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バーベキュー大会……? 6

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「でも……その分心配な生徒ではありますね」
「ええ、私も、心配な寮生の一人ですよ、クレア」
「心配……ですか」
「そうよ」

 ブレンダ先生は、少し、悲しげな表情で言う。こんな彼女の姿を見たことがなくて、私は少し驚いた。

「私達もすべてを知っているということはありません。ただ、貴方は大きな問題のその真っ只中にいる。けれど、大人を頼るという事もできず、そして、いつも堂々をチームを引っ張っていますね」
「……」
「その姿、その強さにはいつも心が打たれる思いです。けれどその分、いつ、貴方に何があってもおかしくないと思うと、酷く悲しい気持ちになるんです」

 ぱちぱちと瞳を瞬いた。そんな風に、言われた事は一度もない。

「今回も、唐突にこんな事をして、私は貴方が何を考えているのかまったく分かりません。でも、教師として接してきて、貴方が悪い子ではない事は知っています」
「……は、はい」
「……貴方の助けになる事など、私達一介の教師にはできませんけれど、いつだって頑張っている貴方を多くの教師陣は応援していますよ。どうか忘れないで。ヴィンス、あなたもね」
「はい、ありがとうございます」

 ヴィンスはいつもの通りに笑って、私は、頑張ってるという言葉がじんと体に沁みた。

 私の頭の中には、所詮教師は頼るものでは無いという考えが常にあったように思う。

 それはもともとこの世界での私の状況を助けてくれるべきだと思っていたからだ、けれどそれでも、決して動くことの無い彼らに、そしてエリアルに不信感があった。

 ……でもそっか、動かないんじゃない。動けないんだよね。誰も彼も、権力や力を持っているとは限らない。この先生たちより、ローレンスが圧倒的に立場が上だという事実がある限り、大人でも、いや、大人だからこそ、出来ないことが沢山ある。

 それでも……こうして、心配していると言葉にしてくれた……頑張っているとも。

「頑張っているって言ってくれるんですね……先生」
「ええ、とても、私は貴方のその頑張りをとても評価していますよ」
「……っ……嬉しいです」

 言葉が溢れ出てしまい。強い、感動のような感情に、目を瞑った。
 ヴィンスがそっと手を背中においてくれて、落ち着くように温かかった。

 話がひと段落すると、先生たちは私に金貨を握らせて、そのまま、バイロン先生を担いで去っていく。魔法を使っていたので、女性二人だとしても、軽いものだろうと思う。

 段々と日が落ちてきて夕暮れ頃、お酒を楽しんでいた教師陣が少しずつ帰り始めるのを見送っていた時、ふと、このバーベキューのそもそもの目的となった人物が、ぼんやりとしながら、お酒を嗜んでいるのが見えた。

 軽く片付けを始めているヴィンスを横目に彼の方へと近づく。

 真っ黒い髪の暗そうな彼は、少し頬が紅潮していて、多少なりとも酔っているのだとわかる。そばにクラリスは居ない。

 ……はぁ…………よし。

 気合いを入れて、彼の方へと歩みを進める。
 彼の向かいにコップをもって移動すれば、エリアルはさほど驚きもせずに、私を見つめながら酒を煽った。

「こんにちは……エリアル」
「はい……こんにちは」

 教師らしく彼は穏やかに答えるが、相変わらず声が小さく、聞こえづらいが問題は無い。皆が少し捌けてきたあとで良かったなと思う。

「…………」

 でも、何から話をしたらいい?そもそも私は何を彼に聞きたかったのだっけ。

 ……そうだ、オスカー曰く、どちらに抗うか。だ。

 それを見極めなければならない。エリアル達は私を利用しようとしている、その大元はローレンスを排斥したいと言う思いにある。

 だから、私はそれを知らなければならない。本当なら、手段や作戦内容を聞きたいけれど、でも、こういう事は、利用する相手の私には話さないものだ。だから、私が聞くべきなのは、多分、個人の感情だ。

「……」
「…………人は、人格が違うだけで、これ程変わるものなのですね」
「……」

 それは、私が今、彼から見て何か変わった見え方をしているということか。それとも、別の意味か……そもそも、私はこの人という人間が分からない。

 クラリスには従順で、そして他人に酷いこともできるし、でもかと思えばちゃんと教師もやっている。

「前回の事を怒っていますか?……クレア」
「……それは、……水に流すとクラリスが言っていたじゃないですか」
「そうですね……けれど、僕は、ああして他人に攫われ恐ろしい事をされる恐怖が分かりますから、許せとは思わないですよ」
「……?……それはどういう……」

 首を傾げると、いつも俯きがちな、エリアルは少し顔をあげる。そして、柔和そうな笑顔を浮かべた。

「わかっていたとしても、君にはそういう事をしてでも、優位性を見せつけるべきだと、クラリスの意見です」
「……そうだったんだ」
「クレア……君が何を知り、何をやろうとしているかは分かりませんが、クラリスは言っていましたよ、君の最後が安らかである方法を探した方がよっぽど有意義だと」

 逃がすつもりも、私を生き長らえさせるつもりもないと、そう言いたいのだろう。
 今日はそれだけを言いに来たのだろうか。

 ……ならクラリスに直接話をする以外ないのかな……でも彼女は……難しい。だってローレンスですら彼女の本質を見抜けていなかったのだ。そのクラリスが私にぼろを出すとは思えない。

「……エリアルは……どう思いますか」
「僕ですか?……僕はクラリスが言ったのなら、それが正しいと思っていますよ」
「……そうですか……それはじゃあ、一旦置いておいて」

 それなら、仕方がない。なら、何を聞こうかと思った時、彼にだけしか答えられない。そして、彼しかわからない質問があったのを思い出す。

「エリアル、貴方はクラリスのどこが好きなんですか?」
「……はあ、そうですね。彼女の……精神性でしょうか」

 彼はあまり考えずやはり答える。料理を適当にさして、口に運んだそして、お酒で流し込む。

「クレア、君はディックから話を聞いているんでしたね」
「え、あ、はい」
「そうですか、じゃあ僕が、アウガス王族だと言うのも知っているでしょう」
「え、はい?」
「……知りませんでしたか」
「はい……」

 私がそういうと彼は少し固まって、それから席を立とうとする。私は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
 
「ちょっと!……せっかくいらしたんですから、もう少しだけ居て下さいよ。今の話だってディックに聞こうと思えば聞ける話なんですよね!じゃあ、エリアルの口から聞いても一緒です!」
「…………まぁ、そうですが……」
「で、王族だからってなんだって言うんですか」

 私の言葉を聞いてエリアルは座り直したので、とりあえず私は彼が帰ることから意識をそれせるように、矢継ぎ早に質問をした。彼は、はぁと息をついて、それから少し鬱陶しそうに前髪を少し避ける。

「ですから、クラリスを好きな理由です。僕が、宿命やしがらみ、全てをかなぐり捨てて逃げたことと彼女の行動が……あまりにも対照的だったからです」
「対照的と言うと、クラリスは逃げずに向き合ったってことですか?」
「そうですね……そんなところです。さらに彼女は、その役目を背負う道理など元々無かったんです。だから僕は弟の手から、クラリスを奪い取った」

 ……弟、アウガス王族……ローレンスの血縁者だったのか……。

 そんな王子が、ローレンスの兄がいただなんて話、今まで一度だって聞いた事は無かった。少し避けられた髪の隙間から除く瞳は、確かに王族の証、翡翠色の瞳だった。

 私は衝撃というより、どおりでという感情の方が大きかった。だって、この人、確かにちゃんと見れば顔だって似ているし、特に、少し特徴的な甘ったるい声をしているんだ。

 話の内容よりも、エリアルが身近な人の血縁者だったという事実の方が私に取っては重要で、まじまじと彼の顔を見てしまう。

「……エリアルは、なんでアウガスから逃げたんですか?」

 ローレンスの兄ということは、王太子だったはずだと思う。そんな彼が逃げ出す理由がそもそも分からない。

 彼は、ふと、考えるように空に視線を移してそれから、ふっと魔法を解いた。

 途端に声はボソボソ言っているだけで聞こえづらくなってしまう。それから魔法をすぐに使って、少し微笑む。

「弟の方が王としての素質があると判断したからです」

 自分が王にならない方がいいと判断したという事だろう、しかし、それだけならば、国から逃亡などせずに、その場にとどまって主張すればいい。

 それでもすべてを捨てて逃げているという事は、もっと深くて別の理由があったのか?それが私の考えすぎなのかどうかはわからない。




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