上 下
154 / 305

クラリスの正体……。2

しおりを挟む





 謎に彼は私の死に敏感に反応して、死ぬかもしれない、とかそういう事を言われると発作が出るというのに、彼自身が動かないというのも妙である。

 ……でも、今は……まぁ、そんな事より。

「あの、ヴィンス、そろそろ眠ったら?……そしたら酔いも覚めるし……」
「……酔ってなどいませんよ」
「酔ってる人はみんなそう言うんだよ」
「……クレア、私がなぜ、貴方様の危機を放っておいたらのか気にならないのですか」

 ヴィンスは私の両手を取って、それから微笑む。完全に自分より頭が下にあって、どうとでもできる体勢のはずだが、謎に危機を感じて魔法をと考えた。しかし、そういえばさっき、魔法玉を取られてしまっている。

「それより、魔法玉かえして」
「……」

 彼はにっこり笑ったまま答えない。

 ……あ、あれぇ……どういう事……。

「クレア」
「……手、離して……」
「サディアス様に、また醜い愛情だと言われてしまうかもしれませんが、私は別にそんな事は気にならないんですよ」
「ヴ、ヴィンス……?」

 彼の言っている事の意味が分からなくて、名前を呼ぶ、醜い愛情ってなんだろうか。というかどんなワードセンスだよと思う。

「私はただ、クレアが貴方様だという事情が他人に漏れるのが、少々つまらないのです」
「私……がクレアって、中身のお話?」
「ええ、ただそれだけです。この話を知っていると言う事は、貴方様の真実を知っているという事でしょう? それはとても私にとって甘美に思えるんです」

 ……そ、そうなのか?そういうもの?別に私は私だから、知ってようが知ってまいが変わらないように思うのだが、ヴィンスは違うのかな?

 よく分からないまま首を傾げる。

 でもその話を鵜呑みにするのならば、ヴィンスは意図的に、オスカーのようなアドバイスや説得をしなかったことになる。というか、だ。

 知っていたのなら。

「私がそもそも、なんで殺されるかってわかったり……するの?」
「分かりますよ」
「呪いがどういうものかとか、ディックの言ってた話全部分かる?」
「もちろんです」

 彼はニコニコしながらそう言って、私の手に頬ずりをした。妙な行動にやっぱり酔ってるんだろうと思ったのだが、それにしてもあまりにも可愛らしい。

「教えて欲しいですか?」
「う……ん、そりゃ、知りたい……よ?」
「……」

 私が言うと、彼は笑みを深めて、私の手の甲にキスをする。
 そのまま、あっと口を開けて、私の人差し指を口に含んだ。

 ……あひっ。

 あ、は、熱い。

 噛み噛みと優しく噛まれて、歯が指に触れて、熱い舌が敏感な指先を舐める。驚きすぎて声も出せずにその光景を眺める。

 口の中はとても熱くて、柔らかい。

「あ……ああ……」

 手を引っ込めようとするのに、魔法を使っている彼との力の差は歴然としていて、まったく動かすことが出来ない。
 変な感覚に、震えるような声が漏れて、肩が震えた。

 ……く、くすぐったいって、言うか、心底恥ずかしいっていうか、涙が出ちゃうような感じっていうか。

「な、に、……して、……やめっ」

 ぬるりと指の腹を舐められて、思わず目を瞑った。私は多分先程のヴィンスよりも真っ赤になっていると思う。

 キスとか、ハグとか、別にまったくこんなに恥ずかしくないのに、な、なな、何だこれ。

 ちゅっとリップ音が聞こえて耳を塞ぎたくなった。しばらく彼は緩く私の指を舐めたり噛んだりして、ふやけてしまいそうなほどそうされていると、急にぎゅっと強く指先を噛まれて悲鳴をあげる。

「いっ……っ……」
「…………はぁ」
 
 指は離されて、彼はゆっくりとこちらに目を開け、自分の唇についた私の血をぺろりと舐めとってこちらを見る。

「クレア、助けてって仰ってくださいませんか?そうして下されば、エリアル先生の愛猫を攫って来ます」
「……っ……」
「オスカー様、ディック様の助力は正攻法に対してのみのものです。ですが貴方様の命を握っている方達は、その抵抗に屈すると思いますか?」
 
 指からじわじわと血が流れ出ていく。

 言いたいことはわかる。ヴィンスが言うのだから、それが彼にとって出来る事なのも理解できるが、それじゃあ、自分が嫌だと思った強引で横暴な方法になってしまう。

 それに愛猫って、クラリスの事だろ。ついこの間までヴィンスの主だった人をさぁ……。

 頭を振るとヴィンスは、少し機嫌が悪そうに目を細めて、血の滴っている指先を舐める。

「ッ……」

 そして、これと先程の話となんの関係があるのだろうか。あんまり分からないのだが、スキンシップ?なのか、酔っているから……。

 それにしても、傷が出来たからか指先がじんじんする。それに、背中の辺りがゾワゾワする。

「そうですか……そういう方法はダメなんですね」

 こくこくと頷く、けれどヴィンスは一向に機嫌が悪そうな表情のままだ。

「では、どうしましょうか?」
「ど、どうって」
「私、今、少し貴方様に必要とされたい気分なんです。言いましたでしょう?クレアの秘密を知っている人が増えるというのが嫌だと。……不安になるんです。クレアの中での私の存在価値が下がっていないか、心配なんです」

 言葉的には、私に精神的に依存しているメンヘラのようだが、状況的に追い詰められているのは私の方だと思う。抵抗するすべもないし、要は秘密が秘密じゃなくなって、寂しいってことだろう。

 私は彼に寂しくないように何かしてくれと言われているのだと思う。それは、さっきというか、いつだかも言われた助けてと言って欲しい、と一緒の感情らしい。

「……」
「クレア」
「……ゆ、ゆび、なめないで」
「……」

 傷口に、柔らかな舌が触れて、私の言葉など聞こえて居ないかのように、舌で傷口をなぞる。痛みと擽ったさに悶えていると、ヴィンスは、私の魔法石を取り出して、自分の魔法玉に接触させる。他人の魔力の気配を感じて、自ずと自分の魔力が漏れていくのがわかる。

 素直に言うことを聞かないと、魔力を流すという事だろうか。あれは、無理やりに、相手の事をおもいやらずに流すと、流される側は酷い目を見るので出来ればやめて貰いたい。

「……わかったよ、なんかよく……わかんないけど、わかったから、ね、いつだって……オスカー達が協力してくれるとしても……ヴィンスが必要だよ」
「……」

 私がそういうと彼は、私の魔法玉に魔力を注ぎ込む。絶妙な加減だ、苦しいという程のことでも無いが、違和感をぬぐい去ることもできない。

「……私死にたくないよ、ヴィンス。……酷いこと貴方が私にしても、そばにいて欲しいよ」
「…………貴方様は私にどこまで許すのでしょうか」

 注ぎ込まれる魔力はなくなって、彼はぽつりとそういった。
 
「さぁ……ヴィンスが許して欲しいと思う部分までじゃない?」

 自分で言っていて、それじゃ制限がないのと一緒じゃないかと思ったが、彼はニコッと笑って、ちゅっと私の手にキスを落とすどうやら、回答がお気に召したらしい。

 すこし怖いような彼の雰囲気がなくなって嬉しいが、いつか、何かしらの歯車が外れて、大事故になりそうだなと思ったが、見て見ぬふりをしつつ、私はやっと部屋の灯りを付けることが出来た。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる! *三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。 (本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】 乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。 ※他サイトでも投稿中

処理中です...