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私の愛も、彼らの愛も……。6
しおりを挟む私は自分の部屋へと返されて、やっと車椅子に戻る事が出来た。また明日、明後日と魔法を使わなければならない、私の足を治すのはまだ先だ。それまでこの唯一の私の移動手段から離れないようにしようと決意し、ひしっと肘掛を握る。
……それにしたって……明日からどうしたらいいのよ。
だって私は、明日も彼に魔法を使わなければならないし、チームだから必然的に顔を合わせるし……。
そういえばサディアスは、チェルシー達にも、自分の気持ちをしっかりと表明していた。
そうなると、私が彼を避けるのを協力してくれるとは限らない。チェルシーがサディアスの恋心も応援しなければならないけど、私がサディアスを好きになってはダメだと思う気持ちで揺れていた。
そのサディアスの言葉を私は、ただただ、私を刺したことを二人に納得させるために言っているだけだと思っていたのだ。
だから、別に、距離感が近くても、そういう人なんだろうと思っていたのだが。
……本当に私の事を好きになってくれて、そして、距離を詰められているのなら、別問題だよね。
頬が熱い、パタパタと手で自分を仰ぐと、自分で淹れた紅茶を楽しそうに飲んでいた彼は、ふと私の方を向いて、首を傾げる。
「窓を開けましょうか?クレア」
「ん?……ううん、大丈夫」
暑がっていると思ったのだろう。実際に暑いが、それは顔だけだ。それに最近は夜は冷える。今窓を開けると、室温が下がりすぎてしまうと思うのだ。
私は、この世界に来てから、いろいろな事を書いているノートを無言で眺める。
ペンはまったく進んでいない。大きな問題なのだがそれをここに文字に起こすと言うのもはばかられる。
「……」
「……」
ふとヴィンスが、片手間に読んでいた本を閉じずに、口を開く。
「……サディアス様と何かございましたか?」
……まぁ、そりゃ聴きたくなるよね。
わかっていつつ、けれど珍しいなと思う。だって彼はいつも、私が話さない事は聞かないのだ。
どんなに私が感情を顕にしていても説明するように求めてきたりしない。
でも、それをわざわざ聞くという事の意味までは理解できないが、聞かれて、内緒にするような事でも無いような、私はなんてことないと思っていると、少し、意地を張るような気持ちで返す。
「サディアスが、私の事を好きなんだって。……私全然知らなかった、だから、びっくりしていてさ」
「左様でございますか。ですが、貴方様は、お変わりなくローレンス殿下を想われているのですよね。サディアス様は、それを自分に向けて欲しいと望んだのですか?」
「……?」
ヴィンスは本を読みつつ、スラスラと言う。
私は驚いて目を見張ってしまった。どうにも先程の狐の話を盗み聞きしていて、私がローレンスを好きだと先ほど知ったという口調では無い気がしてならない。
「いや…………そのままで、いいって」
「そうですか。何よりです。サディアス様は、貴方様の事をよく理解していらっしゃいますから、きっと良き協力者になると思いますよ」
ペラっと本のページをめくる。彼は珍しく、私の事をきちんと見ていない。私の気持ちをヴィンスはわかっているだろう。ヴィンスだって、私の事をちゃんと知っているはずだ。
それなのにそういう風に言う。深く考えずに、言葉を返す。
「それはダメだよ……ていうか、ヴィンス、私がローレンスを好きだって言ったことあったっけ?」
「仰られずとも分かります。貴方様のことですから」
「……じゃあ……今の私の気持ちもわかる?」
少し意地悪な気持ちで、そう問いかけて、机に頬杖をついて彼を見つめる。ふと、瞳をこちらに向けて、ヴィンスは、ニコッと微笑む。
「サディアス様の気持ちに答えられない、けれど、協力してもらうというのは不誠実だとお考えでは無いでしょうか?」
私を見透かしたような答えに、思わず面食らった。ヴィンスはそのまま言葉を続ける。
「……ですが私は、クレアはサディアス様へもきちんと愛情を向けていらっしゃると思いますよ。ですから問題ありません」
「問題……大ありだよ。そんなのダメ……」
思うままに言葉にする。だってそんな、浮気者のみんな愛しているんだから、問題ないというような理論では、ダメだ。如何せん、不埒がすぎる。
……やっぱりちゃんと距離……は、取れないから、話し合って、キッパリ諦めて貰うしか、サディアスに嫌われるしかないのだろうか。
でも、下手するとスプラッタが再来してしまう。それはできる限り避けたいし……。
思考がたま、沼にハマっていく、私は持っているペンをクルクルと動かして、その先を眺める。考えても考えてもいい案が出てこない。もういっそと極論を一度考え、できるわけが無いことに安堵と不満を覚えつつ、段々と理性が疲れてくる。
……もう眠い……かも。なんか色々と考えすぎだ。
はあ、とため息をついて、ペンを置く。車椅子に手をかけようと思った時に、ヴィンスはパタンと音を立てて、本を閉じた。
今までの静寂を切る音に、私が彼へと視線を向ければ、彼は黒曜石の瞳を鋭くして、私に向ける。
「クレア、私、貴方様の事でしたら仰られなくてもわかると言いましたよね」
「……う、うん」
「きっと、失念されていると思いますので、私も伝えておきます、クレア」
彼は徐に私に手を伸ばす。利き手を取られて、きゅっと、少しカサついている彼の手が私を握って、それに応じるように握り返す。
……ああ、そろそろ乾燥の時期だもんね。
水仕事をする彼は手が荒れやすいのだろう、わかっていて、せっかく作ったものがあるというのに、未だに渡していなかったな。
彼の言葉とは裏腹にそんな事を考えて、ヴィンスは私が別のことに気を取られているのをわかっていてか、続きを言う。
「貴方様の事を愛しています。主従である以上に……ですが、私も、このままで、まったく問題がありません。サディアス様に先を越されてしまいましたので、お伝えしました」
どう解釈しても、意味はひとつしかなく、ぼんやりしていて、理解できなかったという事も出来ない。
……まぁ、言うのかなとはちょっと思っていたけど。
手を引かれて、手の甲に緩くキスをされる。それから、彼は椅子から立ち上がって、テーブル越しに片手で私の手を強く引いて、身を引かないようにしながら、顔を近づけた。
咄嗟のことにきゅっと眉間にシワを寄せて、目を瞑る。
けれど、数秒経っても、何もされない。
ヴィンスの事なので、まぁ、何をされてもおかしくないぐらいに思っていた節があったのだが、予想外の展開に、そろりと目を開けると、ヴィンスは少し頬を染めて口元に手を当てる。
「ふふっ……好きです、クレア」
それに、多分、私はヴィンスに何をされても抵抗が出来ないのだ。そういう風になってもそれでもいいから、私はヴィンスに自由になって欲しいと望んだのだ。
だから、ヴィンスが望むのなら、仕方がない。
そう思う私の気持ちもわかっているのに、彼はそんな私をからかって笑っているのだ。でも、それはどう見ても、愛おしいと思っているから向けるような笑顔で、どうしても怒れない。
ただただ、恥ずかしさと、でも相変わらずヴィンスが可愛くて、大切で、少しばかり憎らしく思えるが、結局どうしようもなく、何も言えずに俯いた。
サディアスにも負けて、ヴィンスにも負かされた気がする。
結局、彼とは一言も会話をせずに、その夜を過ごした。
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