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本当の罪……。6

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 テーブルランプの灯りだけを頼りに、長ったらしい詰問の文章が記載されている書状を読む。
 執務机の上に散乱してる本の中から、それらに対する答え方の載っている本を探しつつ、返事用の便箋を用意してインク壺の蓋を開けた。

 ……せめて俺の後継者教育が終わっていればな。

 そうすればここまで、自分の領地のことを根掘り葉掘り聞かれても、苦労することはなかったはずだが、既に自分の師となるはずだった父上はいない。

 今更考えてもまるで意味もなく、仕方の無いことだった。

 この書状を処理したとしても、まだ同じような文面が各方面から届いており、更には、領主としての己の仕事までいつ手をつけられるか分からない。

 仕事の多さとイラつきから、だんだん頭が回ってこなくなるがそんなことは些細な事だ。この手紙を俺が一日出さない事によって、また、誰が殺されるか分からない。

 幼く小さい妹達かも分からなければ、まだ無邪気な末弟かもしれないし、家族、ひいては俺の屋敷に仕えている全ての人間の支えとなっている、母上かもしれない。

 そう考えれば自然と頭は働いてその代わりに、頭痛が酷くなる。

「くそ……いい加減にしてくれ」

 まだまだやる事ばかりあるというのに、時間が足りない、その上、自分の体まで仕事の出来ない無能となったら俺はまったくもって生きている意味が無い。

 奥歯を食いしばって、普段は飲まないコーヒーに、痛みを止める薬の入った瓶からザラザラと錠剤を流し込み、スプーンでガチャガチャかき混ぜで、喉に流し込む。

 本で見つけた事を自分の言葉に変えてガリガリとペンを進めて行く、そうして、いくつもの書類を片付けつつ、今日も忙しい夜をすごす。

 
 しばらくしてぱっと目が覚める。相変わらず酷い頭痛は変わらずに、眠っていた場所が床だったため、自分が意識を失って倒れたという事に気がつく。
 ただ、この体はそれなりに、危機的状況を理解しているらしく、夜が開ける前にしっかりと目が覚めた。

 立ち上がって見れば、意識が落ちる前と変わらない状況、自分がどこまで仕事を進めたのか思い出しつつ、今日の授業の予定を把握する。

 もう、個人戦もほど近い。残り一週間となった今日は、座学が申し訳程度に入っているのみで、それ以外はすべて実技だ。

 体力を使う分、帰宅した後に仕事をするのがきつくなるが仕方がないだろう。それに、放課後になれば多少は楽になる。

 俺は昨日入りそこねた風呂に入り、部屋を適当に片付け、こういった面倒を任せられる侍女に辞表を出されたのは痛かったなと思う。

 彼女はどうやら、度々、物に当たる俺に相当怯えていたらしい。

 申し訳ないことをしたとは思っているが、今更それをどうこうしようとは思わない。

 深くため息をついて、部屋を出る。チェルシーやシンシアに事情を聞かれるのは面倒で、そんな時間もない、できるだけ指摘されないように教室では笑顔を保つようにしている。

 ……面倒と言えば彼女もだな。

 はぁ、と、もうひとつため息をついた。

 教室に付けば、いつもの如く、何も気がついていない振りをして、チームメイトに挨拶し、くだらない会話を続ける。

 クレアは今日も俺を見て、表情をあまり動かさずに、酷く怯えたような態度を取る。彼女も彼女で割合、取り繕うのは上手い。俺と目が合う程度なら、目を細めて笑っていられるようだが、ここに最近はクリスティアンが絡むようになった。

 クリスティアンは、シャーリーがクレアに手を出す事が出来ないよう、わざわざ毎度構っているというのに、クレアはクリスティアンに肩を叩かれると、顔を青ざめさせて、まるで殺人鬼に脅されている人質のような顔で笑う。

 一方のクリスティアンはそれをあまり気にしていなさそうだが、どうやらクレアを好いていないという事は知っている。

 そして彼らは、放課後はクリスティアンの部屋で過ごし、その間にヴィンスは俺の仕事を手伝いに来ている。

 お互いに安全と手伝いを手に入れているので、俺とクレアの間に蟠りはあるが、それほど彼女を追い詰める要素があるとは思えない。

 少し前に言われた、クレアが貴族派に協力する、というのはいよいよローレンス殿下に愛想を尽かした故の選択だと思うし、どちらにせよ、俺がクレアを殺すわけが無い。
 
 その点については、何を考えているか分からないが、俺はもうクレアの意志を尊重するのをやめた。

 ……物知らずだからな、放っておいたら、呆気なく死ぬんだろう。

 クラリス様が罪悪感を持ってくれていてよかった。それでやっと俺は自分の問題に専念できる。出来るだけ早く詰めてしまいたいという思いはあるが、クレアの事はクリスティアンが守っている。ヴィンスが持ってきた情報である、個人戦の日以降のローレンス殿下とクレアの誓いの前日で充分に間に合うだろう。

 それに、クレアだって長く学園生活を楽しみたいはずだ。どうしようもない場合以外は、あまりクレアを悲しませたくない。

 ただどうしようもない場合……クレアの命を守る場合には、別だ。

 人生はどうしようもないことばかりだ。クラリス様の口癖を思い出す。あれほど呪った言葉だが、俺はそれを恨んではいない。

 大きな力に抗うなと言われた、失うことを悲しむなと言われた。俺が悪いのだと。その通りだ、俺がローレンス殿下より力があり、俺がララのように他人も気にせず動けて、自ら力があったのなら、こんなことにはならなかった。

 凡人で、特出したものがない俺に出来ることは、自分の大切な部分のどこかを切り捨てて、守りたいものを守る事だ。

「……、…………」
「……」

 何かを話す、クリスティアンとクレアのことを眺めて思う。死ぬことだけは許さない。俺は何度もそういった。
 
 聞かなかったのはクレアだ。

「…………、……」

 クレアは、クリスティアンに何かを言われて、一生懸命に浮かべた笑顔のまま、しばらく固まって、それからクリスティアンから視線だけで、目を逸らし片方の瞳からだけ、おもむろに涙を流した。

 クレアはぱっと、クリスティアン以外の誰にも気が付かれないように、すぐに服の袖口で涙を拭って、変わらない痛々しい笑顔を浮かべる。

 ……あんな泣き方、母上以外もするんだな。

 父上を失ってから、母上は泣かなかった。ただ膨大な仕事に忙殺され、その時は強い人なのだと思ったけれど、それから、一ヶ月以上経った頃から、不意に、思い出したように、まるで自分の意思では無いように、涙だけ流す時があった。

 それは本当に一瞬で、すぐに自分が何か粗相をしてしまったみたいにすぐに拭う。それからなんてことのなかったかのように、変わらず強い人でいる。

 ……もしかしたらクレアは、俺がやろうとしている事に気がついているのかもな。クリスティアンは大方のことを知らない。けれど、俺のことを不憫に思ってくれている。だから、彼から漏れるという事はないが、別のどこかで知ったか、察したのだろう。

 だからあれほど、追い詰められているのかもしれない。可哀想には思ったが、今更後悔したとしても、取り返しのつかないことと言うのはこの世に存在する。

 ララと交流を深めた君が悪い。あの女と関わると人が死ぬ。君も例外じゃない。この思考は、理論的では無いとはわかっていつつも、どうしても、あの強烈な記憶のせいでそう思ってしまう。

 授業が始まる。本日一回しかない座学の授業内容を退屈なブレンダの声が話す。

 思い出すのは、アウガス学校時代の父と領地を巡察していた時の事だ。

 畑しかないつまらない道のりを進んでいた馬車が止まる。しばらくして、嫌な匂いがする。

 それから、ゆっくりと扉は開いた。父上は俺を庇うように、両手を広げて、開いた扉の向こうに、どんな人物が居たかは分からない。逆光になっていて、人影は真っ黒だった。

 生暖かい雨みたいに父上の血が降り注いで、その雨というか、血飛沫は、しばらくの間あがり続けた。

 何度、父が刺されたのか分からない。
 ただ目を瞑ればその飛沫が、今でも自分に降り注いでいるようで動けなくなる。

 状況は違えど、クレアは俺に記憶と同じ血飛沫を見せた。その体は、父上の死を俺のせいだと言ったクラリス様のもので、それでも中身は別人で、生きていてくれて嬉しいような、いつ死ぬか心配で堪らないような、そんな心地にさせられた。

 クラリス様が俺を詰った時のどす黒い感情や、結局その通りだと納得した自分の情けなさや、この世界に対するどうしようもなさ。

 自らの家族すら守れない無能さに、加えて、未だに降り注ぐ血飛沫。目を瞑った時に、瞳の裏にいる血しぶきをあげている人物が逆光に照らされて、父上から、金髪の華奢な少女に緩く変形していった。

 クレアのあげる血飛沫が俺に降りかかる前に、どれほどクレアが追い詰められていようと、俺は俺のすべきことをする。

 目を閉じて、血の記憶を辿る。誰も、殺させはしない。俺は俺をすり減らして、削りきっても家族を守るし、クレアも奪わせはしない。 

 はっきりと決意をして、鞄に入れていた仕事を取り出し、続きをする。

 ブレンダは、それを見て見ぬふりをして、授業を続けた。




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