203 / 305
サディアスの出した答え……。2
しおりを挟む混ざるというのが、ララにとっての私やアナとの付き合い方で、お互いのまま好きというのがローレンスとの距離感。
まどろっこしいが、何となくわかる気がした。
「私は私が許せる人以外と混ざったりしなくないのよ!わかる!?」
「うーん、難しいけど、わかるような」
「いいえ! 貴方にはわかるけど分からないわよ!!」
「え……えぇ」
力づよくそう言われて、思わず声を漏らす。ララからすれば私には、わかるけど分からないらしい。
「わかるはずがないわ!貴方ったら、誰も彼もぐちゃぐちゃ混ざって柔らかいのよ!!」
「やわ、柔らかい……?」
「ええ!! 貴方は!…………貴方は…………貴方だから、私は混じったっていいのよ。私の形を変えようとしないから…………」
ララは噛み締めるようにそう言って、それから、私の頬に手を添える。
「貴方は優しいから、いいのよ。心を許せるの」
心細い声だった。柔らかいは優しいに変わったらしい。それならきっと、混じり合うことは優しくし合うことなのかもしれない。
ローレンスのような優しさではなく、アナみたいな優しさを向け合うそれが、きっと、ララにとって必要な事だ。ララも望んでいる事だ。
きっと彼女はその欲求が満たされて居ない。
だから私はそれをローレンスに求めろといった、そして、ララは私に言った。心を許せるのだと。
……私もララに許せる。そう言いたい心を押し殺して、やんわりとその手を拒否して一歩距離をおく。
「……きっと」
きっと他にもそう思える相手ができるよ、なんて無責任な事を言ってしまいそうになって、口を噤む。
ララは私の行動に何かを汲み取ったようで、じっと私を見つめた。それでも私は彼女に言える言葉が思い浮かばない。
「……」
「……」
先に口を開いたのはララだった。
「貴方、私の前から居なくならないわよね?」
鋭い質問に、心がズキリと痛む。また胃が痛んで少し背を丸めた。
「?……どうしたの、大丈夫? お腹痛いの?」
心配そうな声に、私は「大丈夫だよ」と返して、ララの手を取った。口からは、さっきの言葉より、余程無責任な言葉が滑りでる。
「居なく、ならない。大丈夫、だよ」
「そう!…………そう、それなら、いいのよ」
ごめんねも、許しても、さよならも言えなくて、私は自分の希望を口にしてしまった。大丈夫だと言いたい、言ってあげたいという気持ちが、全てを押し流して、言ってしまう。
言ってはいけない嘘にララは、安心したとばかりに微笑んで、私の手を握る。
「きっと、夜風に当たったせいね。薄着だもの、冷えたのだわ」
「……うん」
「早く部屋に戻って眠るのが一番よ。貴方は弱いんだもの」
その言葉に少し違和感を覚えた。私は弱い、その言葉にララは少しも嫌悪感を含んでいなかった。
ララは弱い者が嫌いだ。自分が強くなるためにひたすらに努力をしたからだ。それをしない人間が自分に寄りかかるのを嫌がっていた。
……弱い人も許せるように思う事があったのかな。
「……ありがとう、ララ、そうするね」
「ええ、またね。おやすみ」
「うん…………おやすみ」
またね、とはいえなかった。私は酷い人間だ。バルコニーから魔法を使ってぴょんと去っていく彼女を見送って、それからお腹を抑えながら、ゆっくりと月を見た。
真ん丸のお月様は、前世で見た十五夜の月よりも余程綺麗で、それはきっとこの光の波のおかげだと思う。
光の海に、ぼんやり浮かぶ、まん丸の月。静かな夜は心地が良かった。
「酷いことをするのね」
聞きなれた声がする。今日は来客が多いらしい。
視線だけで見てみれば、金髪のしっぽをゆらゆら揺らして、鋭くこちらを見やるクラリスの姿があった。
「聞いてたの?」
「ええ、大方は聞いてましたのよ」
「……そう」
クラリスはするするとこちらに歩いてきて、私の腕に触れるか触れないかというところで、止まってすとんと柵に腰を下ろす。
私と同じように月を眺めるようにして、上を見あげて、その柔らかい毛並みを靡かせる。
クラリスとは最近まったくと言っていいほど話が出来ていなかった。彼女の方から来てくれてありがたい。
「ねぇ、クラリス」
「何かしら」
「……聞きたいことがある」
クラリスは私が居なくなって、心情的な意味ではなく、物理的に困る人間のうちの一人だ。彼女はローレンスを排斥したい、そのためには、私が殺されて、ローレンスの手に呪いの力がなければならない。
自ずと私が、貴族派に協力するような動きをすれば、彼女はそれを阻止するように動かざるを得ない。
けれど、クラリスはまるで今まで手を出してこなかった。何かまったく別の思惑があるのかもしくは……。
「サディアスにクラリスが言った事、それが知りたい」
……サディアスに対してクラリスがした事、それに対して、クラリスが罪悪感を持っているから、サディアスの目的の方を優先したという可能性だ。
だって、クラリスは私の知るクラリスという人間は、故意に人を傷つけるような事を好むような子じゃない。
だから、何か理由があると思うんだ。どうしてもそう思わずにはいられない。
「……」
クラリスは、気持ちよさそうに寝かせていた耳を真下に向けてイカ耳のようにさせる。
彼女にしてはわかりやすい、感情表現に私は少し可愛く思って、おでこの部分をこしょこしょと撫でた。
「…………ただ、本当の事をサディアスに教えてあげただけですわ」
「本当のこと……ね」
「そうですのよ、世界の真実を教えてあげたたけですの」
声音はどこか悲しげで、彼女の心情が伺える。
「この世界は、ままならない事ばかりですのよ。彼はわたくしの次に、ララの影響を受けた子だったわ。だから、わたくしが自分にしたように、サディアスに言ったのよ」
「……」
「何を恨んでも、何を呪っても変わらないのよ。大きな力に凡庸なわたくし達にはただ、揉まれて奪われて悲しむ事すら許されませんわ」
まだ、小さな彼女が、この小さな身体でそんな事を考えて、自分を奮い立たせていたのだと思えば、決して責めることが出来ない。
自分がそうしなければならず、そして、そうする事で立ち直れた。それを他人が出来ないかもしれないなどと考える事は出来なかったのだろう。
「ただ、抗うなと教えてあげましたのよ。人前で無様に泣きじゃくるサディアスに、醜い抵抗はおやめなさいと言ったのよ」
あの彼が泣きじゃくっている姿なんて想像もできなくて、心が苦しくなる。
「ただ、責任を果たす以外に、逃れるすべなんかないのですわ」
「…………うん」
「今だって、わたくしを継いだ貴方もそうですのよ」
視線を向けられ、その通りだと思う。クラリスはちゃんと全てを果たして散った。そしてその後に、やっと自由があった。ただ、クラリスという人間自体は、いまだにたくさんのしがらみに囚われて、私は毎日首を絞められるような思いだ。
「そうだね……私もそう思う」
「……」
私が肯定するとクラリスは黙り込む。それから、スリッと私の二の腕に擦り寄った。
0
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
私の婚約者は6人目の攻略対象者でした
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。
すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。
そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。
確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。
って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?
ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。
そんなクラウディアが幸せになる話。
※本編完結済※番外編更新中
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる