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やっとの思いで個人戦……。2
しおりを挟むキリキリ音を立てながら、車椅子の車輪は回る。小石を踏んではガタンと揺れて、私はトラックの積荷になった気持ちで小さく揺れた。
「クレア、辛くはありませんか?」
「うん、平気」
……バリアフリーって、大切なんだね。
寮から出る時、それからここまで来る間にも、何度ヴィンスに車椅子ごと持ち上げられた事か。割と不安定で怖いのだ。
隣ではやや人相の悪いサディアスが、私を押してくれるヴィンスの速度に合わせてゆっくりと歩いている。
もう目の前に練習場が迫っていて、歓声とともに熱気が伝わってくる。上級生もちらほらと見かけるが、それと同時に先生も多い、きっと大きなイベントだからだろう。
「少し揺れますよ」
練習場の扉を開き、中へと入る。運動会の観覧席さながら、クラスごとに振り分けられた席へと私達は向かう。
観覧はすべて二階席だ、コートは個人戦でも練習場をまるまると使われる。
サディアスが私を持って、ヴィンスが車椅子を運んでくれる。面倒な手順を踏んで二階席へと上がった。
ブロンズバッチしかいないので広い会場の二階観覧席を一クラスごとに広々と使っており、横並びの観覧席の合間合間にあるテーブル席を利用している貴族層や、グループで止まって最前列で観戦している人様々だ。
ブランダ先生は今日は審判ではなく、クラスのサポートに当たっているらしく、バインダーを持ってキョロキョロとしていた。
入ってきたばかりの私達をすぐに見つけて駆け寄ってくる。
「貴方達!!心配をしましたよ!!」
ずんずんとこちらへ来て、それから私の状態を見て目を見張る。
「ん、んなっ、どうしたんですか!?」
彼女は大きな声でそう言う、すると今にでも始まりそうな試合に集中していた、クラスの子達もちらほらとこちらを向いた。
「……練習していたら、事故で……ごめんなさい、先生」
悪びれもなく言う私をブレンダ先生は見て、それからサイドの二人にちらと視線を送る。
すると何かを察したように、額を抑えてそれから、はぁと大きなため息をついた。
「貴方は棄権ですね、それで他の二人は……試合に出るのでしょう?遅刻は後で反省文を書いてもらいますからね、きちんと準備をしておきなさい」
「はい」
ヴィンスは笑顔で答えて、サディアスは無言だった。ブレンダ先生は、仕方ないとばかりに短く息を付き、それからバインダーに何やら書き込んで戻っていく。
それから私達はクリスティアン達と一緒にいるシンシアとチェルシーの方へと向かった。
二人は何やら複雑そうにこちらを見ている。私達がそばによれば、少し眉をひそめてチェルシーは言う。
「…………言いたい事は、本当は沢山あるんです!」
……当たり前だ。私は、何一つ彼女たちに事情を説明していない、それでも、チェルシーとシンシアは何も言わずに今日まで沈黙を続けてくれていた。
……この二人に対してもしっかりしないと。
「うん」
「でも、でも!個人戦が終わるまで我慢します!クレア……サディアスも!いいですねっ!」
「ありがとう……チェルシー」
「お礼なんかいりません!」
彼女はきっと私達を睨んで、それからぷいっとそっぽを向いた。
私はそれから黙っているシンシアの方を向く。彼女は、ただ静かに私の足を見ていた。
「…………残念です」
「……」
「私はただ悲しいです。ミアとアイリから、話は聞きましたが納得はいきません。チェルシーと同じくです。クレア、傷が癒えるのを待っています」
「うん」
サディアスがやった事、それは隠しても仕方がない。ミアとアイリから話が伝わっているという事は少し良かったとも思う。一度、整理する時間があったからか、この場で口論にはならなかったのだと思うので。
同じテーブルに居る、ミア、アイリ、クリスティアンをみる。
クリスティアンの班員のもう二人もいるが、彼女達は私のことを見はするが関係が薄いせいか別の話に花を咲かせている。
ヴィンスが椅子を二つ持ってきて、テーブルに追加して、少し小さなテーブルに、十人が顔を合わせることになった。
私は飴玉を口に含む、既に魔力はいっぱいに近かったが念の為にだ。気まずい雰囲気のまま、試合に視線を移す。相変わらず、火花が飛びそうな程の激しい剣撃、それに合わせて上がる声援、審判のバイロン先生の鋭く野太い声。
こんなにも、学年全体が盛り上がっているというのに、このテーブルだけは沈みきっていた。
無言のまま何組かの試合が終わる。勝者は涙を流して喜ぶものもいれば、当たり前のように振る舞う人もいる。
私もあの中に、居たかもしれなかったが、後悔はしていない。昨日の出来事は起こるべくして起こったと思っている。
一番、この中で早く順番が回ってくるのは、クリスティアンだ、彼は、次の次ぐらいになった時に、徐に立ち上がった。
それから、外廊下の方へと向かっていく。
「クリスティアン!」
思わず呼びかけるけれど、クリスティアンは振り返って、それから動かない。
私は自力で、ギコギコ車椅子を漕いで、それから彼を見上げるようにしてそばによる。
近くにテーブルはない、聞かれてない事を願いつつ、私は魔法玉を出す。
「忘れてるよ、試合頑張って」
魔力を込めて、彼が魔法玉を出すのを待ったけれど、彼は一向に動かない。
私が再度呼びかけると、彼は片膝をついて、私に視線を合わせた。
「……察して欲しい、かなぁ。私には君の恩恵を受ける道理はないよ、むしろ、懺悔したいぐらいなんだ」
そう言うふうに思っている事はわかる。でも、そう思っているのなら私の我を通させて欲しい。謝罪も懺悔も私の足しにはならないのだから、クリスティアンこそ察するべきだ。
「恩恵なんて、くだらなくてよ」
「……」
ニコッと笑う、クリスティアンは私の言葉に、やや怪訝な表情を浮かべる。
言葉にしなくても、彼が私のお嬢様言葉が似合っていないと思っていることぐらいは察しがつくが、こうする方が私は、恥ずかしい事だって言えるのだ。
「わたくしが望んでいるのだから、言うことを聞けばいいのよクリスティアン、魔法を使って…………それで、クリスティアンも力を持つのよ、ままならない事に抗えるだけの力をね」
「…………でも、君は、苦しむだろう?これ以上は……」
「大丈夫ですわっ」
他の人が強引にそうするように私も、戸惑っているクリスティアンの魔法玉を引っ張り出して、カチッと触れ合わせる。
今の彼だったらきっと私が優位だ。苦しいわけが無い。
魔力を奪い取って、彼の藍の色に、自分の魔法玉を染める。優しげで少し冷えるような、冴えるようなそんな心地だ。
「行ってらっしゃい!」
初めての魔法の使い方をしたからか、彼は、少し息を飲んだ。それから、少し苦しいみたいに胸を抑えた。
「…………わかったよ、わかった。すまない、行ってくる」
ふらっと立ち上がって、去っていく。
テーブルに戻っても、私の行動について誰も聞かなかった。試合は順当に進んで彼の番が来る。クリスティアンは強くない、でも克服しようとしている、そのための時間が必要なんだ。
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