上 下
280 / 305

人を襲う計画……。6

しおりを挟む



 生涯面倒を見る気が無いのなら、触っちゃ駄目なのよ。それに、他の誰かが、自活できるように放っておいているのかもしれないし、巣から落ちた雛鳥のような子に触れてはダメ!
 
 それは人も動物も一緒だわ!
 
 そう思うのに体は動いて部屋の灯りをつける。

 ソファの上でブランケットにくるまって団子のようになっている彼は、眩しさからか顔をしかめる。

「灯り付けないでよ」
「なんでっ?!」
「……なんでって」
「理由を言ってみなさいよ!! まさかそうしてウジウジ泣く為に消してるなんて情けないこと言わないわよね?!」
「……なんだよ……偉そうに。出てって欲しいんだけど、ボク機嫌が悪いって言ってるだろ!!」

 私の簡単な挑発に乗って、コーディは、すぐに烈火の如く怒り、マグカップを床に叩きつけて、魔法を使う。

 ……だから何だって言うのよ。私には関係ないわ!

 そんな事はどうでも良く、暖炉に近づいて薪をいくつか放り込む。それから背後から斬りかかってきたコーディにメイスを出して投げて、ついでに、何本も出して先端の尖った部分で、彼の野暮ったい部屋着を壁に縫い付けるように、投擲していく。
 
 ガスンッ、ガッ、ガッ、ガッ!

 と鈍い音で彼は壁に縫い付けられて、きょとんとした顔をした。

「静かにしてなさいよ!!まったく!」
「な、何だよ!! ボクの部屋だよ……そもそも勝手に来ておいて」
「はいはい。そうね」

 返事をしつつ、くべた薪に魔法で火をつける。思い切り火力を出して、更に薪をくべると暖かい空気が広がっていく。

 魔力を注いで炎を大きくして部屋を暖める。それから、コーディの元へと向かって、メイスを消してあげると、彼は見世物小屋のナイフ投げみたいにされていた拘束が取れて、そのまま壁を背にしてズルズルと座り込んだ。

「コーディ、貴方ね。子供みたいに、心底悲しいんですって自分に暗示をかけない事よ!」
「……貴方には分からないから、そんな事が言えるんだ。ボクがどんな気持ちか」
「分からないわよ! でもね、酷く辛くて悲しいんでしょ、だったらそういう時こそ、きちんとしてなきゃダメよ!」
「……どうして?」
「ちゃんとしていないと、どうしようも無くなっちゃうわ」

 手を差し伸べる。その手をコーディは取ることなく、立ち上がって、私をじっと見た。柔らかい銀髪は乱れていて、彼の可愛らしい三つ編みも解けてしまいそうだ。やつれているという言葉がピッタリのように思う。

 ……確かに私には分からなくて、いつまでも涙が溢れてしまうような心情を私には理解できない。けれど、それほど辛いのならば尚更だ。

「どうしようもないことに抗わなきゃダメよ。そうして、真っ暗な中、寒い中、ひとりで泣いていても、寂しいのが深くなるだけだわ」
「…………だって……暗くて、寒いんだ。カティが居ないともうずっと。だから、そうしていてもいいじゃないか」

 だから、灯りも消して、寒い部屋で過ごしていたと言いたいんだろうか。

 確かに心情にはピッタリだったのかもしれない。けれどそれでは、救われないんだと、私から見ても分かる。

 そうだとしても、と彼を説得しようとして、また涙をぽたぽたと零していることに気がつく。女の子じゃないのだから、そんなに泣かないで欲しい。私は誰であっても慰めるのが苦手だ。

 ……だって、泣いている子に怒ると私が悪者になっちゃうんだもの。

「……、……な」

 ……泣かないでよ、と言うと、更に泣く子もいるのよね。

 …………。ああ、やっぱり放置しておけばよかった。

「それでも、部屋は暖かくしておくべきだわ。それに灯りもつけておいて」
「なんで貴方にそんな、っ、事、ボクが言われなきゃならないの」
「……いいから! 明日またくるから!」

 それだけ言って、踵を返す。泣くのなら暖かい部屋、明るい場所で泣くべきよ。そしたら、きっと泣き終わる時が来るもの。

 真っ暗で寒い中泣いていたら、いつまでたっても泣き止まなくて凍傷で死んじゃうわ。

「貴方なんて、ホットミルクでも飲んでればいいのよ!! またね!!」
「…………」

 窓を開けて外に飛び出す。

 あんまりにもコーディが心配になってきて、寮の中から、コーディの部屋へとミルクを持って行こうかと考えたが、そんな考えを払うように頭を振る。

 ……まだよ、今じゃないわ。私は、私の今やる事をやらないと!

 そうして、バルコニーを飛び移って、コーディの部屋からほど近い、ローレンスの部屋の角のパーティが出来そうな大きなバルコニーへと移動した。

 ……ローレンスの部屋は分かりやすくていいわね!

 柵に降りたって腰を下ろす。ローレンスは察しがいいので、魔力を込めて強く魔法を使う。そうすると、割とすぐに窓辺へと来てカーテンを空け、無作法にバルコニーに急にやって来た私に、仕方なさそうに微笑む。

 それから少し待っていれば、窓が開けられて彼はひとりで出てくる。

 私は、誰かと話をしている時に、その会話を聞かれるのが嫌いだ。ローレンスから呼び出されたのだとして、彼がいくら身分の高い人なのだと言っても、護衛に丸聞こえの会話などしたくない。

 そういう面を理解している彼は、バルコニーへはひとりで出てきてくれる。それに私が窓から来る時は、他人がいたら嫌だと言う意思表示だと言うことも、言葉にはしていないが何となく察してくれていると思う。

「……久しぶりね、ローレンス」
「そうだね。愛おしい君の声を随分久々に聞いた気がするよ」

 ローレンスは私の側へと来て、私が腰掛けている柵へと手を付き、体を寄りかからせた。暫くぶりに見るローレンスは相変わらず、美しくて、この耳触りのいい柔らかい声を私も久々に聞いたと思う。

 吐く吐息は私と同じく白く染まる、冷たい夜風が吹いていて彼のゴールドの髪をさらう。部屋からの明かりを反射してキラキラと輝いて見えるその髪は夜闇との対比でよく映えていた。

 けれど、よく表情を表すローレンスの翡翠の瞳は、今は、闇を見つめているからか、暗く陰っていて、私は一瞬、彼が何か思い詰めているかのように思ったけれど、それがこの夜のせいなのかはたまた、彼自身の心の問題なのかは分からない。

「耳が赤いね。……この学園はアウガスと違って冬が厳しい。毎年ブロンズバッチのアウガス出身者は、体調を崩すものが多いそうだよ」
「そうね。だって嫌になっちゃうくらい寒いもの。メルキシスタ出身の子たちが元気そうなのが本当に理解できないわ」
「確かに、私も生まれによってこれ程違うのかと、驚く気持ちもあるよ。ただ、私が心配なのは、自身の体調よりも君の事だ。……暖炉の火を絶やさないようにね、ララ」
「ご心配どうもありがとう、そんなにヤワじゃないけれど」
「そうか、すぎた心配だったね」

 ローレンスは、柔らかく微笑んで、素直にありがとうと言わない私を咎めることも無い。そのことに少しの安堵と安心を感じつつ、どうして自分はいつもこうなのだろうと思ってしまう。

 ……心配、してくれるのね。ローレンスは。

 その事実が心を焦がすほど嬉しくて、思わずローレンスから目を背けた。

 ローレンスはいつも、言って欲しい事を言ってくれる。私の心の隙間が何処にあるのか彼には見えるのだと思う。きっと王族特有の翡翠の瞳が特別なんだわ。

 だから、自分よりずっと強い相手に、心配する言葉なんて出てくるのよ。他の人達が普通だわ。チームメイトや家族たちが普通のはずだ。

 ……私は強くなったのだもの、誰からも心配されないなんて名誉な事だわ。でも、ほんの時々思うのよ、寂しい気持ちが顔を出すのよ。

「いいえ、私だって風邪を引くかもしれないし、過ぎた心配なんかじゃないわ」
「……そうだね。君が風邪を引いたら、コンラットが五月蝿そうだが看病ぐらいはしに行くよ」
「あら、貴方が直接動くだなんて、それこそ周りがうるさいでしょう?」
「そうかもしれないね。けれど、自らの妻が病床の時に、世話を他人に任せるような男は、王族としての前に、人として失格だと思うよ」
「……貴方ってたまに、びっくりするぐらい性格が良いわよね」

 ここまで言うということは、本当に看病をしてくれるのだろう。確かにローレンスは、私の言って欲しい事を選んで言っている時があるが、決して失望させるような嘘もつかない。

 だから、きっと看病をするということだって本音なのだろう、こちらとしては良い心がけだと思うし、素敵な人だと思う。

「……性格がいいかどうかは分からないけれど、当たり前だと思うことを言っているだけだよ」
「そう……」

 私の言葉にローレンスは苦笑して、付け加える。こうして、ただ普通に接しているだけでは、こんなにいい人、素敵な人だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処理中です...