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メンヘラっけを感じるんだよなぁ……。4

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『ヴィンス、貴方はね、狡いのよ……とても』

 姿を変えた私の主は、テーブルにちょこんと座ってそう言います。ですが、狡いと言われても困ります。私には思い当たることがないのですから。

 何と返事をしていいのか分からずに、私が首を傾げると、クラリス様は下から私を睨みつけます。

『貴方はね、何も選択しない事によってすべてから逃げているわ。それはさぞかし楽でしょうね。わたくしに仕えている時は、忠誠を捧げている振りをしながらローレンスへ情報を流し、今度もまた、わたくしの体に入った別の魂も、残ったわたくしの体も使って、貴方は自分の有能さを証明する』

 クラリス様はチラリとクレアの方を見て、宝石のような猫の目を細める。私は、真にこれほど怒りを顕にしたクラリス様を初めて見ました。そしてその怒りが自分に向けられているという事にも、上手く実感が湧きません。

『わたくし、本当は貴方のような人間が大嫌いですのよ』

 地を這うような声に、体が震えた。
 
 ……そのような事を言われても、私は、どうする事も出来ない。

『クレアの事も同じように使い潰すつもりなのでしょう?彼女は優しく、わたくしとは違う。ローレンスも貴方も“クラリス”の環境を取り巻く人間はいつも非情だわ』
  
 非情だったのでしょうか。そしてそれを知っていて私に何が出来たのでしょうか。ローレンス様に逆らう事によって、生活や安全が保証されなくなるのは、私もクラリス様もクレアも皆同じです。

 だったら、ローレンス様の思うままに私だけでも動いていれば、きっと良いのだとずっと思ってきました。

『今も、貴方は何も言わない。ローレンス様の悪癖を貴方は知っている。けれど、それを見て見ぬふりをしているの、さぁ、答えなさい。話をしなさい。命令よ。知っているでしょう?ヴィンス』
 
 責めるような言葉に、思わず視線を逸らしました。真っ直ぐとクラリス様を見ている事が出来なくて。  

「……」
『……そうして黙って何も言わない貴方は、ローレンス様にただの使用人として従っているだけなら、わたくしもこんな事は思いませんでしたわ』
「……」
『貴方、本来の主人の元に帰ったらどう?私の慰みものなどと、ふざけた用途で私の元に差し向けられて……あぁ……まだ、あなた自身に悪い事をしているという自覚があったらどれほど良かったか』

 言いながらクラリス様はテーブルに爪を立てて、しっぽの毛を逆立たせます。この方に仕えて六年、お気持ちを常に慮っているつもりでしたが、そんな自負はとうに消え去り、残っているのは恨まれていたという事実だけ。

「……ですが、今は、まだ……クレアが……」
『あら、彼女だって貴方を必要としてなんていなくてよ。あの子はまだ何も持っていない、見たところどこか遠くから来たのでは無いかしら。そんな不安的な人間が、あの男の手下を上手く扱えるはずがありませんわ、貴方は邪魔ですの……本当に迷惑ですわ』

 精一杯の言い訳も、クラリス様によって一蹴され、いよいよ言うことがなくなります。確かに、思い返して見ればクレアはよく、自分で出来る、一人でも大丈夫と口にしていました。

 それを考えてしまえばとても、クレアにも必要とされているとは、言えない事が自分の中で納得が行きます。

『貴方のような何も考えていない、他人に頼るだけの人間は、負担以外の何者でもありませんわ。能無しが大好きなあの方の所へ、お帰りなさいな』

 何も考えていない、私のような……人間。

 ……私は。

 クレアは、同じように考えているのでしょうか。
 きっと、思っているのでしょうね。

 ずっと私に意見を求めていたり、自ら動くように仕向けたりされていましたから。すべて自分の事を自分で出来てしまう自立したクレアに、私はずっと、不安で不安でたまらなかった。

 『貴方のような人間は、誰の助けにもならない。自らの道を選択して生きている人間への侮辱だと、言われたでしょう?』
 
 その通りです。シンシア様に遠回しに伝えられ、チェルシー様、それから、サディアス様には直接、私がクレアの負担になっていると言われました。

 頭の中で塗りつぶしていた記憶が、少しずつ蘇って、合点がいきます。ローレンス様の悪癖というものにも心当たりがある。私の行動がクラリス様を苦しめていたという事も……自覚は無かったが、事実として理解はしていました。

 感情の箍が外れそうになって、膝の上で拳を握ると、涙が頬をつたう、どう言った意味の涙か自分にも分かりません。

『まぁまぁ……うふふ、貴方にも泣けるだけの感情がありましたのね。わたくしの従者であった時に、もっといじめていれば良かったわ』

 心のそこから嬉しいというような声に、体が硬直します。
 
 ……怖い。怖い、私が、私は、それほどの事をしましたか?何が悪かったのですか?貴方様は仰られなかった。私を変えようとなどなさらなかった、それなのに今更……。

 自分という存在が、瓦解していく様な恐ろしい感覚が怖くて、ただ涙を流した、ふと、エリアル先生と話をしていたクレアがこちらを振り返りました。

 クレアは、私を見て直ぐに、表情を固くします。そして、エリアル先生となにやら話をして、バシッと手を振り払う。

 そして私を家族だと言って、私の手を引きました。学園の帳簿的な問題では確かにそういう間柄ではありますが、私に家族はいません。

 それに家族なんて言うもの分かりません。理解できません。私が望んでいるのは…………このまま。このままずっと。

 ……クレア、貴方様が私なしでは生きられないような不自由のある方だったらどれ程良かったでしょうか。

 本当に最低な事を思っているという事はわかるのに、そう願わずにはいられませんでした。



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