上 下
224 / 305

私の愛も、彼らの愛も……。8

しおりを挟む

 記憶を掘り起こしてクリスティアンの状況を確認する。すると彼はうん頷き続ける。

「君は別人、その原理については理解していないが、現実は理解をしているよ。そして、サディアスは……憎悪ではなく、ある種、愛憎というか、そういう情を君が向けられている事も理解した」
「あぁ、まぁ、うん。そうね、私もそれは最近知った」
「彼は、確かにずっと危うい所があったんだがねぇ、愛しているからと言って、自分の望みを通していい道理は無いよ」

 クリスティアンは、少しサディアスに対して複雑な感情があるらしい、怒っているのか、悲しんでいるのかよく分からない表情だった。

「ヴィンスも同じだねぇ、彼らの愛は相応に歪んでいる、私は意図せずとも、それに加担してしまった。それを良しとするべきでは無い、謝罪をして、償うべきだと考えているよ」
「それが、クリスティアンの罪悪感?」
「そうだねぇ、間違いは無い、私はそういう愛をめっぽう嫌うたちなんだよ、たとえどんな事情があろうともねぇ」 

 ……それは、まぁ、何となく理解できるけれど。

 クリスティアンは博愛的だ、そして健全にというか、それぞれときちんとコミュニケーションを取っていてそれぞれをケアしていて、束縛するような素振りだったり、自分の所有物のように扱ったりしない。

 そして、彼自身も押し付けるような愛情を向けられるのが嫌なんだろう。

 少しは、彼自身が思っている罪というものが見えて、安堵する。しっかりとした優しい人だからこその線引きがあるのだろう。

「わかった。…………それはわかったけれど、物は受け取れない、謝罪で十分。私は、許す。私も貴方に言わなかった事があるの」

 故意に黙っていた事だ、そして、私はクリスティアンが私に悪意を向けることをサディアスへの贖罪のように感じていた。それだって彼を利用したのと変わりは無い。

 私が貴族派に協力すると言ったとき、彼は自分で許されようとしないでくれと言っていたのに、私はそれを聞き入れてはいなかった。

「クリスティアン……サディアスの立場が落ちたのは、私のせいなの、ローレンスが私の困っているところが見たかったから、彼が自作自演で、賊を手配したって言っていたから」
「ローレンス殿下ねぇ…………殿下の仕掛けだということは、予測はたっていたんだよ」
「そうなの?」
「ああ、稀にというか、そういう事をされる方だ。それに多くの貴族は、そう言った他人の陥れ方をする、だから決して君のせいだとは断定してはいなかったけれどね」

 そんな事普通しないだろうと思うのだが、こんな世界だ。ララの出身地と言うだけでサディアスのお父さんが殺されるように、そういう陰湿な事をするのだろう。

 納得は行かないが、事実だけを見れば分かっていてもおかしくない。

「しかし、君はそれをなぜ自分のせいだと思うのかなぁ、私からすれば、殿下の起こした行動だ、責任があるのは君では無いと思うよ」
「それは……」
「何か私的な事情なのかなぁ、説明しにくい事柄?」
「う、うーん」

 曖昧に笑って、どう言えばいいのかを考えるが、難しい。

 ただかまって欲しいからやったと思うというのも誤解を招くというか、だからといって別に嫌われているという事も無いと思うのだ。

 それはとても……そうだ、わかりやすい例えならば、クリスティアンがわかる人間がいるだろう。

「サディアスと似た様なっていうか、わかるかな、ちょっとローレンスはローレンスで多分少し、抜けているというか」
「……けれど、殿下は君を殺そうとしているだろう?それも含めて、君はローレンス殿下の行動を歪んだ愛ゆえだと言うのかなぁ」
「いや、愛とか大層な事を私に思っては無いと思う、多分………………ペットというか、だから思い通りに動かないのが気に触ったみたいで」

 ぎこち無く笑って言えば、クリスティアンは眉間に皺を寄せて、思案しつつ、口元に手を当てた。

 それから、じっくり考えて、あまりにも理解の及ばない感情だったからか、きつく目を瞑ってそれから言う。

「君が言うのなら、何か心当たりも合って、ローレンス殿下を怒らせるような事をしたのだろうねぇ、そういう解釈でいいかな」
「うん、まあ、それで。私はサディアスに迷惑と負担をかける事になってしまってた。だから、クリスティアンが私に怒っていて、そのまま魔法を使うのは怖かったけど……それを少し利用してたの。ちょっとは許される気がして」
「……なるほどねぇ」

 ここまでの説明で少しは納得出来たようで、彼は背もたれに体を預けて、薄らと微笑んだ。

「だから、お互い様ということを言いたいんだねぇ」
「うん、私もごめんなさい」
「……構わない。私も許そう」
「ありがとう、クリスティアン」

 どうあっても、私がその指輪を受け取れないという事がわかったのか、彼は、ゆっくりと箱をテーブルに戻して、お茶で喉を潤す。

 それから視線をあげる、その表情はいつもの優しげで、この騒動がある前と同じような彼の表情だった。

「それで、相談というのか何かなぁ」
「あ、うん……私、ローレンスが好きなの」
「………………」

 私の一言で彼は真顔に戻り、また目を瞑る。それから「失敬、聞き違えたようだ、もう一度」と言った。なので私はまったく同じことを繰り返す。

 彼は、しばらく固まってそれから、まったく理解できないらしく苦笑いを浮かべる。

「どこが?」
「……なんとなく?」
「君が好きになる要素はどこにあるかと聞いているんだよ」
「………………」

 確かに先程の話をした後だと、私は馬鹿に見えるのだろう。ただ、私だってよくわかっていないのだ、けれど、消去法で言ったらというか、もう自分の判断がそう物語っているのだから仕方がない。

 後づけするとするのなら……。

「声……とか?」
「絶対に後悔する、悪いことは言わないから諦めるか考え直すべきだねぇ、それに……いや、君の周りに変な男が多すぎるのかもしれない、私と付き合ってみたらいい、彼らより幸せにしてあげられる自信があるよ」
「……それはちょっと……」
「そうかなぁ、それなら……ほら仲のいい男は他にもいるだろう、君は何か恋というものを勘違いしているんだよ」
「いや……それは、そんな事ないもん」
「なんで意固地になるのかなぁ」

 私が言い訳に詰まって、意地を張れば彼は、困ったようにそう言って、少し笑う。おかしな事を言っているつもりは、まあまあ、あるが勘違いはしていない。

「……声だと言うのならいくらでも他にいい者がいるだろう?」
「そういう問題じゃないの」
「では、君は彼を好きな理由をはき違えているねぇ、せめて聞かせてくれないかなぁ、笑ったりはしないから」

 子供に言い聞かせるように言われて、まぁ、そう言うのならと思って、しっかりと彼を好きな理由を考える。

 しかし何故かと言われても、最近自覚したばかりなのだ。一応、思い浮かんだ事をあげてみる。

「顔も……好きだし」
「貴族なんて顔のいい者ばかりだよ、美人を娶るからねぇ、美男子なんて山ほどいる」
「……たまぁに、優しいし」
「常に優しい人には劣るねぇ」
「す、少し強引なところとか?」
「少しかなぁ、君と彼を見ていると、歴然とした力の差を感じるけれど、それはただの服従じゃないのかなぁ」

 確かに、ものすごく本当は強引なのだ。そして私のプライベートなど無視して来るし、そのうえで性格は悪いし、悪魔みたいな人なのだ。怖いし。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

処理中です...