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この世界で生きていく……。1

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 薄暗い廊下が続く。貴族側の廊下の窓からは、吹雪とは言えないが、天気予報があるなら大雪と判断されるぐらいの雪が降りしきっている。

 人のいない寮の廊下は夏休み以来であり、日常的に常に賑わっていいる場所に人がいないという事は、どうしても不気味さや異常さが際立って心が落ち着かない。

 雪の降る分厚い雲のせいで、太陽光が遮られているせいもあるだろうが、いつもよりずっと暗くて重たい雰囲気に息が詰まりそうだった。

 ……ここまでは誰も居なかった。ローレンスの護衛は部屋の付近に待機しているかもしくは、部屋の中にいるのだろうか。

 ゆっくりと足を進める。魔力を強めて警戒を怠らない。魔法がなければ、私は彼らに取って子供も同然だ。不意打ちで簡単に仕留められてしまう可能性もあるのだ。

 もう少しで彼の部屋の前だ。私は剣を抜いて、自分の心臓の早い鼓動に耳を傾けながら、足音を殺して進んでいく。

 ……誰かいるね。

 いくら、明かりがついていない暗い廊下だとしても、人影はすぐにわかるし、顔が見えないほど暗くもない。

 ……でも、廊下に居るってことは警戒されている?

 彼のチームの中でローレンス以外に、ダウンしてなかったのは、アタッカーの二人だったと思う。魔力は限界まで引き出したとサディアスとヴィンスは言っていたので、魔力がある私と彼らなら、勝機はあるはずだ。

 ……あれ?……でもなんか……。

 髪が男性にしては長く、そして背が小さい。光源のないこの場所でも、その銀髪は、サラサラと光を反射していて驚きに目を見張った。

 ……うそ、でしょ。

 なんで、なんで貴方がここにいるの。

 俯いていた彼は、伏せっていた瞳を持ち上げて、私を恨めしそうに見つめる。

 途端に魔力を強くして、強く剣を握り直す。

 ギンッとぶつかり合う音がして、すぐに攻撃されたのだと理解するが、混乱から上手く動くことができない。魔力がある相手との戦闘はまったくの想定外だ。

 剣を打ち払われて、思わず手放す。そうすると壁に勢いよくその剣は突き刺さって、それを視界に収めてすぐに私は引き倒された。

 コーディは私に馬乗りになって、彼自身も剣を放り出して、拳を握り、両腕で何とかガードする私を何度もボコボコと殴る。

「っ……っ、ゔっ、っ」

 自らの腕の間から見える彼の顔は、生気が感じられないほど、やつれていて、私を殴りながら、彼自身、大粒の涙を流している。

 魔力を彼が馬鹿みたいに使って殴るせいか、腕が痛い。

「ダメだ、だめっ、もうダメなんだ!っ、はぁ、姉さん、あぁ」
「まって……っ、まって、コーディ」

 ……まずい、まずいこれは、まったく想定外だ。

 コーディが、限界を迎える時がタイムリミット、そう考えてできるだけ早く、行動を起こしたはずなのに、どうやらこれは間に合わなかったということだろうか。

 ……それに、今日、この場所ってことは、つまりローレンス、私の作戦見抜いてた!

 ガンッ、ガツンッと殴打されつつ、必死に頭を回す、足をばたつかせて見るも、なんの抵抗にもならない。それどころか、殴られた衝撃で、ガードしていた手が自分の鼻にあたってじんと痛む。

 ……いっ、たい!っ。

「ッ、お願いっ、まって!コーディ!」
「……」

 私の叫び声に彼はピタッと止まる。それから、じっと私を見下ろして口を開く。

「……まった、ボクは、もう、充分まった」
「え?……ど、ういう」

 何を待ったというのだろう、私を殺すのを? それともカティの帰りを? なんにせよ、分からない。

 けれど、コーディはやっぱり私を恨んでいるというより、酷い癇癪を起こしている子供のようでどうにも強くものが言えない。

「だから、いいはずなんだ、ボクはもう……ボクは、全部っ、……放り出しても。姉さん、貴方もそう思うはずだよ」
「まって、ダメ、やめて!」

 彼は胸元からキラキラ光る、よく手入れされたナイフを取り出す。先端が尖っていて、それは私の方へと向いている。

 小さなナイフだ、試合で向けられても、それほど恐怖しない代物だ。ゆっくりと近づいて来るそれを見つめて、魔力を魔法玉にとにかく込める。ディックに辛い思いをさせてしまうが、それよりも目の前の事の方が優先だった。

「っ、ゔっ!っああっ!!」
「死んで、死んでよ、もういいよ、ボクも多分すぐ殺されるし、はぁ、あ、カティのところに、行きたい」

 思わず迫ってくる、ナイフの切っ先を手で防いだ。じわじわ焼けるように痛くて、鉄の刃は私の手のひらを切り裂いて進んでくる。

 少し擦れる度に飛び上がりそうなほど痛くて、血がぽたぽたと顔に落ちてくる。

「ねえ、クラリス姉さん、ボク、じゅうぶん待った、貴方は色んなしがらみから逃げ出して、ボクのカティを犠牲にして、逃げ出せた。だから、ボクの、手を、てをさ、引いてくれても良かったんじゃないのかな」
「ゔうっ、ああっ」
「……今はもう、手遅れだ」

 そう言って彼は、私ではなくクラリスへとその言葉を言って、強く力を込める。ナイフをずっと止めていられるわけもなく、ジリジリと迫る切っ先はついに私の喉笛にさしかかる。

 ぽたぽた溢れる血に彼の涙が混ざって、可哀想にと思う。彼は待っていたのだ、クラリスが姉として、手を差し伸べてくれるのを、それならばそうしてくれたなら、許せるかもしれないと、もしかしたらそう思っていたのかもしれない。
 
 でも、もう待てない、そう言いながら私にナイフを押し付ける彼はもう壊れてしまったのだろう。

「まって、やめて、コーディ」
「……」
「殺さないで」
「……」

 視界は真っ赤に染まっている。痛みと、いつの間にか流れ出した涙と、私とそっくりの日が昇る前の朝のような深い青の瞳。

 これが、私のこの人生の本当の終わりになるのかもしれないと、目前に迫った死に、私を送り出してくれた、私の大切な人達の顔が思い浮かんで、だめだと心の中で、叫ぶ。

「お、お願い……殺さない、で、しにたくない」

 絞り出した声は、聞き取るのもやっとなぐらい震えていて、自分でも本当に無様な命乞いだなと、心のどこかで思う。
 
「……クラリス姉さん」
「っ、……」
「ごめんね」

 すると唐突にパーン、と何か弾ける音がした。

 もしくはパリーンだったのかもしれない。

 それは私がコーディに刺された効果音なんかでは無く、背後にあった廊下の窓が破られて、人が乗り込んで来た効果音だった。

 突然の事にコーディは振り返り、私も唖然としてその光景を眺めた。

 舞い散るガラスが鮮明に見えたのは、私が強く魔法を使って、世界がゆっくりと見えていたからかもしれない。

 コーディは、すぐに立ち上がって前のめりになりながら手を伸ばした。その先には誰かがいて突っ込むようなコーディを受け止めた。その人は、彼とまったく同じ顔をしていた。

 それだけで会ったこともないのに誰だかすぐに分かる、カティだ。この子がコーディの双子の片割れ。

 カティは、瞳を強く閉じて、酷く表情を歪めて、コーディを抱き返している。

「……間に合った、と思っていい?」

 抱き合う二人のそばで、私を見下ろし、手を伸ばすのはララだ。どうやら、彼女がカティを連れてきてくれたらしい。

 なんだか色々と反則な気がするし、間に合ったように見えるのかと逆に問いただしたい気持ちになるがそんなのは些細なことだ。

 ララがいなければ私は死んでいた。

「バッチリ、っ、ナイスタイミングっ!」
「でしょう? 後で存分に褒めてちょうだい!」

 できるだけ魔力を使って傷を治す、それから、ララの手を取った。

 手を引かれて起き上がる。色々と痛みがあるし、なんなら血まみれだがそれをジャケットの袖口で拭う。

 ワイシャツにも血が飛び散って居るだろうが、仕方がない。戻って悠長にお風呂に入っている暇はないのだ。

「さて、貴方はまだやることがあるんでしょう? この二人のことは私に任せて、行って……多分待ってるわ」

 ララが少し横に視線をむけたので私も見てみれば、コーディはまるで子供みたいに大泣きしていて、カティの方は、ひたすらにコーディに謝罪をしていた。

 この状況の二人を任せられてくれるのは非常にありがたい。それに待っているとはローレンスの事だろう。私もそうじゃないかと思っている。

 ローレンスはどんな心情であれ、私を待っているだろう。あまり待たされるのは好きでは無いと思うので、早く行くしかない。もうすぐそこ、扉を隔てて向こう側には彼はいるのだ。

「うん、ありがとう!……ララ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」

 ぽんと肩を叩かれ、私は剣を回収しようか迷って、それから、やっぱり回収せずにローレンスの部屋の扉へと手をかける。

 魔力はもうこれ以上使えない……あとは、ローレンス次第。



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