296 / 305
この世界で生きていく……。1
しおりを挟む薄暗い廊下が続く。貴族側の廊下の窓からは、吹雪とは言えないが、天気予報があるなら大雪と判断されるぐらいの雪が降りしきっている。
人のいない寮の廊下は夏休み以来であり、日常的に常に賑わっていいる場所に人がいないという事は、どうしても不気味さや異常さが際立って心が落ち着かない。
雪の降る分厚い雲のせいで、太陽光が遮られているせいもあるだろうが、いつもよりずっと暗くて重たい雰囲気に息が詰まりそうだった。
……ここまでは誰も居なかった。ローレンスの護衛は部屋の付近に待機しているかもしくは、部屋の中にいるのだろうか。
ゆっくりと足を進める。魔力を強めて警戒を怠らない。魔法がなければ、私は彼らに取って子供も同然だ。不意打ちで簡単に仕留められてしまう可能性もあるのだ。
もう少しで彼の部屋の前だ。私は剣を抜いて、自分の心臓の早い鼓動に耳を傾けながら、足音を殺して進んでいく。
……誰かいるね。
いくら、明かりがついていない暗い廊下だとしても、人影はすぐにわかるし、顔が見えないほど暗くもない。
……でも、廊下に居るってことは警戒されている?
彼のチームの中でローレンス以外に、ダウンしてなかったのは、アタッカーの二人だったと思う。魔力は限界まで引き出したとサディアスとヴィンスは言っていたので、魔力がある私と彼らなら、勝機はあるはずだ。
……あれ?……でもなんか……。
髪が男性にしては長く、そして背が小さい。光源のないこの場所でも、その銀髪は、サラサラと光を反射していて驚きに目を見張った。
……うそ、でしょ。
なんで、なんで貴方がここにいるの。
俯いていた彼は、伏せっていた瞳を持ち上げて、私を恨めしそうに見つめる。
途端に魔力を強くして、強く剣を握り直す。
ギンッとぶつかり合う音がして、すぐに攻撃されたのだと理解するが、混乱から上手く動くことができない。魔力がある相手との戦闘はまったくの想定外だ。
剣を打ち払われて、思わず手放す。そうすると壁に勢いよくその剣は突き刺さって、それを視界に収めてすぐに私は引き倒された。
コーディは私に馬乗りになって、彼自身も剣を放り出して、拳を握り、両腕で何とかガードする私を何度もボコボコと殴る。
「っ……っ、ゔっ、っ」
自らの腕の間から見える彼の顔は、生気が感じられないほど、やつれていて、私を殴りながら、彼自身、大粒の涙を流している。
魔力を彼が馬鹿みたいに使って殴るせいか、腕が痛い。
「ダメだ、だめっ、もうダメなんだ!っ、はぁ、姉さん、あぁ」
「まって……っ、まって、コーディ」
……まずい、まずいこれは、まったく想定外だ。
コーディが、限界を迎える時がタイムリミット、そう考えてできるだけ早く、行動を起こしたはずなのに、どうやらこれは間に合わなかったということだろうか。
……それに、今日、この場所ってことは、つまりローレンス、私の作戦見抜いてた!
ガンッ、ガツンッと殴打されつつ、必死に頭を回す、足をばたつかせて見るも、なんの抵抗にもならない。それどころか、殴られた衝撃で、ガードしていた手が自分の鼻にあたってじんと痛む。
……いっ、たい!っ。
「ッ、お願いっ、まって!コーディ!」
「……」
私の叫び声に彼はピタッと止まる。それから、じっと私を見下ろして口を開く。
「……まった、ボクは、もう、充分まった」
「え?……ど、ういう」
何を待ったというのだろう、私を殺すのを? それともカティの帰りを? なんにせよ、分からない。
けれど、コーディはやっぱり私を恨んでいるというより、酷い癇癪を起こしている子供のようでどうにも強くものが言えない。
「だから、いいはずなんだ、ボクはもう……ボクは、全部っ、……放り出しても。姉さん、貴方もそう思うはずだよ」
「まって、ダメ、やめて!」
彼は胸元からキラキラ光る、よく手入れされたナイフを取り出す。先端が尖っていて、それは私の方へと向いている。
小さなナイフだ、試合で向けられても、それほど恐怖しない代物だ。ゆっくりと近づいて来るそれを見つめて、魔力を魔法玉にとにかく込める。ディックに辛い思いをさせてしまうが、それよりも目の前の事の方が優先だった。
「っ、ゔっ!っああっ!!」
「死んで、死んでよ、もういいよ、ボクも多分すぐ殺されるし、はぁ、あ、カティのところに、行きたい」
思わず迫ってくる、ナイフの切っ先を手で防いだ。じわじわ焼けるように痛くて、鉄の刃は私の手のひらを切り裂いて進んでくる。
少し擦れる度に飛び上がりそうなほど痛くて、血がぽたぽたと顔に落ちてくる。
「ねえ、クラリス姉さん、ボク、じゅうぶん待った、貴方は色んなしがらみから逃げ出して、ボクのカティを犠牲にして、逃げ出せた。だから、ボクの、手を、てをさ、引いてくれても良かったんじゃないのかな」
「ゔうっ、ああっ」
「……今はもう、手遅れだ」
そう言って彼は、私ではなくクラリスへとその言葉を言って、強く力を込める。ナイフをずっと止めていられるわけもなく、ジリジリと迫る切っ先はついに私の喉笛にさしかかる。
ぽたぽた溢れる血に彼の涙が混ざって、可哀想にと思う。彼は待っていたのだ、クラリスが姉として、手を差し伸べてくれるのを、それならばそうしてくれたなら、許せるかもしれないと、もしかしたらそう思っていたのかもしれない。
でも、もう待てない、そう言いながら私にナイフを押し付ける彼はもう壊れてしまったのだろう。
「まって、やめて、コーディ」
「……」
「殺さないで」
「……」
視界は真っ赤に染まっている。痛みと、いつの間にか流れ出した涙と、私とそっくりの日が昇る前の朝のような深い青の瞳。
これが、私のこの人生の本当の終わりになるのかもしれないと、目前に迫った死に、私を送り出してくれた、私の大切な人達の顔が思い浮かんで、だめだと心の中で、叫ぶ。
「お、お願い……殺さない、で、しにたくない」
絞り出した声は、聞き取るのもやっとなぐらい震えていて、自分でも本当に無様な命乞いだなと、心のどこかで思う。
「……クラリス姉さん」
「っ、……」
「ごめんね」
すると唐突にパーン、と何か弾ける音がした。
もしくはパリーンだったのかもしれない。
それは私がコーディに刺された効果音なんかでは無く、背後にあった廊下の窓が破られて、人が乗り込んで来た効果音だった。
突然の事にコーディは振り返り、私も唖然としてその光景を眺めた。
舞い散るガラスが鮮明に見えたのは、私が強く魔法を使って、世界がゆっくりと見えていたからかもしれない。
コーディは、すぐに立ち上がって前のめりになりながら手を伸ばした。その先には誰かがいて突っ込むようなコーディを受け止めた。その人は、彼とまったく同じ顔をしていた。
それだけで会ったこともないのに誰だかすぐに分かる、カティだ。この子がコーディの双子の片割れ。
カティは、瞳を強く閉じて、酷く表情を歪めて、コーディを抱き返している。
「……間に合った、と思っていい?」
抱き合う二人のそばで、私を見下ろし、手を伸ばすのはララだ。どうやら、彼女がカティを連れてきてくれたらしい。
なんだか色々と反則な気がするし、間に合ったように見えるのかと逆に問いただしたい気持ちになるがそんなのは些細なことだ。
ララがいなければ私は死んでいた。
「バッチリ、っ、ナイスタイミングっ!」
「でしょう? 後で存分に褒めてちょうだい!」
できるだけ魔力を使って傷を治す、それから、ララの手を取った。
手を引かれて起き上がる。色々と痛みがあるし、なんなら血まみれだがそれをジャケットの袖口で拭う。
ワイシャツにも血が飛び散って居るだろうが、仕方がない。戻って悠長にお風呂に入っている暇はないのだ。
「さて、貴方はまだやることがあるんでしょう? この二人のことは私に任せて、行って……多分待ってるわ」
ララが少し横に視線をむけたので私も見てみれば、コーディはまるで子供みたいに大泣きしていて、カティの方は、ひたすらにコーディに謝罪をしていた。
この状況の二人を任せられてくれるのは非常にありがたい。それに待っているとはローレンスの事だろう。私もそうじゃないかと思っている。
ローレンスはどんな心情であれ、私を待っているだろう。あまり待たされるのは好きでは無いと思うので、早く行くしかない。もうすぐそこ、扉を隔てて向こう側には彼はいるのだ。
「うん、ありがとう!……ララ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
ぽんと肩を叩かれ、私は剣を回収しようか迷って、それから、やっぱり回収せずにローレンスの部屋の扉へと手をかける。
魔力はもうこれ以上使えない……あとは、ローレンス次第。
0
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
私の婚約者は6人目の攻略対象者でした
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。
すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。
そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。
確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。
って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?
ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。
そんなクラウディアが幸せになる話。
※本編完結済※番外編更新中
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる