上 下
220 / 305

私の愛も、彼らの愛も……。4

しおりを挟む





 仕方がないので、私は彼に嫌われるだろうことから口にする。

 本当は、私自身が回復するまで話さない方がいいと思っていたのだが、ローレンスのことが引っかかっているらしい彼には必要な情報だ。

 先程の話を聞かれていたということは、サディアスにも検討がついているのだと思う。

「サディアス…………私、貴方に途中まで協力的だったじゃん?」
「ン、そーだな」
「…………私ね。ローレンスに愛想をつかしたんじゃなくて、貴方に嫌われたと思ったから」
「……」
「だって……」

 なんてことなくこちらを見る彼に一瞬言い淀んで、そして、でも本当のことを言うにしてもローレンスにすべての責任を押し付けるような言い方はしなくなった。

 私のせいで……。

「サディアスが苦労しているの……テロ?みたいなの、起こされたの私のせいなの」

 サディアスの表情の少しの動きも見逃さないように、彼にしっかりと目線を向ける。

「だから……だから、サディアスは私のせいだって知っていて、それと、ララの事は知らなかったとはいえ、仲良くしているし」
「……」
「だから、私は、サディアスに嫌われるようなことをしてしまったから、せめて貴方に報いようと思っただけ……」

 ふと瞳を細めてサディアスは、私の背中にスルスルと手を移動させる。怒っているとわかっているのに、背を撫でられるというのは、どうにも安心してしまう。

 それから、ふと、片手を自分の方へと持ってきて、それから私の頬をくにっとつまむ。

「……馬鹿だな、君は。そんな程度で嫌いになる? 変なことを言う」

 くくっと笑う彼に、予想とまったく違う反応に私は驚いた。

「ああ、それでか、俺が君を瓶に詰めると説明したら、抵抗しだしたのは」
「う、うゆ」

 うん、と言おうと思ったのに、サディアスが頬をつまんでいるせいで上手く発音できない。

 ……でも、でもでも!そんな程度って言っても夏休みから帰ってきてからあんなに怒ってたのに……今だって、しっかり眠る時間がないほどサディアスは忙しいのに。

「れ、れも、でも正直、今でも、大変でしょ? 怒ってるでしょ?」
「……あの女の事は………………少しは。ただ、俺が言ったところで君は変わらないんだろ」

 うにうにを頬をつねられてひりひりする。その通りすぎて反論ができない。今更私は全部をほっぽり出すことなど出来ない。

「ごめん、ンッ……つっ」
「これで許す。俺も切羽詰まっていたとはいえ、君を刺した、殿下が俺を貶めようとした事が君のせいだとしても、これでいいっこなしだ」
 
 言葉だけとれば、性格のいいひとなのに、ちょっぴり涙が浮かぶぐらい頬を抓られて私は、目を瞑って耐える。

「それで、君の前置きは以上か?」
「う、うん? 一応」
「そうか……ちなみにあの女の事は俺は嫌いだ。それは理解してくれ」

 言いながら彼は私の髪に触れる。ゆるゆると手櫛でといてそれから、私のリボンをとく。

 しゅる、と布擦れの音がして、彼の手にリボンが収まる。

「……君の言葉ひとつ、君の行動ひとつでどうしようもないと思っていた事が、少しマシに思えるようになった」

 そのリボンにちゅっとキスをする。伏せ目がちに視線を落として私に視線を向ける、その表情に、何か煽られているような心地を感じつつ、彼から目を離せない。

「こうして過ごしてもやっぱり君は、生きて話をしてきちんと存在している今をとてもいいと思う」
「……」
「何故か分からないが、試合に勝った時じゃないただ、ふと君らと過ごしている時に思うんだ……クレア」

 名前を呼ばれる。「なぁに」と短く返す。

「今は……それでいい。君がいて、どうやら、まだ少しは何とかなりそうだと思うしな」
「うん」
「でもひとつ……あの女を優先しないでくれ。理由は言わなくてもわかるよな」

 それをやると、彼は私を瓶に詰めようとするのだろう。しかし、関わるな、とは言ってないサディアスなりの譲歩だろうなと思う。

 彼よりも……優先しなければいいのなら。

「わかった」

 今回の事の発端となったような、二人共に話をしなければいけない時、私はサディアスを選ぶ。それで、丸く収まるのならそれでいい。

 それにだ、そんな状況が来ないようにも、サディアスとはきちんと話をしておこう。私の状況もやろうとしていることも、オスカーのようにサディアスははっきりと言わない。そういう部分を汲み取ってそばにいられたらなと思う。

「……それなら……いい。君がローレンス殿下の事を愛していてもいい」

 ぐっと引き寄せられて、そろそろ疲れてきた腕の力が抜け彼に抱きしめられる。
 自分が覆い隠されてしまいそうなほど体格の差があって、強い力にすくみ上がって肩をすぼめた。

 ……愛していても……?
  
 サディアスからそんなに直球にそのことを言われるとは思っていなくて、自分でもあまり自覚の薄い感情なだけあって、それを許すという彼の意図もよく分からない。

 抱きしめられたまま、疑問に思いつつ彼を見上げる。

 サディアスはゆっくり笑って、それから、落ち着くような低い声で言う。

「君は俺の気持ちなんて気がついていないんだろ」
「気持ち?」
「君が好きだと、想っていると言ってるだろ」

 ……それは、大切とか、友人としてという気持ちじゃないって……こと?
 
 緩く頭を撫でられる。彼の冷たい手が、項に少し触れて体がびくつく。告白されたと思った方がいいらしい。

 ……それは、それで、いや、でもサディアスは……。

 サディアスは別にそういうことをまったく考えないのだと、何故か思っていた、というか、私が距離感を間違えたのだろうか。だって私は、多分ローレンスが好きなのだ。それなのに。

 ぐっと腕に力を込めて、とりあえずやっぱり、引っ付いているのは、何かよろしくないということが改めてよくわかり、サディアスの緩く私を抱いている手を振りほどいて、ソファから立ち上がろうとする。

 けれど私の意思とは裏腹に足は前に出ない、緩く動くだけで、ガタンと音がして、それから、目の前にあったローテーブルに額をゴチンとぶつけながら床に転げ落ちる。

「なぜ逃げようとするんだ?……君は殿下が好きなんだろう?なら、俺の気持ちなんか気にしなければいい、今までと変わらない」

 漫画のように、視界にキラキラと星が飛んで、目が回る頭が痛い。テーブルを押しのけて、手で、都市伝説のテケテケさんのように、カーペットを押して進み、サディアスと距離を取った。

 私がノロノロ動くのを彼はじっと見つめていて、ソファに座ったまま動かない。

 ある程度距離を取れたところで息を整えて、いればサディアスはおもむろに立ち上がる。

「……逃げられると、捕まえたくなるな」

 そう言って、数歩歩いて私のそばに来る。

 必死に取った距離を簡単に詰められて、また動こうとする私にサディアスはすとんとしゃがんで、手を取る。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

処理中です...