彼の目線は、同じ学生ではなく、教師側の意見のようなきがしてきて、出来るだけ神妙な顔をしてみたが、どうにも私は、正式な式典に参加しにくい呪いでもかかっているように思えるほどなのだ、善処する他ないだろう。

「僕がフォローするにも限界があるんだから、来年からはちゃんと一般の生徒と同じようになるようにしてよね!……まあ、そういうわけで、こ、今年も、よろしく……」

 言われて手が伸びて来て、改まって珍しいと思いつつ、ぎゅっと手を握った。

 そうするとディックは俯いて固まってしまう。そしてそれを見たオスカーははぁと溜息をついて、彼の肩を、ぽんぽんと叩いた。

 そうするとディックはやっと顔を少しあげて目元を隠すことなく、私とそれから私のチームメイトたちも見て、少し声をはる。

「み、皆も!……今年もよろしく、お、お願い、します」

 それを聞いて思わず目を丸くしてしまう。ディックは割と決めた人間以外と、真っ当に話をすることが少ない。

 それは彼自身がこの学園出身と言う生徒の中では異色の経歴ゆえか、それとも単に人見知りなのかは知らなかったけれど、ディックが望まない以上は誰も、無理に彼に声をかけることはなかったのだが。

「よろしく、お願いしますっ! ディック!」
「よろしくお願いします」
「よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」

 彼から話しかけられたとなって皆それぞれが少し嬉しそうに答えた。

 ディックは、一瞬そのグレイの瞳をキラキラさせて、嬉しそうにした後、すぐに前髪で目元を隠して「じゃあ、楽しんでね」と言ってパタパタと自らのチームの方へと戻っていき、オスカーはそれを適当に歩いて追いかけて戻って行った。

 ……頑張ってるなぁ、ディック。

 私はなんだか朗らかな気持ちになって、その後ろ姿を見送った。すると、今度はぞろぞろと、チームごと移動してきた男が一人。

 皆揃いのドレスと、ジャケットを羽織っており、シックな装いだった。

「彼はまるで健気な乙女のように可愛らしいねぇ」

 きっと恥ずかしがりながら去っていったディックのことを言っているのだろう、いつもクリスティアンらしい発言に苦笑しつつも、私も返す。

「それは何となくわかるけど、ディックを揶揄うとオスカーが怒るよ、クリスティアン。皆も、衣装とっても素敵だね」
「そうでしょ? ありがとうクレア、良かったねミアやっぱりお揃いにして正解だったよ」
「ね、アイリ。皆が納得いくデザインを探すの大変だったけど、良かったね」
 
 二人はそんなふうに喜んで、クリスティアンの後ろやそばにいる、二人のチームメイトもコクコク頷いてニコニコ嬉しそうに笑顔を見せた。

 まったくこんなに性格が良さそうな子たちを全員はべらせて、男一女四でこれ程仲のいいチームを維持できているなんて、もはや奇跡にも誓いだろう。

 ……こういうハーレムって、実際にはいざこざとかないのだろうか。

 そう思って一人一人をまじまじと見つめているとふと手を取られる。

「さて、今日は、お礼に来たんだよ、クレア」
「えっと……なんの?」
「分からないのかい? 私は悲しいよ、あれほど蜜月な時間を過ごしたというのになぁ……」
「……??」

 妖艶に笑ってみせるクリスティアンは、彼女達がいる前で、手の甲にキスしてみせる。

 手を引っ込めつつ、クリスティアンにお礼を言われるようなことをしただろうかと考えるが特に思い浮かばない。
 すると私とクリスティアンの間に、サディアスが入って、ヴィンスがやんわりと私に距離を取らせる。

「……クリス、彼女も揶揄うと俺達が怒ること、わかってるだろ?」
「……」

 サディアスは冷たい声でそういって、クリスティアンは、にっこり微笑んで返す。

「はぁ、そうだねぇ。君もナイトがすっかり板についたね」
「君も、すっかり周りを固めてもらって、まるで姫君だな」

 クリスティアンは、朗らかだったがサディアスは皮肉で返す。クリスティアンの方が身分が上なのだが、彼は怒ることもなく「そうだね」と笑顔で、両サイドにいるチームメイトにキスをしたり腰を抱き寄せたりする。

「私は助けて貰うことが多すぎて、どれ程お礼を言っても足りないくらいだ、クレア君にも……君のおかげでこうして進級できた、改めて礼を言うよ」

 最終的には、私に言いたいお礼という話題に戻ってきたらしく、その事かと思う。それはそれで当時色々と相談にも乗ってもらったりしたからチャラのつもりだったが律儀な人だ。

「いいよ、お礼なんて、今年も仲良くしてくれるだけで」
「クレア、あまりこいつに甘いことを言うな」
「ふふ、ごめんサディアス、でも、本当によろしくねクリスティアン、それから、皆も」

 彼だけにではなく、隣で笑っている彼女たちにもそういうと、皆それぞれ笑顔を返してくれる。

 それに、私だって今、彼氏が三人いるのだ、クリスティアンとは通じるものもある、また相談にも乗って欲しい。

「構わないよ。また、部屋に遊びにおいでねぇ、二人で甘い時を過ごそう」
「甘くはなくていいかな」
「ふふっ、ここ最近で君は動じなくなったねぇ、それじゃあまた、授業で会おう」
「うん、またね」

 そんな挨拶を交わして、クリスティアンは去っていく、それから私達も同じクラスの子達に一回り挨拶をしたり、別クラスの親しいチームの子の所に行ったりと、忙しなく動き回った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました

toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。 一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。 主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。 完結済。ハッピーエンドです。 8/2からは閑話を書けたときに追加します。 ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ 応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。 12/9の9時の投稿で一応完結と致します。 更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。 ありがとうございました!

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...