91 / 305
メンヘラっけを感じるんだよなぁ……。8
しおりを挟む「サディアス……貴方はね、自分の立場とかそういうもの、ものすごく低く見積っているでしょう?」
「……それは無い、妥当だ」
「そして多分、最悪の想定をするのが得意」
「……」
徐々に温まってきた彼の手をやんわりと握る。その行動に彼の手は緊張する。
「でもね、心配事って起こらないことの方が多かったりするよ」
「……起きたら、すべてが台無しになるような心配事でもか?……君だって、全部が無くなる経験を……しているんじゃないのか……この不安が……わかるだろ」
安心させるつもりで言った言葉だったが、彼の不安はもはや脅迫的だと思う。少し驚いて、瞬きをして彼を見る。その瞳は澱んでいて、サディアスの性格以上の何かが彼の中にはあるのだと思った。
「貴方って、何か私以外にも、ものすごい面倒事を背負ってたりする?」
「君以上の困り事は……今のところはないが」
「……うーん?」
そうなるとやっぱり、彼より私の方がよっぽど絶望的だと思うんだが自惚れだろうか。
「サディアス、私ね、実は落第したら処刑されちゃうの」
ビクッと彼は反応して、朱色の前髪の隙間から私を信じられないものを見る目で見てくる。
「あと、ローレンスとヴィンスが縁を切れなかったら、多分他のところからも命を狙われると思う」
口にしてみると存外、一大事だった。死にたくないが、どうしようも無い。ここに来た時から崖っぷちなのだ。
「これでも出来れば死にたくないって思ってる」
サディアスは思い詰めたような表情をして、強く私の手を握った。
「それでも生きてるから大丈夫だよ」と明るくポジティブに励ますつもりだったのが、サディアスはさらに不安に駆られて顔を青くする。まるで、恐ろしい殺人鬼にでも追われているような顔だった。
控えていた侍女ちゃんが何やらパタパタと部屋から退室していって戻ってこない。手を握る力は強くなる一方だ。
「どっ、どうしたの?サディアス、ごめんね、何かびっくりさせるようなこと言った?あ、言ったよね、大丈夫?な、な、なんか、わ、私間違っちゃった??」
サディアスはガクッと俯いて、それから魔法を使って、彼のルビーみたいな瞳が光を孕む。
……あ、やばい。
そう自覚した瞬間には、手は離されてテーブルが真っ二つになっていた。ドゴォンという嘘みたいな音が耳をつんざく。
離された手をもう一度繋ぎ直して、どうしたらいいか正解が分からないまま、引き寄せてサディアスを力いっぱい抱きしめた。
こういう事があるのだから、常日頃から魔法を使える状態にして置かなければとは思っているのだが、どうにも忘れがちだ今日も私は魔法が使えない。
それでもなんとか、自分がボコボコになると、またサディアスのトラウマが酷くなってしまうので、彼を宥めようとなんとか背中に手を回し、ポンポンと一定のリズムでタップする。
「サディアス……サディアス、大丈夫、ごめん」
このぐらいの年齢になると男女の性差は割とあり、抱きしめるのが大変だった。
身長も彼の方が大きいので、少し背伸びをしている。
「サディアス…………落ち着いて、ね?」
「ッ……、ッ……」
彼は獣のような呼吸を繰り返し、体は震えている。それでも私が根気強く、声をかけ続けると、次第に落ち着いてくる。
……よ、良かった~。咄嗟に逃げなくて!多分逃げてたら何かしら被害をこうむっていただろう。
「……サディアス、大丈夫」
子供に言い聞かせるような心地だった。大きくなっても人間、癇癪ぐらいは誰でも起こすだろう。問題はない、頭を撫ではしないけれど、撫でてあげたいぐらいだ。
腕が疲れて来たけれど我慢して目を瞑り、トントンとゆっくり背中に触れる。そういえば赤ちゃんにこれをやる理由は、お腹の中にいた時に聞こえていた心音を再現するためだとか何だとか。
「……なぁ、クレア」
頭の中で豆知識を展開していると、サディアスがぽつりと言う。それから、私の手を少し避けて、それから魔法を使ったまま、抱き上げる。
「おうっ、ン、んん?」
急に持ち上げられて、完全に足が浮く。腰と背中にがっちりと両腕を回されて、逃げ出せそうに無い。
私は抱き上げられたまま、上から覗き込むような形で彼を見る。下を向くとサラリと髪が落ちてきて、サディアスの頬に触れる。
「……はぁ……俺の目の前で死ぬのだけは、やめてくれ。死ぬかもしれないと……いうことを打開策もないのに、口にしないでくれ……」
すごく怒っているような、危ない目つきをしながら、サディアスは言った。彼の赤い瞳の光に、射抜かれたように私は硬直した。
落ち着きを取り戻したのかと思ったがどうやら違う様子で、下手に何も言わないような気がして、グッと体を後ろに引くが、ビクともしない。
「でないと俺は……君に何をするか分からない」
イキり倒している、自称喧嘩っぱやい男のそれとはまったく違い、本当に何かとんでも無いことをされそうな気がして、首振り人形のようにコクコク頷く。
今この状況だって、正直危険だ。このままどこかに連れていかれるかもしれないし、それにギュッてされたら、私はキュッて死んでしまう。ヴィンスはメンヘラっけがあると思ったが、この人はそのきらいがある程度の問題では無い。多分、心療内科に受診した方が良い。
サディアスは私の従順な反応に、少しはマシな気分になったのか、自分自身を落ち着かせるため目を瞑って深く深呼吸をした。
「……はぁ……すまない……俺は君にこんな姿を見せてばかりだな」
「う、うん、そうね。あの、とりあえず下ろしてくれる?」
「…………下ろした瞬間に、何らかの理由で死んだりしないか?」
「するわけないでしょ?!」
「……はぁ」
意味のわからない会話をして彼はまた、ため息をつく。それからゆっくりと下ろされて、私はやっと窮地から解放され、彼からいつもより距離を取った。
「……遠いな」
「当たり前でしょ、今だってちょっと怖いもの」
「……」
「……サディアスはもしかして何か昔にあった?」
そうでも無ければ、反応が過剰すぎる気がする。私を不可抗力で半殺しにしてしまったトラウマがあるとはいえ、先程の行動は説明がつかないだろう。
11
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
私の婚約者は6人目の攻略対象者でした
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。
すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。
そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。
確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。
って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?
ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。
そんなクラウディアが幸せになる話。
※本編完結済※番外編更新中
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
悪役令嬢の居場所。
葉叶
恋愛
私だけの居場所。
他の誰かの代わりとかじゃなく
私だけの場所
私はそんな居場所が欲しい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。
※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。
※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。
※完結しました!番外編執筆中です。
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる