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タイムリミットが迫ってる……らしい。5

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 しばらくして名前を呼ばれ、エリアルに見守られる中、魔力を流す。クリスティアンの魔力を引っ張ってきては困るので簡易魔法玉での魔法だったのだが、ものすごく効率が悪い。

「……っ、……」
「……少し調子が悪いようですね」

 じっと、見られてそんな事を言われると、どうにも焦る。手が悴んで寒いし熱がどんどん減っていく。ただ、クリスティアンの言っていた厄介な事になるのはごめんだと思い、魔力をグッと歯を食いしばって放出する。

「あまり無理せずとも、補講が…………あ、基準値を超えましたね。お疲れ様でした」
「え?補講……あるんですか」
「ええ、いきなり退学にはなりません」

 ……そ、そうなんだ。良かった、昏倒する前に溜まってくれて。

 ほっと息をついて、手を引っ込める。ふわふわと金色の光が消えていき、測定器は魔力を失っていく。

「そうなんですか……ありがとうございました」
「はい。……次、コーディ来てください」

 ギリギリまで魔力を使ったせいか、少しふらつきつつも、身を翻して、ディックの元に戻ろうとすれば、ドンッと肩がぶつかる。すれ違いにそこに居たのは、次に名前を呼ばれたコーディで、彼の方が私より体格がいいはずなのに、彼は少しふらついて一歩後ろに下がった。

「ご、ごめん!……大丈夫」

 咄嗟に謝って、俯いているコーディに聞くが返答はない。

 ……まずいな。コーディにはあんまり近寄らないようにしていたのに……。

 彼は何をするか分からない。割と怖い人なのだ、だからきちんと注意していたのに、迂闊だった。

 少し間を置いて、彼はふと私に視線を向ける。それから、おもむろに私の胸ぐらを掴んで、拳を振りかぶる。

「っ!」

 驚きと同時に何とか体を動かし、両腕を前に持ってくる。彼の拳は魔法を使っていなかったからか、ギリギリでガードできて腕がじんと痛みに痺れた。

「……もー、嫌だ。あーぁ、いやだ、いやだ。死んだらいいのに」
「っ~っ……」
 
 今日のコーディは少し……いやだいぶ機嫌が悪いように見える。というかここ最近は、たまに暴れてチームメイトに引きずられていなくなる事が多くなっていた。

 その不安定と同時に、睨まれていると感じる事も多かったのだが、間違いではなかったように思う。

「コーディ、学園内での決闘以外の乱闘は禁止です。手を離しなさい」

 エリアルの静かな声が聞こえて来て、周りが瞬間的に、警戒態勢に入っている緊張した空気感に、息を呑む。
 護衛に来ている大人たちが剣の柄にひっそりと手を伸ばすのが見える。でも、この人たちは私を守ってくれるわけでは無い。
 
 ……魔法は……次使ったら昏倒しそう。

「貴方のせいなのに、……あーぁぁ、許せない、嫌だ、もうダメだ。あ、ああっ」

 いまだに、私の胸ぐらを掴んだままコーディは、ブツブツと呟く。前髪に隠れた紺碧の美しい瞳からは、大粒の涙が溢れて、彼の目のまわりが酷く荒れている事に気がつく。

 顔色だって悪くて、髪もあまり整えている感じがない。ボロボロという表現が似合うほどに、やつれていて、そんな涙を見ているとこちらまで悲しくなってくる。

 彼の幼い容姿がそう思わせるのかもしれないが、まるで保護者を失った幼児のようだった。胸ぐらを掴まれているせいで、首が苦しい。でも、出来るだけ刺激しないように、固まって動かないようにする。

 寒さからか、内心の怯えからか手が震えて、それでも耐えていると、コーディはゆっくりを手を離す。

 それから眼球をぐちゃぐちゃにするみたいにぐしぐしと手のひらで涙を拭って、あぁー、あー、と絶望した人みたいな、まるで妻を失った夫のようにか細い声で泣いた。

「…………チームメイトを呼びましょうか。今日は測定は無理そうに見えますから」

 コーディは測定器の前で顔をおおったまま泣いて、それから、おもむろに、魔法を使う。

 私はその時点で、走り出し、ディックの方へと向かった。その場にいては危険だと思ったからだ。

 背後からドシャ、ジャララッと音がして、ディックのそばまで来てから、振り返ると、コーディは、護衛の騎士によって羽交い締めにされていた。
 
 音を立てていたのは測定器だ、瓶の中からは魔法玉が零れ落ちていて、地面に撒き散らされていた。

「ああっ!!もう、なんだんだっ!嫌だぁ!っ、死ねぇっ、姉さんっ、ああっ!!」

 半ば半狂乱のようになって叫ぶ彼に、エリアルは近づいて、コーディに手刀を落とす。「うっ」と声をあげて彼はぐったりとし、あたりは静まり返った。

 ぐったりとするコーディを何事も無かったかのようにエリアルは倉庫へと運ぶように指示をしつつ、新しい測定器を準備するからと、彼も倉庫の方へと移動していく。

 一連の騒動で、エリアルの元から少し離れていたクラリスは、トテトテと同じく、倉庫の方へと向かっていった。その表情が少しだけ、心配しているようなそんな顔に見えたのは、気の所為ではなかった気がする。

 ……姉さんって叫んでたよね。……それってクラリスの事じゃないよね。やっぱりカティなのかな……。

 戻ってきたエリアルは、平然と測定を続けた。そこにはクラリスの姿は無く、コーディに寄り添っているのだろうと思う。

 私は結局何も出来ずに、いや、する必要もなければ、私の責任も本来であればない。けれど私は何も出来なかったと何故か後悔をするような気持ちを覚えつつモヤモヤした気持ちのまま、授業を終えた。


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