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告白の返事がそれって……。5
しおりを挟む怒りを買うような事をしたつもりも無いのに、出てきた凶器をじっと見る。ローレンスは私を引っ張り、自らの腿に跨らせるようにして乗せる。
急に強引だな、と、平然と思う気持ちとそれから、真っ黒な刀身のナイフに対する危機感が相まって少し身を引きつつ視線をさ迷わせる。
「……ではなぜ、私に反発ばかりするのかな」
だって、貴方、自分に惚れている相手に対して、素を出さないだろう。それが嫌なのだ。だから、悟られないようにしていた……ような気がする。
「それに、君は会いにも来なければ、私が行っても喜びもせず、ただ困ったような顔をするじゃないか」
そりゃ、話をする度に乱暴にされているのだから、会いたいとは純粋に思えない、ローレンスに会うというのは相当な痛手を負うし……。
というか自分でもわかっているだろう。
「嫌っているというのなら、それでも構いはしないよ。ただ、なぜ、サディアスの件、そもそも、呪いを手に入れようとしている時点で私を恨まない?」
「……」
「不可解だ。君は私のせいで死ぬ、サディアスには大怪我を負わされただろう? 彼から話を少し聞いたよ」
そういえば確かに二人は何かしら話をしていた。
色々と端折られているような気がするが、ローレンスから見れば、私のせいでテロが起きて、大変な事になったという事を私がサディアスに伝えてそれによって私は刺されたというシナリオが完成しているのだろう。
サディアスがそれに付いてそう言う話し方をしたのだとすれば、彼は少しローレンスに迎合するような形をとるつもりなのだろうか。
ならば否定するのは得策では無い、というか今の彼の言葉は多分、ひとつの物事だけを指していると言うよりも、私自身の彼には理解し難い行動について言っているのだろう。
「君は何を思っていて何がしたいのかな? 私にはまるで分からない、好きだと言っただろう、けれど、それに相応する行動を君はとってない、そういう感情を抱かれる事を私もしていない」
ローレンスは私の頬に手を添えた。彼は良くこうする、きっと私の機微を感じ取ろうとしているのだろうと思う。
「私をおちょくるのも大概にして欲しい、この際だから聞いておくよ、君は何がしたいのかな? 返答次第では、この場で君を殺してもいいと思っている……さぁ、答えて」
そんな事を言われたって、私は本当のこと以外は言っていないし、ローレンスから理解されないのだとしても、好きなのだ。
どう取り繕っても、ローレンスが満足するような答えも正直思いつかないし、ナイフは出来るだけ気にしないようにして、添えられた手に手を重ねた。
「…………本当にただ好き、別にそれだけ、やりたい事は今の所生きていたいって、それも……それだけ」
「……では何故今、唐突に告白をしたのかな」
「貴方が、私は貴方に興味が無いのだと……」
というか、興味が無いのが許せないといったからだ。ただ、そうでは無いと言いたかっただけだ。
そして、私に欲求があるのなら、それに合わせようとする行動をやめて欲しいと思ったから。……そういえばこれは……まだ言ってない。
でも、言うと怒るから。
「…………乱暴をされるから、言えない」
「暴行されて、吐かされたいのかな」
「違うよ、ただ。……怒らないで欲しい、殴られたらいたいし、髪を引っ張られたら怖いよ」
……どうか、怒らないで欲しいの。
「そうすると……少しは従順になる君が悪いと思うけれどね」
「……それは……仕方ないでしょ」
「…………」
こんな事を言っても、彼にはまったく関係が無いようで、乱暴を止めるとは言わないらしい。とにかく、そう言う事、彼を怒らせることを言う私の方が悪いのだろう。
ならば何を言っても仕方ないのかもしれない、それにこの状況であると、どうあっても、痛い目には合いそうなので、素直に言う以外はないのかもしれない。
「……興味持たれないのか、嫌だって、貴方こそ行動に出てるし、それに、サディアスの件だって、呪いの事だって、私が一切知らないようにすることだってできたでしょう? それをわざわざ知らせて来る、もしくは知られるようにするから、ずっと思っていた」
言いたくない、これは絶対に切られる。
そうは思いつつも、ローレンスの目を見る。相変わらず綺麗な瞳だ。神秘的とも言うんだろうか。少し怖い。
「貴方、無関心が怖いでしょ。それに、何かしらでも、好きという感情じゃなくても、注目を集めていることに安心するんでしょ」
僅かにその手に力が入る。言われたくはない言葉だったのだろうなとわかっていても、ここまで来て止められない。
「だから、呪いが欲しくて、だから、テロを仕掛けたりする、多分、ララに興味を示したのだって、その一環だと思う」
ローレンスが、ララを取り立てることによって起こる騒動というものをローレンス自体が分からないわけが無いのだ。ララもクラリスとローレンスに取って理想の火種であり、自分に意識を向けてくれる嬉しい相手であった事だろう。
「……だから、ただ、気持ちを言っただけ……好きだって…………それがローレンスが本心で望んでいるのかなって思ったから、言っただけ。そうしたら、興味を持たれたいからか分からないけれど、自分の思っている本当を言わないローレンスが本音で話をしてくれるかなって……思ったから」
それからこの際、呪いの事についてだって、言及しようかなと口を開くと、彼はナイフを放り出すように消し去って、私の手を振り払って、両手で私の首を絞めた。
「っく……っ、ひっぅ」
「…………」
翡翠の瞳は暗く陰っていて、何かに怯えているような、妙に焦点が合っていないような変な目をして、力が込められているからなのか、震える手で私の気道を締める。
呼吸が出来なくて苦しいけれど、彼の上に跨っているという位置のせいか、彼の顔はよく見えた。
怯える子供みたいで、いつかの夜を思い出す。眉間に皺を寄せて、体ばかり大きくなってしまった子供みたいに意味も分からず癇癪を起こしている。
涙は出てなくても泣いてるみたいに見えるのだから、私の感性がおかしいのかもしれないが、酷く暴れては、もしかしたら傷つけてしまいそうで、ローレンスの頬に手を伸ばす。
「ッ……っ~、はっ」
涙が頬を伝うが意識は落ちない、ただただ苦しい。こう言うのは、どこかの血管だったかをキュッとやればすぐに殺せると聞いた事があるのだが、それをやるだけ冷静では無いのか、ローレンスが自制しているのか。
まぁ、どちらであっても、刃物よりはましだ。血は出ていないし。
別に、ローレンスだって、私のことが嫌いでと言うより、どうやら反射のようなのだ。
頬を緩くなでる。自分の手が、想像以上に震えていて、異常事態だと今更警告をならし、視界が白くなっていく。
でも、このまま落ちてはダメだ、死んでしまう。勢い余って殺されてしまうなんて間抜けだ。
ひゅーと喉が潰されて隙間を風が通るような音がして、私は声は出せずに口だけで『ローレンス』と彼の名前を呼ぶ。
ボロボロ涙が溢れ出て、頭に全ての血が集まってしまいそうな感覚に目を瞑りつつ、声を出せずに彼の名前を呼び続けた。
それに呼応するようにほんの少しだけ、指の力が抜けていく。私はすぐに水に戻された魚のように空気を思い切り取り込んで、肺に酸素を回す。
ゲホゲホと咳き込んでそれから、自分の喉を抑えて、何度も呼吸を繰り返した。息ができるのと同時に本当に危うく死ぬところだったと冷や汗をかく。
彼はそんな私をじっと見つめて、こちらを伺っている。
それに何時ものローレンスの観察するような瞳が重なって、怖がっているのかなと思う。もしかするといつも、本当は、他人という存在が、怖いのかもしれない。
「ッ、ごほっ、……、はっ……ローレンス」
大丈夫だ。私はローレンスに酷いことなんてしないし、できっこないのだ。わかっているだろう。
怖い目にあった子供にするみたいに私はソファに膝立ちになって、頭を抱き抱えるようにして、強く抱きしめる。
ローレンスの髪はサラサラしていて柔らかくて、心地がいい。頬擦りをして、体を押し付ける。
よしよしと頭を撫でてしまいたかったけれど、さすがにそんな事をしたら、ローレンス以外の人間にも怒られそうなので自重しつつ、表情の見えない彼を落ち着けるようにして、しばらくそうしていた。
彼がもとより、こんな性格の持ち主なのかそれとも何か歯車が狂ってこうなったのかまったく分からないほど不可解なのだが、困ったものだなぁと思う。
本人だって、あまり自覚が無さそうだし、指摘すれば、乱暴をするし、結局私はこの人に殺されるのだし、どうしたらいいのか分からない。
数分間、ローレンスは微動だにせずに、私にされるがままに抱きしめられていたのだが、不意にスイッチが入ったみたいに、私の服を引っ掴んで、魔法を使ったのかソファの外へとポイッと投げ捨てた。
ぽいっとか言う、効果音だったのだが、何せ人間の体である。どたんと、私は背面から着地し、
カーペットの存在に感謝しつつ、打ち付けた背中の痛みに悶絶した。起き上がって、ローレンスの方を見上げれば、彼は徐に立ち上がって、テーブルに置いてある、花瓶のそばにあるベルを手に取ってチリンと鳴らした。
すぐに、別の部屋で待機していた、ヴィンスと、護衛の二人がやってきて、それから流し目で私を見ながらヴィンスに「その子、持って帰ってくれるかな」と言われて、結局、言葉を交わさずに部屋を出た。というか、持って帰られた。
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