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恐ろしい事があった日は……。5

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 音から目を背けるように視線を下に向ける。すると、木造の倉庫特有の搬入用の大きな両開きの扉の隙間から、地面を濡らして何かが漏れている。

 ……?なんだろう……赤い……ペンキ?

 それは、陽の光に照らされて、嘘みたいに真っ赤で。

 一呼吸置いて、あ、血か。とわかった。

 途端に全身がの肌が粟立つ、それから剣を持つ手がガタガタ震えだして、自らの手汗でぬるぬる滑る。

「……開けるぞ、ヴィンス、クレアを頼む」
「承知しています」

 サディアスは、すうっと大きく息を吸って、その搬入用の大きな扉を、思い切り叩き切る。まるでアニメや漫画のバトルシーンのように、一息で、大きな扉が木片となってバラバラと地面に落ちていく。

「…………ヴィンス、二人、殺さず捕らえろ」
「ええ」

 バラバラと崩れ落ちた扉の先、陽の光が差し込むと、中の光景がすぐ目の前に飛び込んでくる。まず血の出処、それは間違うこと無く人間である事は分かる。

 ヴィンスとサディアスが、それぞれ駆けて行きそれに続こうと、一度は考えるものの、目の前に倒れている血の出処を見て、私は目を見開いて固まった。

「いやぁぁあ!!!っ、いやぁぁ!!!ああぁぁ!!」

 チェルシーの声がする。何かを叫ぶでもなく、ただただ錯乱したような声だった。

 血の出処は、見覚えのあるツインテールだった。でも、見覚えがあるのは、ツインテールだけで、その顔には大きな切り込みが入ってしまっている。

「ゔっ!……う……っ、」

 顔は大きく斜めに裂かれて、瞼が避け、あらぬ部分から眼球が露出しており、その黒目がこちらを見ているような錯覚を覚えた。

 そんなはずは無い、だってこれはどこからどう見ても死体だ。死んでいる、殺されている、生きていない、チェルシーの悲痛な叫び声が聞こえて来る。

 込み上げてきた胃酸を嚥下して、釘付けになってしまった自分の瞳を何とか動かして、二人の元へと向かう。

 そこは既に酷い有様だった。ヴィンスとサディアスによって手を下されたもの達の血が赤黒い水溜まりを作っていて、その中心には、荒い呼吸をしながら盾を構えるシンシアと防御魔法の中でただ頭を抱えて小さくうずくまる、チェルシーの姿があった。

「いやぁぁぁぁっ!!いやっ、いやぁぁ!!!」

 私がアタッチメントの魔法を解くと、中で反響していた声が外へ出たからか、チェルシーの喉が潰れてしまいそうな、引き絞るような声が倉庫内に響き渡る。

 ゆっくりと、彼女達の元へと歩み寄る。シンシアは私が現れたことにハッとして、それから、堪えられないという風に涙をこぼす。

 ……シンシアはまだ大丈夫そう……だね。

 所々の怪我はあるけれど、彼女の固有魔法の性質故か致命傷になりそうな傷はない。それよりも、深刻なのはチェルシーだろう。

「あぁぁあ!!!いやぁぁああ!!いやぁあっっ!!」
「チェルシー、迎えに来たよ」

 死体を見た動揺からか、自分の声は震えていて、それを何とか推し隠すように、体にぐっと力を入れ、チェルシーの前に膝をつく。

「帰りますわよ、チェルシー」

 叫ぶ彼女の肩にぽんと手を置く。すると、ぐわっとチェルシーは起き上がって、手に持っていた新調したばかりの剣を私に向けた。

 焦点があっていない目で私を見つめて、すぐに魔力を強める。両腕でガードすると鈍く腕に痛みが走る。そのまま、刀身を引っ掴んで思い切り引っ張った。

「ぐっ、っ!!」

 それから、剣を遠くに投げ捨てて、彼女を押し倒す程の勢いで抱きしめる。背中に手を回して、きつくきつく抱きしめた。

「チェルシー、大丈夫……帰ろう?」

 できる限り優しい声音で言う。彼女の体は酷く緊張していたけれど、次第に力が抜けて言って、やがてか細い声がする。

「……くれあ……」
「うん」
「……ごめんなさい、きて、くれたんですね」
「そうだよ。…………間に合って良かった」

 けっして間に合っていると本気で思っているわけでは無い。けれど、少しでも安心させたくてネガティブなことを言うのは辞めた。
 
 チェルシーは私に抱きしめられたまま、やがてゆっくりと力が抜けて行く。意識を失ってしまったのだろう。私は、彼女を持ち上げて、シンシアの方を見る。

「シンシア、歩けそう?」
「ええ、ええ、…………大丈夫です、大丈夫ですから」

 シンシアは酷く疲弊した様子でフラフラとこちらへとやってくる。

 私は、ヴィンスと少し離れたところでこちらをみやっているサディアスの方へと視線を向けた。

 彼らは、先程話をしていた通りに、一人一人ずつ何やら喚いている男をそばに置いていて、その唯一生きている二人の男は、いずれの四肢も変な方向に向いていた。
  
 それに、ヴィンスの方は比較的、服は綺麗なのだが、サディアスはもう、血の海にでも浸かってきたのかという程、返り血を浴びていて、でも、その髪と瞳だけは、いつも通りの色で奇妙なアンバランスさに軽いめまいを覚える。

「……私達はどうすればいい?」
「…………俺の部屋で待機していてくれ、俺たちは後処理をしてから向かう。魔法はまだ使えるな?」
「うん、平気……じゃあ、行こうシンシア」

 チェルシーを抱き抱え直して、私は一歩一歩踏みしめて、倉庫の外へと向かっていく。

 入口にある死体については、出来るだけ見ない振りをして、ただただゆっくりと、重たい気持ちを引きずりながら、帰路へと着いた。



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