279 / 305
人を襲う計画……。5
しおりを挟む上から数を数えて、それから横からも数える。
……たしか、あそこだったわね。
もう一度指さし数えて、一つの部屋を特定してから、寮の屋根から目的の部屋のバルコニーへと飛び降りる。貴族側の部屋だし、本人も身分が高いので、平民側のクレアの部屋より、バルコニーも広々としている。
まだ夕飯時だと言うのに、その部屋は明かりが灯っておらず部屋の中は真っ暗だった。カーテンは空いているので、隣の部屋から漏れた光と月明かりだけが窓辺を照らしている。
……コーディ、居ないのかしら? 確か謹慎中で部屋から出られないはずよね?
そう思い、窓をコンコンと軽くノックしてみる。居ないなんて事は無いはずなので、早めに眠っているのかもしれない。
そうだったのなら通常は、ちゃんと寮内の廊下を通って出入口の扉のベルを鳴らして侍女に言伝を頼むなりするべきなのだが、何せ、平民側の緩い空気感とは違い、貴族側の寮内は誰かとすれ違っただけで噂を立てられたりして厄介だ。だから、あちら側からは入りたくない。
……それにしても外は冷えるわね。…………寝てるなら、一か八か、この窓壊して中に入ってしまおうかしら。
せっかく会いに来たと言うのに、このまま帰るのは嫌だった。ただでさえ、コーディの為にもカティの為にもせかせか動いて、こうして寒い中で彼女を説得しに言ってきた後だと言うのに、暖かい部屋でコーディがぐっすり眠っていたから会えなかったとなれば、少しばかり腹が立つ。
理不尽なのはわかっているが、それだけ森まで行くのは寒かったのだ。
……相変わらず、カティは一切出てこないし。
……何か、説得の方法を間違えているのかしら?……そもそも、ディックは、カティが望んで行方不明になっていると言っていた。
確かに、呪いの力を持つ彼女は、クラリスの代わりに嫁に行くことは出来ない。それは分かる。けれど、だからといって、自分の大事な人を置いて外界から遮断されて引きこもるというのはどう考えても無責任だ。
……それ以上の私には分からない事情があるって言うの?
でも、会ってあげればいいじゃない。カティだって、コーディと協力して例えば彼の従者の振りなんかして、立場も何もかも捨てて、そばにいてあげればいいのよ。
……そうだわ。それも出来ないって言うのなら説明して欲しいわ。そうしたら、方法を変えて、望みを叶える方法を探せばいいのよ。
それなのにカティったら。無視、無視、無視!ずっと無視!そんなに私が信用ならないの?
先程も、色々な事を彼女に話し、沢山語りかけたのに、答えを返して貰えなかったことへの鬱憤が溜まって、イライラしながら、窓をじっと見つめる。
そうすると部屋の奥で何やら発光していてすぐに魔法玉の光だとわかった。
コーディは起きていたのだろう。そして窓から来た不審者に対抗しようと、魔法を使っているに違いない。
私自身も魔法を強めて、部屋の中にいるはずのコーディを見つめる。すると、黒い人影となってこちらに近づいてきて、その輪郭がわかる頃には、彼もこちらが誰かを認識したようで、窓越しに、瞳を瞬かせた。
もう一度ノックをする。そうすると彼は素直に窓を開けて、不機嫌なのを隠すつもりもなく、それから不振そうに首を傾げた。
「…………ララ。貴方、常識というものがないの?」
「あいにく、私は下賎な平民の出なのよ、そんなもの持ち合わせていないわ」
「……そう、ボクの姉さんと同じだ」
「クラリスの事?」
そう聞けばコーディはあっさりとコクンと頷く、姉だと言うくせに、食事の場で堂々と剣を向けたのは、どういう気持ちなんだろうか。
「食堂で刺したんですってね。どういうつもり? ローレンスの話に乗るの?」
「それを聞きに来たの? 最近殿下が急かして来ないと思ったら今度は貴方か」
「違うわよ。逆だわ、私はクレアを殺さないで欲しいもの」
「は?…………意味が分からない。あれほど恨みあっていたくせに」
それは、クレアがクラリスじゃないからと言いかけて、慌てて口を閉じる。確か、これは言ってはいけないのだった。
この事をコーディに伝えると、クラリスが怒るのだとクレアは言っていた気がする。
「……気が変わったのよ」
「じゃあ、貴方はボクになんの用? 雑談なら誰ともしたくない、帰ってよ」
「……」
少し苛立ったような態度に、考える。別に彼に話を出来ることは無い。それができるのは、クレアが成功した時だけだ。
カティの事だって話をしてあげられない。
……何を話したらいいのかしら?
一応、カティの説得がまだかかりそうだったので、クレアを刺して謹慎を食らったという彼の様子も見ておこうと思い立って、ここまで来ただけなのだが、考えつつ、コーディの方へと視線を戻した。
するとコーディは、自分で自分を抱くように腕を回していてその手が小刻みに震えている。
「……寒いの?」
「え?」
「震えてるわよ……というか貴方部屋の中にいて薄着だものね、窓を開けていたら冷えるわ」
「…………貴方がいるから開けてるんだけど」
「中へ入っていいのなら入るわよ」
「……構わないけど」
「わかった、お邪魔するわね」
私自身も寒かったので、中へ入れてもらえて良かったのだが、部屋のなかだというのに暖かくない。
コーディはきっちりと窓を絞めて、こちらへと振り返るが、彼はどこかぼんやりしていて、震えているのに寒そうな素振りは見せない。
「暖炉つけていないの? え? 寒くない? 寒いでしょ?」
この時期にそんなことをするなんてどうかしている、いくら寒いのが大好きなメルキシスタの人間だとしても、暖炉ぐらいはつけなければ、凍えてしまうだろう。
私の言葉をコーディはまるで気にしていないように、部屋の奥の方へと戻っていく、それから入口付近に置かれているソファへと座った。
「寒いよ」
「そうよね?! なぁにこれ! なんでこんな修行みたいなことしてるのよ! 貴方侍女は?! 貴族でしょう?!」
「……静かにしてよ。前から思ってたけどうるさい人だ」
私の言葉をやっかむようにソファに置いてあったブランケットに身を包み、足を引き寄せて座り、コーディは湯気も立ってない、さして暖かくなさそうなコーヒーを飲む。
「侍女は居ないよ。ボクが殺したから、騎士も部屋へは近寄らないし」
「…………」
「何をしに来たか知らないけど、早く帰って、最近ずっとイライラしてるんだ」
それだけ言って、コーディは黙る。冷めたコーディをチミチミ飲んで、何もせずに空を見つめる。
それから唐突に、ぽたぽた涙を落とす。クレアと同じサファイアの瞳は涙にやわやわと歪んで、鼻をすする音がする。
…………帰ろうかしら。…………ダメよ、ララ。帰った方がいいわ。絶対そうだわ。
彼の一連の行動に、まさかここまでだとは思っていなかった自分を後悔した。けれど良く考えれば、わかったはずだ、自分の家の矜持も、何もなしにカティがいなくなって癇癪を起こすような子なのだ。
いくら貴族は大人っぽくて打算的な子が多いと言っても、個人差があって当然。
……昔からアウガス学校時代から知っているから、普通の子だと勘違いしていたけれど、その時にはカティがちゃんと隣にいたものね。
思わず頭を抱えてため息をついた。どうして男の子というのは極端なのだろう。面倒ったら無い。
もう子供って歳じゃないのよ私達。……カティも大概だけれど、これじゃあ。
「貴方だって大概よ!! コーディ!! もう!!」
経験上というか、こういう時には、私のような他人が手を貸しては良くない。だって、それは野良猫に餌をあげるのと同じなのよ。
0
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
転生侍女は完全無欠のばあやを目指す
ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる!
*三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。
(本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
転生ガチャで悪役令嬢になりました
みおな
恋愛
前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。
なんていうのが、一般的だと思うのだけど。
気がついたら、神様の前に立っていました。
神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。
初めて聞きました、そんなこと。
で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?
悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】
乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。
※他サイトでも投稿中
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる