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誤解です……! 2
しおりを挟むララは夏休みを開けてこちらに帰ってきて以来、私の部屋によく来るようになった。目的はだいたいローレンスと一緒だ。時にはくだらないことを話したり、たまに本音を言ったりしに来るのだ。
ララにしかけたゲームの事はあれ以来触れてこないが、何を考えているのか、相変わらずよく分からない。
「おはよう、ララ」
「おはよう、クレア。珍しい髪型ね。クレアは髪を結うのが好きじゃないのかと思っていたわ、クラリスと違って」
……たまにこういう事言うようになったんだけど、どう反応したらいいのかいまだにわかんないな。
今まで事情を話した相手に、私とクラリスを比べるような発言をする人は多くなかったのでなんとも困るのだが適当に笑っておく。
「そうでも無いよ。……どう似合う?」
髪を揺らして、彼女を見る。ララはこちらに近寄ってきて、さらさらと私の髪に触れて、それから自分のポケットをまさぐる。
目的のものを見つけたらしく、それを出してシュッと私の髪に吹き付ける。
「似合うわよ。とっても可愛い」
「……あり、がと?今の何?」
「私の香水よ。この学園に来て気がついたんだけど貴族の子って香水臭いから、味方には私の香水を振らせててるのよ」
「そう、なんだ?」
初耳だし、豪快だなと思う。でも香水文化をはなから否定するのではなく自分で上書きしていくスタイルがなんともララらしい。らしいのだが……。
「私、香水振ってないけど」
「ああ、クレアはあまりにも可愛いからマーキングしておこうと思って」
「え、犬?」
「酷いわね、まっ別に構わないけど」
ララは少し上機嫌に笑う。なんというか一枚上手を取られたような気分だ。自らの髪を少し持ち上げて香りを嗅いでみる。
その香りは確かに、彼女がそばにいる時にする、少しも甘くないスッキリとしたそれでいて優しい香りだ。嫌いな匂いでは無い。
「それで、今日は一緒に登校してあげようと思ってきたのだけど!」
「あ、ごめん、私今日は人を待っているから、始業式は出ないかも」
「!……どうしてよ、待っているって……ああ、彼ね」
私がそういうと、ララはすぐに察したようで、また仏頂面に戻る。昔というか……原作では、もう少し笑顔の多い子という描写だったように感じたのだが、今は難しい状況にいるからか、この表情の方が見慣れている気がする。
「ヴィンスも今日は先に行って、シンシアとチェルシーに言っておいてくれない?」
「お一人でサディアス様を待たれるのですか?」
「うん……一応ね、始業式には出たいけど、遅れてでも帰ってきた時に寮に誰もいなかったら寂しいでしょ」
「……承知しました。明日からは個人戦の練習などもございます。そちらの授業は必ず出席してください」
「大丈夫、わかってるよ」
さすがに本業を疎かにする訳にはいかない。クリスティアンに話を聞くのは今日の夜だ、今日中に対策と予定を立てるので、彼を待つのは今日だけにするつもりだ。
シンシアとチェルシーは驚くだろうけれど、今日帰ってくるとは限らないのに二人に迷惑をかける訳には行かないだろう。
「そういう事だから、ララ。そろそろ貴方も行って、また今度ね」
彼女に振り返ってそういうと、彼女はぷいっとそっぽを向く。
「貴方がサボるのなら私もサボるわ!」
「……サボりじゃないんだけど」
「それに集会なんて面倒だもの、私もここで貴方といる!」
「えぇ……」
ヴィンスが登校の支度をしている間、私はララを学園に向かうように説得したのだが、そのかいなくララは私の部屋へと居座った。
バルコニーに椅子を置いてララと二人で外を眺める。遅刻しそうな学生たちが魔法を使ってすごいスピードで駆けて行くのを眺めていると、寝坊してしまったのか、その生徒たちの中にチェルシーがいるのが見えて思わず笑った。
今日、寮に残ろうと決めたのは完全に何となくだった。サディアスなら、本来まったく間に合わないような事になっていても、授業が受けられなくて成績に問題が出る明日までには何とか間に合うように帰ってくるのではないかと思ったのだ。
そして、そういう予感的なものは、現実世界ではあまり当たることは無い。だから今回も似たようなものだろうと思ったのだが、ここは私にとって現実ならざる世界だ、それならば、待っていれば帰ってくるということもあるかもしれない。まぁ、どちらでも結局いいのだが、待っていたかった。それだけだ。
私がじっと寮から伸びる道の方を見ていると、ララは退屈そうに頬杖をついて、私を流し目で見る。
視線に気がついてはいるけれど、わざわざ反応する気も起きずに、ぼんやりとしていると、前世で釣りに行った記憶を思い出した。
……あれってさ……基本的に暇だよね。
堤防に行って、椅子を置いて、それから餌をつけて投げるのだ。確か、多分彼氏だった人の趣味だったと思うのだが、連れていかれて竿先を眺め続けていた事があった気がする。
結局、彼は海を見ながら酒を飲み始めて、私は連れた魚をどうすればいいのか困り果てたと。
今更思うが、私は前世、本当に何も主張しなさすぎだったと思う。言わない、やらない、ということは、何も思っていないと他人から見れば同じだ。こうして動いて、自分から望みをいだいて見れば前世の自分がいかに受動的だったかがわかる。
「……暇」
ご機嫌ナナメのララが、じとっとした声で言う。
私に何か面白い事でも言えということだろうか。
……私も暇だけど……この暇は悪い暇じゃない。考え事が捗る良い暇だ。
今度、いつか釣りみたいな暇な時間ができる趣味をやってみよう。誰かに連れていかれるのでは無く、自分から何か選んでやってみたい。
「今……趣味について考えている」
「趣味?そうね……クラリスは確かパーティを開くのが好きって言ってたわね。あと商人を呼んで買い物をするのも好きって言ってたわ」
……それは原作でのクラリスそのままの趣味だった。けれどあの姿、それから前回聞いたことを考える限り、お散歩とお昼寝と日光浴が趣味じゃないだろうか。
「ちなみに私は、ガーデニングと……研究みたいなものね」
「うん……知ってるよ」
私は少し考え事をしながら適当に答えた。ララは農家の出身なので、何かを育てることが好きだ。お花に手間暇かけるのは、女性らしくて可愛らしいと原作の彼女を見て思っていた。研究みたいなものとは、ウィングの制作の事だと思う。
ただ、ディックやエリアスがやっているのは、どのような仕組みで魔法の系統や魔力の効率が決まるのかという理論的な部分を研究と言っているのに対して、ララはウィングの制作の方まで含めてそういう言い方をしている。
原作しかり今も彼女のウィングは自家製のものだろう。
「貴方の趣味は?」
「……わたし?」
「そう、クレアの趣味よ」
「……うーん」
言われて、パッとひとつ思い浮かぶ。前世では、趣味と言うほど凝っていなかったので、そうとは認識していなかったのだが、今世ではまあ、少し他人に自慢できるぐらいの物が作れていると思う。
「ハンドメイド……かな?あ、使ってみる?」
せっかくならと思い、私は一度部屋に戻ってドレッサーにしまっていた櫛を持ってくる。
「冬の方が効果がわかりやすいんだけど……少し梳いていい?」
ララの向かいに立って、櫛を見せると「いいわよ」と彼女は目を瞑った。ゆっくりと、櫛を通していけば、彼女のコシがあるのに柔らかい髪は、つやつやと輝いて、あっという間にエンジェルリングが出来上がる。触り心地が良くて、上から彼女の事を見下ろすとララのまつ毛は長くて、影を落としている。
健康的な頬はみずみずしくて軽くチークをつけたように淡く朱色がのっている。櫛を通し終えて、ふと屈んで、目を開けた彼女の瞳の中を覗き込んだ。
私の挙動にララはぱちぱちと瞳を瞬かせて、鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。
瞳の色をよく宝石のように例えるものだが、私はそれを現実世界で体感した事は無い。映画の中、本の中でだけでのキザなセリフだと思っていたのだが、最近はそれがあながち間違っていなかったと思い始めている。
瞳と言うのは美しい、前世では下を向いてばかりで、人と目を合わせる事は多くなかった。
少し子供っぽくて、それでいて透き通るようなローズピンクの瞳は吸い込まれてしまいそうなほど美しい。
私が彼女に見とれていると次第に、頬の赤みがまして言って、ふとララは視線を逸らした。
「そ、それで結局、その櫛なんなの?」
「ん?これ?」
「そうよ、まさか木彫りが趣味なんて言わないでしょう?」
手に持っていた櫛を見つめて、そうだったと説明する。
「塗装を削って髪にいいオイルに漬けたんだ。こうやって髪を梳く度に油分が髪に移って艶が増すんだよ」
「ふぅん……悪くないわね」
「でしょ」
ララは自分の髪に触れて、触り心地を確かめて満足する仕上がりだったのか表情を綻ばせる。特に製法や知識の出処については気にならなかったようで、素直に納得してくれて助かった。
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