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告白の返事がそれって……。8
しおりを挟む大きな砂時計が回されるのと同時に、バイロンの「初め!」という大きな声が響く。
わたくしのすぐそばに居るブレンダは、険しい表情で、チームクレア対チームクリスティアンの錠前を見つめ、それからすぐに始まった試合へと視線を移す。
その視線につられるようにして、わたくしも下階の練習場を見下ろすと、どうやらクレアは固有魔法を使って居ないようで、開始直後の対戦相手は一番戦力の近いクリスティアンとの対戦になっている。
……無難な采配ですわね。いくら実力が無いと言っても、クレアの魔法を使ってヴィンスかサディアスが二人を相手するより、効率が良いのは事実ですわ。
それに様々な憶測の飛び交っている彼女の固有魔法については、こういう場で披露するのを避けた方がいいはずですもの。
勝利を望むのであれば、チームの中の誰かがカギの魔力を塗り替えなければならない。
クリスティアンは魔力が少なく、魔力の多いクレアと戦うのにそんな、魔力を捻出できないはず、恐くは他のチームメイトがカギの魔力を出している、そうすると、塗り替えるのにも相当な魔力が必要になる。
そのあたりを個人戦での戦闘能力の高いヴィンス、サディアスがカバー出来れば負ける試合ではありませんわね。
そう結論付けて、わたくしを抱いて、同じくクレアの試合を見に来たエリアルに視線を向ける。
王子であった故か、はたまた、身内に強大な敵が居たせいか、常日頃から表情を読みづらい人だけれど、わたくしと同じく、ずっと見守ってきている彼女が、少しは戦いというものを覚えてきているのが少しは嬉しそうだ。
ふと、わたくしの視線に気がついたエリアルはその翡翠の瞳をわたくしの方へと下げて、微笑む。
『にゃお』
「……」
ひとつ鳴いてまた、彼女達の戦いに視線を落とすと、わたくしの額から背中へとエリアルはゆっくりと撫でる。
耳を寝かせて、沢山撫でても構わないと意思表示をしてから、クレアの戦いに意識を集中する。
……まだまだ、二人とも闘志が足りませんこと。
クリスティアンもクレアもお互いに対敵するような表情を作れてはいるけれど、とても、他の生徒には追いつけない。
気迫も、敵意も殺意も足りないけれど、及第点という事にしておこうと思う。
必死に、剣を合わせて自身を奮い立たせて戦う姿は、それでだけで心を打つものがある。彼女達が悠長にお互いだけを意識して戦っているうちにも、他のチームメイト達の戦況は目まぐるしく変化していく。
変わった固有魔法を使う、ミアとアイリは示し合わせたように合流して、チェルシーとシンシアを翻弄しつつ、クリスティアンの補助に回るべく動いているが、サディアスは既に敵を倒し、クレアの戦いを邪魔させないような位置から、ミアとアイリとの戦いへと参入する。
ヴィンスは相変わらず、いつでもクレアを助けられるポジションまで、押されている振りをしつつセーブして移動し、クリスティアンチームの女生徒の攻撃を軽くいなしている。
最終的には、クリスティアンにクレアは、負けてしまい、無様に地面に転がるけれど、仇を打つようにして、サディアスが間髪入れずにクリスティアンへと攻撃を仕掛け、その補助にミアとアイリを倒したチェルシーとシンシアが入る。
勝敗は決し、今回の模擬戦はチームクレアの勝利となる。
ブレンダは、錠前が開いたのを確認しつつ、観覧の二階席から、魔法を起動しながら飛び降りていき、わたくしはエリアルの上から飛び降りて、低い視線で、観覧席の廊下を歩く。
ブロンブバッチ担当のエリアルだけれど、試合の業務に関しては基本的にブレンダやバイロンが担当で、大きなイベントの時以外は、非番となっている。
好評などもする必要は無いので、わたくしはエリアルの先を歩いて教員棟の方へと歩いた。
かるく助走をつけて、テーブルの上へと飛び上がる。無事に着地し、置いてあったいくつかの書類を踏みつけて後ろから部屋に入ってくるエリアルの事を見やった。
彼はわたくしが邪魔そうにすれば、すぐにその書類たちを片付けて、代わりにわたくしに紅茶を淹れてくれる。
濃く淹れた紅茶を少しの水で割って飲む、ぬるい紅茶がわたくしは好きで、これを見る度にエリアルの愛情を感じるような気がする。
「クラリス、あの子、少しは強くなっていました。私のクラスの時にも、思っていましたが、まったく剣を握ったことが無い動きから、少しは成長と慣れが見受けられれるようになりましたね」
『そうね』
「やはり、周りの生徒が皆、自分より格上という事もあって学ぶことが多いのでしょうか」
エリアルは、柔らかく微笑んで、テーブルにつき私と視線を合わせる。それからあっと思い出したように立ち上がって、戻ってきたと思えば、何やら簡易的な梱包のお菓子を持ってくる。
『でも、あの程度ではまったく話になりませんことよ。何の力にもなりませんわ……そちらは?』
「……彼女が……その」
『貴方に贈り物ですの?どういうつもりかしら』
ペーパーの包装を開いてみると、中には魚のような形の不格好なクッキーが入っており、一目で素人の手作りだとわかる。
いくらなんでもエリアルがこれを食べるとは思えなかったが、クレアの意図が理解できない。
毒が入っていないか、匂いを確認してみると、何か食欲のそそる香りがする。
「いえ、僕にではなく……僕がクラリスに、人間用のお菓子を食べさせている事を話をしたら、彼女がこれを」
『……では私にという事?……それよりエリアル、貴方またクレアとフランクに接しすぎではなくて?彼女にとってわたくし達は、間違うことなく敵ですわ』
「ごめん、クラリス。……とりあえずこれは捨てておくね」
……元々、人の良いエリアルが自分の成果物であり生徒であり、私の体をしているクレアを好意的に思うのは、必然であるということは承知しているつもりですわ。
けれど、わたくし達は、それを承知してしまえば、またひとつ、失う事になる。
……そういう情をローレンス様は鑑みてはくれないのよ。
だから、彼の犠牲を終わらせるためにもクレアにはというか、わたくしの体にいるのが誰であったとしても、ローレンス様を排斥するための糧となってもらなければならない。
サディアスがクレアだけを救いたいと言った時には、また別の者がわたくしの体に宿るのなら、クレアだけを避難させられるのならそれでも良いのかもしれないと思ったけれど、それをクレア自身は望んではいなかった。
彼女はまだ、諦めて居ない。自分が生きると言うことをわたくしの体で、この場所で生きていくという事を。
だから、警戒は必要よ。どうしても、わたくし達は折れられない理由がある。
『……いいえ、食べますわ。わたくし今、お腹が空いてますもの』
でも、彼女が送ったものをわざわざ素直にすべて捨てる必要は無いもの。毒は入っていないようだし、美味しそうな香りもする。
「そう?……あまり美味しそうには見えないけど、それに、猫用クッキーってクレアは言っていたけれど、何が入っているのか分からないよ」
『かまわなくてよ。わたくしは食べたいから食べるのよ』
立ち上がって、エリアルに向かって口を開くと、彼はひとつお魚型のクッキーを取り出して私の口に運ぶ。
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