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誤解です……! 4

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 しばらく気持ちを落ち着けていれば、シュタッという効果音がピッタリの仕草でララが降りてくる。
 
「逃げられちゃったわっ!また、誰も見てないところで会うまでお預けみたい!」

 未だに興奮状態が続いているらしく、彼女は息を切らしながら瞳を煌々と輝かせながら言った。

 私はそんな彼女が少し怖くて、落ち着くようにと、とりあえず椅子に座らせる。

「ララ……魔法をといて」
「え?どうして?わざわざ言うこと?貴方とも一戦したいような気分なんだけれど!」

 キラキラとした瞳で見つめられて、私は、はぁとため息をついた。ここで私が強く言ってもだめだ、犬が興奮状態の時に叱っても意味無いのと同じだろう。とにかく一旦、落ち着いて貰わなければ。

「ララ、深呼吸」
「深呼吸?」
「うん、吸ってー」
「すぅー」
「止める、いち、にい、さん、はい、ゆっくり吐いて」
「はぁーー」
「これ、五セットやってから喋ってね」

 私がそう言うと、ぽかんとして、それでも素直にしたがって、ゆっくりと深呼吸をする。私はそれを見守って同じように心を落ち着けるために深呼吸をする。

 ……本当にびっくりしたんだから……ララにも……クラリスにも。あんなに急にガンガン攻撃出来るか普通。

 それに、クラリスもなんだかバレるとわかっていてララと接触したような感じがした、彼女はララに真実を伝えるつもりなんだろうか。それに、ララが言っていたけれど、ララとクラリスは今回敵対関係になるのだろうか。

 ふぅと落ち着いて、ララを見ると、少しは落ち着きを取り戻したのか、魔法をといていて魔法玉もきっちりとしまっている。

「……ねぇララ、貴方どうしてあの猫がクラリスだってわかったの?」

 一戦やろうともう一度言われる前に、私の方から、彼女に話題を振った。すると、ララは少し考えてそれから、自分でもよくわかっていないような顔をしながら言う。

「どうしてって言われても……匂いがしたのよ。もう香水の香りはしなかったけど……確かにクラリスの……何度も剣を交えた、あの子の匂いだったわ」
「……すごい、楽しそうだったね」
「それはそうよ!当たり前だわっ、だってクラリス楽しい子よ、卑怯で卑劣で、でも私には分かるわクラリスは真っ直ぐな戦い好きの子よ!ふふふっ」

 本当に無邪気にララはそう言う。彼女がそういうのならそうなんだろう。ライバル、その言葉が本当にしっくりくる、そんな二人の関係性は私には分からない。

「会えて良かったね」

 それでも、旧友に会えるというのはいい事だ。まさかあんな再開の喜び方をするとは思わなかったが、きっとあれがララの素の状態なのだろう。

 けれども、私は同じ様な友情を育む事は出来そうにないなと思った。

 私の言葉にララは屈託なく笑顔を見せ、それから言う。

「ええ、とても嬉しい……すごく。ねぇクレア」
「んー、なぁに?」
「これで、貴方とのゲームは、貴方の正体の謎だけが残ったわね」
「……それも……そうだね」
「クラリスの体なのにクレアで、クラリスは猫になってるみたいで、何か魔法っぽいのよね」

 ……まぁ、それで間違ってない。事実は私はクラリスではなく、遠くからやってきた魂ということだ。それだけ、彼女の暇も紛れた事だろうし、クラリスがいるとなったら退屈もないだろう。

 答えを言って、それでゲームは終わりだ。私が口に出す前にララは言葉を続けた。

「貴方の事を教えてくれそうな人は検討がついたわ!いい?私が貴方の真実を言い当てたら、ご褒美が無くなったのだから、私の言う事を聞いてね!」
「え?」
「ついでにローレンスに貴女についても聞いてみるわ!何か関わっているんでしょ?私たちがしているゲームとは別に」
「…………」
「ああっ、楽しい!ね、クレア」

 あまりの理解の速さに目を剥く。もしかすると、彼女の中の予感があったから、こんなに早く状況を把握できたのだろうか。

 しかし、ララから話を聞かれてローレンスはなんと答えるのだろう。そして、言う事を聞いてって、私は何をお願いされるんだろうか。

「クレア?今更、貴方が言い出したゲームを降りるなんて言わないわよね」
「い、いや、お願いをきくってそれはちょっと」

 言われないとは思うが、そもそもの騒動の原因の私の魂がなければ良くない?とララに言われたらだいぶ傷つくし、そういう余地を残したくないのだが……。

 ちらっと彼女を見ると、躊躇する私に、彼女は少し身構えるようにこちらを見ていた。この話に乗って欲しい、乗ってくれなければ傷ついてしまいそうなその表情になんだか断れなくなって「いいよ」と口が滑る。

「ありがと!」

 ララは余程嬉しかったのか、立ち上がって座っている私をぎゅうっと抱きしめる。なんだか、クラリスとララの間には、私には入る余地のない空気感があって、クラリスがいたら、私は……ララにとって必要ないのかななんて思ってしまっていたのだが、そんな事もなかったのだろう。

 アナが言っていたしね、ララは寂しがり屋だって。ちゅっと頭にキスされて、驚いて上を向くと彼女はいたずらっぽく笑っている。ちょうど彼女の胸元の位置で柔らかいものに包まれて、なんだかむず痒いような心地になった。先程振られた香水の香りがする。自然でララに馴染んだこの香りが自分自身も同じなのだと思うと少し恥ずかしい。

 表情や、行動から彼女の私への好意が感じられるようで、どうにも落ち着かない。

「私……なんでだか分からないけど、貴方の事も楽しくて好きよ。自分でも不思議なのだけど、こんな頼りなさそうな子にこんな気持ちになるのは初めてだわ」

 ララの中の物差しで、一番大事なのは、戦闘力である。そして次に彼女にとって面白いかどうかだ。ララはいつだって単純明快で、わかりやすい、そういう子だったはずなのに、自分でも気が付かないうちに、それ以外の物差しができ始めているのだろう。

 それがどういった変化なのかは分からない、でも子供のときは足の速い子が好きで、大人になったら、顔が良くて、性格が優しくて、財力があってと項目が増えるのと同じだろう。

「ありがと……私もララが好きだよ」

 本音で返す。けれど、彼女は、ふるふると頭を振った。

「違うわ。多分、私と貴方の言っている好きは同じ大きさをしてないわね。それに種類も違う」
「……種類……」
「そうよ。でも言わないけど、まだ私達きちんとお友達になったばかりだものね」
「う、うん?……うーん」

 よく分からない言い回しに首を捻る。女の子同士で友情以外に愛情の種類なんてあっただろうか。友愛以外だと……家族愛?

 正直なんでも別にいいのだが、この子、私のどこがそれほど気に入ったのだろうか。やっぱり傷心のときに寄り添ったのが、それほど効果的だったのだろうか。

「また、お部屋に来てもいい?……今日はもうお話できないようだから」
「来ていいけど……どうして」
 
 ふと、ララは私の背後を見る。背後はバルコニーの出入口の窓があってそれから私の部屋だ。ララとクラリスが暴れたのでベラでも来ているのだろうか。

 最後に一層強く抱きしめられて心臓がドキンと跳ねる。

「またね!クレア」

 彼女はパッと離れて魔法を起動してから柵に飛び乗り、ひらっと手を振った。そして飛び降りていく。彼女の事だ、このぐらいの高さから落ちたって大丈夫だろう。

 ……それより、お部屋を壊して怒っているベラの方が問題だ。暴れた張本人達は、それぞれいなくなってしまったし。なんて言い訳すればいいのやら。
  
 とほほという気分になりつつ、振り返れば、そこにはものすごく機嫌の悪そうなサディアスがあけ放たれた窓越しにこちらをじっと見ていた。

 …………………ベラより、面倒な事になってた。

 そして私の頭の中では、頭の悪い図が展開された。

 サディアスはララが嫌い→私は彼を待ってた→ついでにララと遊んでた→サディアスは今とっても疲れてる→サディアスに見つかった→サディアス激怒。

 ……と、とりあえず、笑っとく?

 彼の今の精神状態が、怒っているという事以外まったく分からないので、一応笑顔を浮かべてみる。というか、いつの間に帰ってきていたのだろうと疑問に思ったが、色々騒動があったし、ずっと玄関を見ていたわけじゃない。目を離している隙に帰ってきていても全然不思議ではなかった。

「お、おかえり」

 私の言葉に返事をするでもなく、サディアスは無言で近づいてくる。彼は魔法を使っていたので、できるだけ近寄りたくなかったのだが、ここはバルコニーで、逃げ場などない。

 とにかく、動揺を見せてはだめだ!こういう時は、強気に、何も悪気がないような感じで!

 彼が怒っている理由がまるで分からないと言った感じに首を傾げる。

 それにだ、そもそもね、ほら。別に私が誰とおしゃべりしてても、そもそもいいのではないか。怒られる謂れは無いはずだ!だってほら今学生だし、それにサディアスに私の交友関係に口を出せるような関係じゃないだろ。

 最もらしいような言い訳を頭の中で浮かべてみるが、これはこれで幼稚な考えだ。

「ただいま……随分と楽しそうだな?」
「……」
「俺の部屋に来ないか?そこならあの女も来ないだろ」
「……」

 じわじわと怒りが滲み出ているような声に、絶対に行きたくないと思ったのだが、断ったら彼に嫌われてしまいそうで、それならまだ、素直について行った方がマシかと考える。

 ただ、体は素直だったようで、そういう言い訳を考えつく前にこくこくと必死に頷いていた。

 手を取られて、強く引かれる。私はそのまま足を動かして彼の部屋へとついて行った。




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