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人を襲う計画……。3
しおりを挟む二人きりの世界に入ってイチャイチャしていたのだが、忙しない足音が迫って来たことによって、現実に引き戻される。それからどんどんと強くノックされる。
「クレア!!どうなってるの!これ!おーい生きてる?!」
焦っているような足音の正体はディックだった。きっと私の部屋まで続く血痕を見て驚いたのだろう。
一応、今日の夜に彼と会う約束もしていたので、とりあえず入ってきて貰うことにする。
「生きてるよー!入ってき来て」
「……私はそろそろ床や廊下の掃除に行きますね」
「あ、うん」
彼らが来たのだとわかったヴィンスは、立ち上がって、私から離れていく。
本当はもう少し抱きしめ合ったりして、愛を確かめ合いたかったのだが、いつでもそれはできるのだ、今は、私のために手間をかけてくれたディックの方とお話した方がいい。
中へと入ってきたのはディックだけで、オスカーは見当たらない。
「てっきり二人で来るのかと思ってたんだけど……」
「今日は僕一人でって、置いてきたんだ」
「そうなの? 座って」
「うん」
「お茶を出しますね」
「ありがと、よろしく」
椅子をすすめると、ヴィンスがお茶の準備を始め、先にお茶菓子として常備してあるクッキーを小皿に乗せて出した。
その後すぐに、紅茶を出されてディックと二人でお茶を飲み一息つくと、不意にディックは床へと視線を落とした。
「で、君、これってどうしたの?」
「コーディに刺されてね。見てた人も多いから、コーディはしばらく謹慎になると思う」
「ふぅん。……クレアは、オスカーのこと喧嘩早くて危ないって言うけど、僕、君の方が怪我してること見るの多いよ」
「…………まぁ、私、弱いから」
「気をつけなよ。本当に。いつか死ぬよ」
「うん」
確かに今回の事も、まさかこんなところで誰かに襲われるはずが無い、という慢心が心の奥底にあったような気がする。
ただ、寮という自分の家も同然の場所でも、安心してご飯を食べててはいけないのかという落胆の気持ちも大きく、そのふたつがせめぎ合っているような状態だ。
……そう考えると、前世って、すごく安全な場所だったよね。トラックに轢かれた私が思うのも変だが、夜中にひとりでぷらぷしてても攫われないし、殺されないし。
今の世界との対比を考えると憂鬱だ。
ディックは頬杖をついて、テーブル越しに私を見つめる。目が合って首をかしげれば、彼は、目を細めて少し怒ったような顔になる。
「…………」
「ディック?……話に来てくれたんしょ。作戦を思いついたって……」
「……言ったけど……それと君にこれを話すかどうかは僕の勝手だろ」
「そ、そうだったの?」
「そうだよ。だって……僕の自由のはずだし」
「うん?」
ディックはグレイの瞳を隠すように、俯いて、私はふわふわの長毛の犬みたいだなと思う。確かこんな犬種がいたと思うのだ。
……しかし、話すかどうかって、何か言いづらい作戦なのかな? オスカーもいないし、というかそれが変なのだ、だってあのディックだ。
何故かオスカーの部屋に行くといつもいるし、ポジション別クラス以外の時に一人でいるのを見たことがあっただろうか。
多分、私のクラスの人間なら誰だって、ディックが一人でいたら、オスカーはどうしたの?と聞くだろう。そのぐらい一緒にいる事が前提の二人だ。
「……今日、オスカーはどうしたの?」
「だから、置いてきた。…………真剣な話だから……それに、僕の責任の話だから、僕が頼らないように」
「…………何か言いづらいことを言うのなら別に頼ってもいいんじゃない?」
「いいから……僕だってちゃんと決心つけてきたんだ」
そう言いつつも、ディックはどこか不安げで、目が見えないので表情も読み取れない。彼がこうして俯く時はだいたい緊張しているとか、自分を守っている時だ。
……それだけ、私に非難されるぐらい変な作戦ってこと?でも、それをわかっていたら提案する意味はないもんね。
そうだとするとどうしてこんなに不安げなんだろう。
「…………」
「…………」
俯いたまま、黙りこくってしまった彼に、私もなんというべきか分からずただ、見つめた。
ただ彼の中で何か話をすることが不安なのだろう。不安というのは、つまり、私がどう思うか分からないという不安のはずだ、だから、言うのに決心がいるのかな。
「ねぇ、ディック。魔法使う? 私と魔法使えばある程度、私の気持ちわかるよ」
「…………やめとく。これからも、誰に対してもそうしていくわけには、いかないでしょ」
……それは、その通りだね。
取り出した魔法玉を服の中にしまい、改めて彼を見る。心の中で、頑張れ~と応援しながら、お茶を飲んでクッキーを食べて待つ。
するとディックは、頬杖をついていた手を胸の前に持ってきて、手で手を温めるみたいにぎゅっと握るそれから俯くのをやめて私を見た。
「……僕は学園の人間で、本当は誰かに加担したり……しちゃダメなんだ」
「うん」
「だから、例外中の例外だと思って聞いて。もう二度とこういう事は出来ないから……僕はそれでも君が生きてる学園生活がいいから。ズルをするよ」
「……」
学園側の人間として、ディックがどういうふうに生きているのかは分からない。
一個人である、ディックが自分の気持ちによって誰かに協力したり、何かをする事なんて、私から見たら当然だけれど、彼にはそれほど、決意が必要な事なんだと思う。
そう考えると少し申し訳ないという気持ちがあるけれど話をしてくれる彼に、報いなければという気持ちが同時に存在する。
「…………ありがとう。……私のために、ごめん」
「フンッ、別に僕が勝手に考えて、勝手にやってる事になんで君が謝ったりお礼を言うんだよ。おかしいだろ」
「そうかな。ディックは優しいね」
「優しくない、それに! 君がいないとリーダークラスで僕がひとりぼっちになっちゃうだろ!だから、居なくなられたら困るんだ!」
「うん、そうだね」
「本当にそれだけだからな!」
「うん」
照れ隠しなのか、なんなのか、まぁあまり追求しなくてもいいだろう。私がうなずけばディックは、今までの少し投げやりな態度をやめて真剣に私に向き合う。
「僕が考えた作戦だけど、オスカーの予想も折り込み済みで、考えてあるから、多分上手くいくと思う。気になることがあったら聞いて」
「うん」
「前提条件から整理すると、君はの勝ちが確定する条件は、ローレンス殿下と二人きりで、話が出来ることでいいんだよね」
「そう、だと思う。そこからは私が頑張るしかないと思う」
「君はちなみに、僕の案以外で何考えがある?」
「…………皆でローレンスを強襲する以外の案は出てないね」
サディアスとヴィンスと話し合い、チームでも話し合いを重ねているのだが、どうやっても、ローレンスが私と二人きりになりたくないと思いっている以上、襲って護衛を剥ぎ取り、どうにか二人になるしかないと言う結論にいつも落ち着いてしまう。
ただそうなると、多分本当に、何らかの罪で捕まる可能性もあるし、成功する道筋を立てるのにも、随分と時間と練習が必要になるだろうと言うことだった。
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