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誤解です……! 5
しおりを挟むサディアスは私をソファへと座らせて、彼はその目の前に立った。久しぶりに会ったというのに、サディアスはニコリともせずに、暗く陰った瞳で私を見つめる。
なんだか怖いなと思いつつ、彼の事を見上げていると、ふっと片手をあげる。まさか叩いたりしないだろうと思ったのだが、最近割と引っぱたかれて居るせいで体がギクッと固くなる。
その反応を見て、サディアスは眉間に皺を寄せて、はぁ、とまるで仕事に草臥れた大人がするようなため息をついた。
それから私の頬をぺしっと軽く叩いた。
「すまない、つい、な。聞き分けがないというか、分別がないと言うか、そういう人間には、俺の家では手を出していいことになっているから、癖でな」
謝っているのにまったく謝罪の気持ちが感じられない。頬に触れた彼の手は冷たくて、相変わらずだなと思う。
「それでも……人を叩いちゃ駄目だよ」
「叩かれるような事をする人間が悪いだろ、なぁ、クレア」
「……」
なんと返したらいいのか分からずに、目を逸らし、ソファに沈み込む。できるだけ距離を取りたかった。今のサディアスは割と怖い。序盤のローレンスと張り合うぐらいには、恐怖を覚えている。
……それに、サディアスに叩かれるような事があったら、泣いてしまいそうだ。精神的にも私はサディアスを年下だときちんと把握していて、いろいろと不安的な部分があるのを知っているが、実務上彼が一番優秀であり、頼りになるお兄さんなのだ。
なので怒られれば、それなりに傷つく。
「何故黙る?……俺は家の者以外に手を上げたりしない、好きに話せばいいだろう」
「……いや、……その」
「しかし、俺が君と家族なら、叩くぐらいで済んでいたのかは疑問だな。体罰ぐらいはしていたかもしれない」
「……」
この世界は多分西洋文化が強めなので多分、体罰と言えばもっぱら鞭うちだろうか。怖すぎる。だって拷問の類だろうそれって、せめてげんこつぐらいで勘弁願いたい。
それに、それほどの事をしただろうか。ただララとお話していただけだ。私はそんなに悪くない気がしてくる。でもそれをわざわざ口に出す事はせずに靴を履いたままなのも気にせずに、ソファの上に足まであげてジリジリと、横にそれてサディアスから距離を取る。
「……君がもう少し、素直で聞き分けの良い人間だったら、良かったんだがな」
必死に取った距離を詰めて、サディアスは私の足を掴んだ。それ以上動けなくなって私は、人間に慣れてない猫みたいに固まった。
「それで、何をしていたのか言ってくれないか? 学校をサボってあの女と二人きりで」
……何って、貴方を待ってただけだけど……。
でもそうかサディアスの目線から見るとそうなるのか、ララと二人きりの時間を楽しんでいたように見えてしまっていたらしい。というかこの彼の怒りはどこから来ているのだろう。
色々とちゃんとお話をするべきだと思ったし、何より、お家の事は大丈夫なのか、サディアス自身の事だって心配だ。沢山の言いたいこと聞きたい事を飲み込んで言葉を選ぶ。
「……学校は……確かにサボりだけど、ララとは違うよ。たまたま…………一緒に居ただけで」
「たまたまか……それにしては随分仲睦まじく見えたがな。抱き合って何を話していたんだ?夏休み前には、あれほど深い中じゃなかっただろう?」
「話って……ただ、ララが退屈だって言うからちょっと……私の話とかしてて」
「君の話?じゃあ、あの女は今度は君に興味を持ったのか?まったく本当に堪らないな。それで君は、まんまと彼女を気に入ったのか、随分とめかしこんで、健気だな」
いよいよ何が言いたいのか分からないので、もうできるだけ刺激しないように黙っていようと思う。なんだろう多分ものすごくイライラしてるんだと思う。
口数が多いし、怖いし、敵意と言うか、サディアスの怖い感情が私の中の怯えを増幅させて心臓の音が五月蝿い。
「しかし、すまないなクレア。君の色恋については俺は心底どうでもいいが、全てがそれだけだとは思わない事だな。少しはその周りの環境や状況に配慮をするべきだ」
「……」
「そもそも何故、俺がこれ程怒っているのか分かるか? 君は俺のチームメイトだろう、俺は貴族として国での立ち位置がある、正反対のララと君が繋がりを深めれば俺の立場がどうなるか分かるか?」
「……」
「そのぐらいの思考は、君にも出来るものだと思ってたが俺が期待しすぎたのかもしれないな。これでも、チームメイトである君たちを守るために奔走しているんだが無駄だったようだな」
正論すぎて耳が痛い。そういや、ヴィンスもそんな事を言っていたので、私の死ぬかもしれない問題の前に、サディアスの立場の問題もあった。
あまり重要視していなかった分、自分のことだけを考えて、ララの事の及ぼす影響について考えていなかった。
ただ……普段の彼であればこんな感情に任せて、後付けのように正論をぶつけて来るような事は少ないはずだ。だってサディアスは心配性で、割と臆病で、その上慎重派だ。いつもの彼なら、一旦、目を瞑って、きちんと場を設けて話し合いをしてくれるだろう。
……もしかしてそんな事をする余裕もないの?
「…………」
私の足を引っ張ってズルっと自分の方へと引き寄せる。突然のことになんの抵抗も出来ずにソファに仰向けになってしまう。
驚きから既に何も言えない私に、サディアスは覆い被さるように私の頭の両サイドに手をついて私を見やる。
「…………」
「……」
「君は、俺の気持ちも少しは考えてくれ。あんまり察しが悪くて、馬鹿な行動ばかりとるようなら、一度痛い目を見せて強制するぞ」
それは嫌だ。困る。色々、やりたい事もあるし、ララの事だって、人目があるところで会わないとかそんな事しか思いつかない。
……でも、サディアスにあまり迷惑とか負担をかけ過ぎなのも良くない。
肯定の意味で、視線を下に向けて「うん」と返事をする。それでもサディアスはまだ、納得が言ってないようで私の耳をグイグイ引っ張る。
……っ、じ、地味に痛い。ち、ちぎれる。
ぎゅっと目を瞑って、抵抗せずにいれば、私の反応に飽きたのか彼は私の頭に手を伸ばして、リボンを解いた。
「他人の為にめかしこんでいる君なんて見ると腹が立つな。似合ってない、せめていつもの馬鹿そうな髪型の方がましだ」
「ひ、酷いよ」
「それに君、香水振らないだろ。あの女の香りが移ってるな」
「……」
何が言いたいのか分からないので、また黙り込む。髪に触れられて、緩く髪を梳かれる。
……それに“あの女”ねぇ。この間までそんな呼び方していなかったじゃない。もしかして、嫌な事でもあったんだろうか。それが襲撃事件に何か関係しているのか分からないけど、サディアスの面倒な性格にさらにオプションを追加しないで欲しいと思う。
「本当なら今すぐ、シャワーを浴びせたいところだが、君に逃げられても嫌だし」
「……」
「俺がこんな面倒な男だって知って幻滅したか? ああ、いい。答えないでくれ。悪いな、ただ、窓越しにララと目が合った時に挑発されているように感じてな」
よく分からないが、とにかく激しくララと私が一緒にいた事、仲良くなった事が嫌だったのだろう。それにプラスでサディアスに実害がある、なおかつ挑発されているような気がしたと。
そしてついでにすごく疲れているんだろう。
「うつ伏せになってくれるか」
言われて素直に従うと、背中に手を置かれる。まったく身動きが取れないなぁと思いつつ、まぁ相変わらずなので気にしない。
「君は、頑固なのに素直だな。いい子だ」
わさわさと頭を撫でられて、サディアスは私の髪を避けて項を顕にした、スルスルと触れられて手が冷たくてこそばゆい。
「だから、変な虫がつくんだろうな。本当にいい加減にして欲しい。俺はただ、できるだけ穏便に魔法使いになりたいだけなんだが」
なんだか言っていることにもう脈絡が無い。カシュッと音がして、ふわっと彼の香りがする。シトラス系のスッキリする香りだ。少しだけ甘いニュアンスがある。
項に塗り付けられて、サディアスも犬なのかもしれないと思った。
「なぁ、クレア」
「……なぁに」
呼ばれて、返答を返す。さすがに無視するとまた怒りかねないなと思ったからだ。
「君だったら他人を思い通りにしたい時どうする」
「…………私は……」
質問の意図が分からなくて、答えにくかったが、パッと思いついたことを言う。
「諦めるよ。自分で出来ることしか、やれないもんでしょ」
「そうか……そうだな。起きていいぞ。俺が髪を直してやるから床に座ってくれ」
「はぁい」
一頻り私を詰って満足したらしく、サディアスの声は少しマシになっていて、安堵する。素直に彼に背を向けて床に座る。彼は一度、立ち上がって、櫛やらピンやらを持ってきて、またすぐに私の後ろに座る。
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