上 下
271 / 305

タイムリミットが迫ってる……らしい。7

しおりを挟む





 寮の部屋に戻ると随分と冷えてしまった体がやっと暖まる。カティの家までの往復で、随分と時間を取られてしまったのでもうお昼時だ。

 ……チームメイトとお昼なんて食べたくないわね。彼が戻ってきたら、彼でもいいのだけど……。

 そう考えていればトントントンと歯切れよく駆けてくる音が聞こえてすぐに誰だかわかる。

「ララっ!!入っていいですか!」
「いいわよ」

 返事をすれば、彼は勢いよく扉を開けて私の部屋へと入ってくる。相変わらずの緩みきった顔つきに、少し安心しつつ、何故かボロボロなコンラットに私は目を瞬いた。

「どうしたのよ、随分ボロボロね」
「そうですか? ああ! ララの事を悪く言っていた上級生がいたから、斬りかかったら返り討ちにされたからだ」
「それにしたって貴方の綺麗な黒髪が台無しよ。ちょっとそこに座りなさい」

 誰に何を言われようと気にしないと言っているのに、この人はいつもこうだ。どうせ負けるのだから、わざわざ手を出さなければいいというのに。

 仕方なく思いながらも椅子を進めれば、素直に従い座る。

「……貴方また身長が伸びた? このままいくと熊みたいになっちゃうわよ」
「俺もそれは嫌ですが、勝手に大きくなってしまいますから、諦めて熊としてララをお守りすることにします!」
「だから、要らないって。私より弱いのにどうやって守るっていうの、ちょっと顔を動かないで!」
「あ、はいっ」

 コンラットは私の方へと無理に向こうとしたので頭を元の位置に戻し、髪紐を解く。喧嘩した際に髪を引っ張られたのか、変な絡まり方をしていた。手櫛で梳かして、いつも通りに結び直す。

「櫛を使うの面倒だから、適当でいいわね?」
「はい、問題ないです」
「あ、そうだ。コンラット、お昼ご飯食べた? 私まだなのよ」
「食べましたが、腹が減ったのでもう一度食べます!」
「…………どうもありがとう」

 ……そういえばコンラットはいつからこんな風だったっけ?

 確か出会った頃は、気難しくて、他人にも自分にも厳しそうなイメージがあったのに、今では、私に対してはだいたいこんな様子だ。

 好かれているとは思うし、嫌では無いのだが、私以外に向けるあの高圧的な口調と態度とのギャップに、つい可笑しくなっちゃうのよね。

「あ、ひとついいですか?ララ」
「なによ」
「……殿下が呼んでます。俺はシャーリーの事への釈明だと予想してます!」
「……あの人はそんな事しないわよ。別に私も望んでないし」
「では、なんの用事だと思いますか?」
「…………」

 きっとカティのところへ、行っている事についてね。

 私の行動は、ローレンスの邪魔になる。いつか彼に、こうして呼び出されるのでは無いかと思っていたが、意外にも早かったように思う。

 ……それだけあの人も、重視している問題って事ね。

「コンラット、貴方は私の側についてくれるわよね?」

 いくら弱くとも、コンラットが今は私に一番近い存在だ。ローレンスに言いくるめられたりして、私の行動を制限するような行動を取られたら厄介だ。

 何となく、魔法を使って、コンラットの今縛ったばかりの黒髪を引っ張った。こうして引っ張ってみると、まるで黒い犬のしっぽを掴んでいるみたいな気分になって薄ら笑う。

 コンラットは、髪を引っ張られたことに気がついて、そのまま私の方を見上げてくる。キョトンとした表情から、彼はいつもの外面のような眉間に皺のよった目つきの悪い顔をする。

「俺は、言っておいてくれれば、言われるままに動く、だけです」
「…………ねぇ、コンラット、貴方ってどうして私に敬語なの? なしで話してみてよ」
「…………話し方が高圧的だとよく言われるのでな。自覚しているのに、目上のものに対して変えないのは失礼だろ」
「そうね、確かに偉そうだわ。敬語の方がまだ可愛いわ」
「そうだと思います!俺はよく子供にも怖がられるし、怯えずに話をしてくれる女の子はララだけだから、出来るだけ、ララに不快に思われないようにしたいんです」

 必死に上を向いて、話をする彼は、段々といつもの緩みきった表情へと戻っていく。これはこれでやっぱり悪く無いと思っていると、コンラットは言いづらそうに、そしてすがるように私に言う。

「……あの、ララ、俺、そろそろ首が」
「離して欲しいの?」
「……まあ、そうです」
「いいわよ。お昼にしましょうか。あ、無理して食べなくていいからね、コンラット。いやいや食べられたら食材が可哀想だわ」
「いいえ!本当に腹が減ってるから、美味しくたべます!」
「…………どんな、体してるのよ」

 手を離せばコンラットは首をさすりながら立ち上がる。やっぱり立っているとちょっとした熊のように大きくて、高めのヒールを履いていても見上げる事になる。

 ……まあ、盾にはちょうどいいサイズ感よね。

 口には出さずにそんなことを思うが、実際はどうであれ、私より強そうな外見に、多少の嫉妬がある。だからいつも素直に褒めることが出来ないのだ。

「……まあ、エスコート相手としては、ちょうどいい身長差だもの、少し見下されるぐらいなら別に嫌じゃないわ」

 独り言みたいに呟いて、彼の腕に腕を絡める。コンラットは、少し目を細めて笑って、それからまた仏頂面に戻って、私達は部屋から出た。

 私達が二人して難しい顔をして歩いていれば、誰も声をかけて来ない。そうすると防御魔法を張ったみたいに心がふっと楽になる気がする。

 好奇の目線、悪意の目線、媚びる目線、そのどれもを無視する事が出来る、だから彼のそばはそれなりに気に入っている。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

処理中です...