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メンヘラっけを感じるんだよなぁ……。5

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 週明けのテスト当日、私は一人で自分の支度をし朝食を食べて、予習をしながら学園へと向かった。
 私は、自分の面倒を見られるし、なんなら一人の時間も好きだ。

 ヴィンスがいなくても、問題は無い。そもそも他人に何かをお願いするのが得意な方では無いのだから、それも当たり前な気がする。

 でも、いつも隣を歩いて、常に私の疑問に答えてくれたという事、この世界の常識を私が知らないと言うことを否定せずに説明をしてくた事、それから何気ない日常の会話、支障は無くても、居ないという事実に日常が色あせて見える。

 ……ヴィンスはいつもニコニコしてて、そばにいて心地よかったしね。

 ……それに、彼がいて困るような事を彼は絶対にしなかった。気遣いが出来て、優しくて、でもそれが、当たり前に誰にでも出来ることなわけが無いという事も知ってる。他人と暮らすというのは、どうしても意見が衝突するものだ。どんなに優しい人でも、そういうものだ。

 前世だったら、当たり前みたいに私が折れてたなぁ。
 
 それは少し苦痛で、肩身が小さくなる思いだったけれど、相手に嫌な顔をされるのが怖くて何もいえなかった。

 そういう面倒な事をヴィンスはまったく感じさせずにそばにいてくれた。尽くす事が出来るタイプってすごい。

 教室について、引き戸を開けて、中に入ると、なんだか異様な雰囲気だった。いつもはもっとワイワイと騒がしいのに、今日は、状況を伺うようにヒソヒソと話し合う声が聞こえた。

 気にせず自分の机に向かうと、そこには既にヴィンスが居て……なんと言い表せば良いのか、闇のオーラを放っている。

「クレア!おはようございますっ」
「おはようございます……あの」

 私に気がついたチームメイトの二人は、こちらにパタパタと駆け寄ってきて、ヴィンスの方をチラチラ見ながら挨拶をする。

「おはよう、二人とも」

 笑顔で返すが、私も予想外だ。どうにかしなければと昨日から考えてはいるのだが、具体的な対策はまだ講じていない。というのも昨日の時点ではヴィンスがどう動くか分からなかったからである。

 ……まさか、登校してるとは……。

 昨日の感じからして、部屋に引きこもるか、ローレンスに指示を仰ぎに行くという可能性を考えていたのだが、そのどちらでも無く、普通にテストを受けに来ている。

「……喧嘩でもしたのですかっ?なんだか……すごく……」

 ……うん。すごく、落ち込んでいるような怒っているような、男に捨てられたような。傷心の乙女のようだ。

 ヴィンスは俯いて、椅子に座っているだけで、本を読むでもこちらに向くでもなく、ただただ重たい表情をしている。

 ……昨日も思ったけど、ヴィンスってメンヘラっけがあるよなぁ。

 泣き腫らした赤い目元、いつもより着崩された制服。しまいにはこの態度だ。

「ヴィンスは美人だからねぇ……」
「……それは、その通りですっ……」
「同意です」

 私がボソッと呟くと、二人も、こくんと頷いて小さな声で同意した。

 彼が美人なのは、どうやら私の贔屓目では無かったようだ。彼だって原作の端の方で登場しているのだ、ビジュアルはそれなりに整っている。そしてなんというか、儚げなのだ。彼の纏う雰囲気がカッコイイというより、美人だと思わせる。

 これは、どうにかしないと、チャラ男に声をかけられて傷心のあまりついて行ってしまいそうだ。

「ヴィンス、おはよう」
「……」

 私が声をかけると、ヴィンスは、少し目を細めて苦しそうな表情をした後、ふと視線を逸らす。

 私への反応が、喧嘩をした恋人へのそれだ。

 いつもベッタリで、常に一緒にいる私をヴィンスが拒絶した事によって、こちらを伺っていたクラスメイト達がざわざわと色めき立つ。

 私が何かを言う前に、ヴィンスは顔をあげて、私の後ろで様子を伺っているチェルシーとシンシアを見た。

「チェルシー様……お席を変わってくださいませんか?」
「……!」

 自分の意思を言うなんて珍しい。
 私達三人がいくら促しても頑として譲らなかった彼のアイデンティティが崩れる。嬉しいような、避けられて悲しいような。

 話しかけられたチェルシーは、驚きからか数秒止まって、それから意を決したように言う。

「ク、クレアと喧嘩でもしたのですかっ?長引くと仲直りしづらくなりますよっ」

 チェルシーなりに、ヴィンスに寄り添うような形で返事をする。私は一歩引いて、ヴィンスがなんと返すのか気になって見つめた。

「いいえ」

 ふるふるとかぶりを振って彼は口だけで笑顔を作る。

「喧嘩ではありません。ただ、……私はもう要らないようですから、あまり、お傍に居るのは辛いのです」
「……何かの勘違いという事は」
「…………勘違いだったら……良かったのにと私も思っています」

 傷心に浸るようにヴィンスは、眉間にシワを寄せて、涙を滲ませる。今でも傷ついていて、それはとても彼の心に深い傷跡を残しているのだと誰もが想像出来る表情だった。
 
 真面目で騙されやすいチェルシーとシンシア、それからクラスの数名が私を「どんな酷いことを言ったんだ」という目でこちらを見てくる。

 ……うーん……間違っては居ないんだけど、なんだかな。酷いことをされたのはどちらかというと私の方と言うか。

「……ダメですか?チェルシー様、辛いことから逃げては……いけませんか」

 ダメ押しとばかりに彼が言えば、彼に感化されたチェルシーはうっと苦しそうに胸元を抑える。トキメキが抑えられないんだろう。なんせヴィンスは美人だから。

「そう、そうですね……ヴィンス、誰だって辛い事はありますっどうぞ私の席を使ってください!」
「チェルシー、ヴィンスを甘やかすな」

 チェルシーの言葉に被せるようにして、サディアスは当たり前のように言った。
 いつの間にか登校していたらしい。
  
 「席順が変わるとブレンダが混乱するだろう。単なる喧嘩で席替えなんかしていたら、埒が明かない」

 サディアスは状況を割としっかり把握しているようで、くだらないとばかりに、自分の席に座り教科書を開いた。

「……サディアス様、ブレンダ先生には既にお話してあります。それでも何か問題がありますか?」

 ……話してあるんかいっ。

 心の中でツッコミを入れて、サディアスを伺うと彼は眉間に皺を作って、数秒逡巡した。それから重く口を開く。

「……はぁ……好きにしたらいい。ただ、俺の邪魔はしないでくれ」
「わかりました」

 ヴィンスは、なんて事の無いように、元々チェルシーの席であったサディアスの隣に荷物をまとめて移動する。

「まぁ、サディアスが許すのなら、私も特に言うことはありません!けれど……」

 チェルシーは私を見て、少し心配そうに困った顔をした。シンシアも同じような表情だ。

「後でお話聞かせてくださいねっ」
「うん、わかった。……さて、今日はテストだし、予習をしようか?分からないところがあったら教えるよ」

 私が了承すると、少し安心したような顔をして、二人も席につく。せっかくたくさん対策したテストなのだ、これ以上、余計な心配は掛けないに限る。

 そのまま、教室に入ってきたブレンダ先生には何も言われることは無く、ヴィンスは本当にちゃんと先生に話をしていた事もわかり、皆それなりに集中して一日の月末テストを終えた。



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