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もっと早くこうして欲しかったんだけど……。5

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 私もコートに入る。魔法玉を出す手が少し震えて、ぎゅっと握った。シャーリーも魔法を使う。お互いに剣をとって、私の彼女も片手剣だが、私は盾の魔法はいまだに使えない。彼女はリーダーポジションらしく攻守一体型の剣と盾を持ったスタイルとなるが私は片手剣を両手で握る。

「わたくし、貴方のことを少し勘違いしていたのかも知れませんわ…………少しは状況の理解というものをなさっていると思いましたのに……これ程の愚者だったとは……」

 じりじりと身を焼くような怒りの感情が伝わってくる。シャーリーはクラリスと関係があった、おのずと彼女のことをある程度は理解していたのだろう。でも、それは私の真実でもなければ本当のクラリスでもない。
 
「いまだ、その傲慢な神経だけは変わらずということですのね……本当に哀れだこと」
「……」
「地位や名声すべてを失っても……きちんとわたくし達に協力をしてくださるのでしたら、今まで通り遇して差し上げようと思っていましたのに」

 どうやら、サディアスの言っていた私を手に入れようとしているというのは本当らしい。昔の原作のクラリスへの言葉だと思えば、それは甘美な誘いだ。
 クラリスの演じていた直情的な悪役令嬢の彼女ならきっと、元の地位が手に入ることを喜んで、でも偉そうにしながら誘いに乗っただろう。

 ……それでも、この誘い、助けてくれるということでは無いはずだ。利用価値があるからローレンスから私という存在を奪いたいだけで、結局、高待遇で殺されるか、このまま殺されるかの二択なのだ。

「残念ね……本当に……昔から愚かだとは思ってましたけれど……本当に」

 今、この場にいるクラリスには、この話は聞こえていないだろうか、一応彼女は、貴族派の旗頭として罪を犯したのだ、シャーリーとの関係は良好だったはず、そのはずの彼女にこう言われるのは、演技が入っていたとはいえ悲しいだろう。

 向かい合ってシャーリーがそれほど声を荒げずに話しているからか周りの人間は、視線だけでこちらを確認してはいるものの話は聞こえていない事が確認できて少しホッとする。

「それでは一試合目を始めます、それぞれ構えてください」

 エリアルの声がする。私は剣を強く握って構える。簡易魔法玉に魔力を少してこずりながら込めて、シャーリーと向き合う。

「友好的に、貴方を説得して差し上げようと思っていましたがそのつもりもなくなりましたわ……まずは貴方の身の程をわきまえてくださいませ。貴方は咎人となった、けれど自由になったのではありませんことよ」

 それは、そうなのだろう。そして、今、私が一番困っている事だ。だからちゃんとわかっている。私がどれだけクラリスでは無いと主張してそう思っていたとしても、周りは否応なしにクラリスとしての因縁、復習、責任すべてを求めてくる。

 私自身が自由を望んでいて、そうできると思って進んでも、障害ばかりだ。

「それでは……始めっ」

 言葉と同時に、すべてがスローで動く程に私は強く魔法を使う。それなりに、打ち合いにも慣れてきたおかげか、最初の斬撃は、何とか防ぐ事が出来る。

「ッ……」

 でも、重たい。体も重い。固有魔法で魔法を使っている時とは違い、やはり格段の差が生まれてしまっている。

「無様ですわ」
「ッぐ」

 何度目かの斬撃で、剣が打ち払われ、シャーリーが振りかぶる。咄嗟に、腕で防御する事も出来ずに、柄の部分で先程扇子で叩かれたところを強打される。

「がっ……」

 口の中には血の味が広がり、視界は涙で歪む。いつの間にか地に座り込んでおり、見下ろして来る彼女と目が合った。

「幽閉生活で随分衰えたらしいと聞いてましたがここまでとは…………本当に、よくわたくしに対してあんな大口が叩けましたわね」
「っ゛……っ」

 痛みで思考が鈍い、腕がふるふると震えていて鼻や口から血が流れ出ているのが分かる。

 シャーリーは余裕を持って、私の側頭部をヒールのある靴で蹴り飛ばした。キィィといやな耳鳴りがして、勢いそのままに倒れ込む。

「もう一度言いますわ、貴方は自由になったのでは無くてよ。……貴方は最愛の男にも捨てられ、家からも消され残っているのは、罪だけですのよ。せめてわたくし達のために誇り高く、あってくださいませ、クラリス」

 耳が痛くて聞こえづらい。シャーリーは嘲笑うように言うと、また扇子を広げて口元を隠す。その仕草は悠然としていて、先程までの論争の勝者を歴然とさせていた。

 彼女の怒りは消化されたようで、ふんっと顔を逸らして歩いていく。

 私はじわじわと魔力が漏れだしていくのを認識しつつも、脳震盪から来るめまいと頭痛を先に治して、ふらつきながらも立ち上がる。
 
 ……やっぱり負けたなぁ。それに、シャーリーも敵に回したし。

 いろいろとやらかした事は自覚しつつも、彼女の語りによって、何となくサディアスの言う、私を狙っている手に入れようとしているという事の具体的な検討がつく。

 アウガスの貴族派は、私を懐柔して連れ去ることが可能だと踏んでいたのでは無いかと思う。それはきっと懐柔とも言えるし、騙すとも言える。現在の状況を原作通りのクラリスだとするのなら、良しとしていないだろうと本気で思っていて、だからこそ、当たり前の顔をして私に近づけた。

 そして、きっと、なんやかんやと理由をつけて、クレアという人物の後ろ盾になって私を支配すると。そうすると、コーディに私を差し出せる。

 これがシャーリーがやろうとしていた友好的な私の手に入れ方だ。そして、友好的じゃない方となると、捕まえたり、攫ったりするだろう。

 それでも別に、縛り上げた私をコーディに差し出せば問題は丸く収まる。しかし、その手段を一番に取らなかったのは、彼女たちにとっては、私は多分、抵抗の出来る人間だと踏んでいたからだろう。原作のクラリスは一応ララとそれなりに渡り合えていた。

 そんな人物を無理やり手に入れようとするリスクよりも、愛に狂い罪を犯すような単純な性格をしているはずのクラリスを言いくるめる方が楽だったのだ。

 現実問題、私はクレアであり、シャーリーの想定していなかった部分で喧嘩をふっかけ、とっても無様に負けた。

 ……そのうち、攫われそう……。あぁ……ヴィンスにも、サディアスにも、オスカーにも……誰も彼もに怒られそうだ。

 私がやっちゃったなぁという気持ちで、皆の居るテーブルの方へといくと、パタパタとディックが走ってくる。「あんな喧嘩を売ったのに負けるなんて恥ずかしんだよ!」っなんて言われるかも。いつもの彼ならそう言ってもおかしくない。

 ごめんねという準備をしつつ、負けちゃったと笑みを浮かべると、彼はガシッと私に抱きつく。

 その瞳は煌々と光をまとっていて、少し涙を浮かべていた。

「……何、やってんだよっ」
「あ、あはは」

 感情が高ぶっているのだろう。魔法玉も出ていたので、ちょうどよく私は彼の魔法玉と自分のものを重ねて魔力を吸い取る。

「ッ……魔力……足りないのか?」
「……ん?……んー、うん」
「わかった」

 単純に彼を私の固有魔法で強化してやろうという目論見だったのだが勘違いされてしまったので、訂正することなく他人にバレないようにさっさと固有魔法を起動させる。

 私の魔法玉は彼の白い綺麗な魔力で中心が埋まって、なんだか久しぶりの感覚に満足する。

 すぐにしまってバレないようにしつつ、ディックに存分に戦って欲しいので、あまり魔力を消費しないようにしつつ、私は、胸元に魔法玉をしまい彼から離れた。



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