261 / 305
恐ろしい事があった日は……。5
しおりを挟む音から目を背けるように視線を下に向ける。すると、木造の倉庫特有の搬入用の大きな両開きの扉の隙間から、地面を濡らして何かが漏れている。
……?なんだろう……赤い……ペンキ?
それは、陽の光に照らされて、嘘みたいに真っ赤で。
一呼吸置いて、あ、血か。とわかった。
途端に全身がの肌が粟立つ、それから剣を持つ手がガタガタ震えだして、自らの手汗でぬるぬる滑る。
「……開けるぞ、ヴィンス、クレアを頼む」
「承知しています」
サディアスは、すうっと大きく息を吸って、その搬入用の大きな扉を、思い切り叩き切る。まるでアニメや漫画のバトルシーンのように、一息で、大きな扉が木片となってバラバラと地面に落ちていく。
「…………ヴィンス、二人、殺さず捕らえろ」
「ええ」
バラバラと崩れ落ちた扉の先、陽の光が差し込むと、中の光景がすぐ目の前に飛び込んでくる。まず血の出処、それは間違うこと無く人間である事は分かる。
ヴィンスとサディアスが、それぞれ駆けて行きそれに続こうと、一度は考えるものの、目の前に倒れている血の出処を見て、私は目を見開いて固まった。
「いやぁぁあ!!!っ、いやぁぁ!!!ああぁぁ!!」
チェルシーの声がする。何かを叫ぶでもなく、ただただ錯乱したような声だった。
血の出処は、見覚えのあるツインテールだった。でも、見覚えがあるのは、ツインテールだけで、その顔には大きな切り込みが入ってしまっている。
「ゔっ!……う……っ、」
顔は大きく斜めに裂かれて、瞼が避け、あらぬ部分から眼球が露出しており、その黒目がこちらを見ているような錯覚を覚えた。
そんなはずは無い、だってこれはどこからどう見ても死体だ。死んでいる、殺されている、生きていない、チェルシーの悲痛な叫び声が聞こえて来る。
込み上げてきた胃酸を嚥下して、釘付けになってしまった自分の瞳を何とか動かして、二人の元へと向かう。
そこは既に酷い有様だった。ヴィンスとサディアスによって手を下されたもの達の血が赤黒い水溜まりを作っていて、その中心には、荒い呼吸をしながら盾を構えるシンシアと防御魔法の中でただ頭を抱えて小さくうずくまる、チェルシーの姿があった。
「いやぁぁぁぁっ!!いやっ、いやぁぁ!!!」
私がアタッチメントの魔法を解くと、中で反響していた声が外へ出たからか、チェルシーの喉が潰れてしまいそうな、引き絞るような声が倉庫内に響き渡る。
ゆっくりと、彼女達の元へと歩み寄る。シンシアは私が現れたことにハッとして、それから、堪えられないという風に涙をこぼす。
……シンシアはまだ大丈夫そう……だね。
所々の怪我はあるけれど、彼女の固有魔法の性質故か致命傷になりそうな傷はない。それよりも、深刻なのはチェルシーだろう。
「あぁぁあ!!!いやぁぁああ!!いやぁあっっ!!」
「チェルシー、迎えに来たよ」
死体を見た動揺からか、自分の声は震えていて、それを何とか推し隠すように、体にぐっと力を入れ、チェルシーの前に膝をつく。
「帰りますわよ、チェルシー」
叫ぶ彼女の肩にぽんと手を置く。すると、ぐわっとチェルシーは起き上がって、手に持っていた新調したばかりの剣を私に向けた。
焦点があっていない目で私を見つめて、すぐに魔力を強める。両腕でガードすると鈍く腕に痛みが走る。そのまま、刀身を引っ掴んで思い切り引っ張った。
「ぐっ、っ!!」
それから、剣を遠くに投げ捨てて、彼女を押し倒す程の勢いで抱きしめる。背中に手を回して、きつくきつく抱きしめた。
「チェルシー、大丈夫……帰ろう?」
できる限り優しい声音で言う。彼女の体は酷く緊張していたけれど、次第に力が抜けて言って、やがてか細い声がする。
「……くれあ……」
「うん」
「……ごめんなさい、きて、くれたんですね」
「そうだよ。…………間に合って良かった」
けっして間に合っていると本気で思っているわけでは無い。けれど、少しでも安心させたくてネガティブなことを言うのは辞めた。
チェルシーは私に抱きしめられたまま、やがてゆっくりと力が抜けて行く。意識を失ってしまったのだろう。私は、彼女を持ち上げて、シンシアの方を見る。
「シンシア、歩けそう?」
「ええ、ええ、…………大丈夫です、大丈夫ですから」
シンシアは酷く疲弊した様子でフラフラとこちらへとやってくる。
私は、ヴィンスと少し離れたところでこちらをみやっているサディアスの方へと視線を向けた。
彼らは、先程話をしていた通りに、一人一人ずつ何やら喚いている男をそばに置いていて、その唯一生きている二人の男は、いずれの四肢も変な方向に向いていた。
それに、ヴィンスの方は比較的、服は綺麗なのだが、サディアスはもう、血の海にでも浸かってきたのかという程、返り血を浴びていて、でも、その髪と瞳だけは、いつも通りの色で奇妙なアンバランスさに軽いめまいを覚える。
「……私達はどうすればいい?」
「…………俺の部屋で待機していてくれ、俺たちは後処理をしてから向かう。魔法はまだ使えるな?」
「うん、平気……じゃあ、行こうシンシア」
チェルシーを抱き抱え直して、私は一歩一歩踏みしめて、倉庫の外へと向かっていく。
入口にある死体については、出来るだけ見ない振りをして、ただただゆっくりと、重たい気持ちを引きずりながら、帰路へと着いた。
0
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
私の婚約者は6人目の攻略対象者でした
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。
すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。
そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。
確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。
って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?
ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。
そんなクラウディアが幸せになる話。
※本編完結済※番外編更新中
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる