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メンヘラっけを感じるんだよなぁ……。3
しおりを挟む『まぁ、無様ですわね。床に転がっていないで、さっさと起き上がりなさい』
私が床に転がったままメソメソと涙を流していると、バルコニーのある方向から声が聞こえて、そのお嬢様言葉ですぐに誰だかわかった。
ヴィンスがあんなに取り乱す原因を作った彼女が恨めしい。彼女は、音も立てずにふわふわとこちらへ歩いてきて私の顔の前に座った。
猫であってもクラリスは相変わらず上品で少しずるいと思う。
「……何しに来たの……私は、貴方達の思いどおりには……」
『……やはり、貴方のおつむは少し残念だわ。わたくしには理解できなくてよ』
「……」
『クレア、貴方は自分の自由に出来る物事が少ないのにも関わらず、意地を張り、意見を通し、その結果が今の貴方なのでしょう?無様ですわ』
「……人には譲れない事があるべきでしょ、私はそう思うそれだけ。嘘はつくべきじゃない時だってある」
クラリスが言いたい事は少しわかる。もう少し上手く立ち回れと言っているんだろう。あの場を切り抜ける方法も、ヴィンスへの対応も、確かにもっと上手い方法があったのかもしれない。でも、自分がそうするべきでないと思ったのだから、それが私に取っての正解だ。
私が彼女を少し睨むと、そんな視線の意味を理解せずに、自分の毛並みを舐めて毛繕いをし始める。
『それは力ある人間だけが言える言葉だわ、クレア。弱く力無き者は、狡猾であるべきよ。他人を守ろうなどと考えるから、自分が立ち行かなくなるのだわ』
「……なんとでも」
耳の痛い言葉だ。というかわざわざ言われなくともわかっている。けれど、彼女は、私を詰りに来ただけでは無いはずだと何となく思った。
クラリスはローレンスとは違う。多分、いじめていると言うより私を窘めているに近い。……でもなんで?クラリスも先生も、私達の心情なんてどうでもいいんだって思ったのに。
さすがに寝っ転がっていては、話も出来ないので起き上がろうと腕に力を込めるが両肩がズキズキと痛い。それでもなんとか腹筋の力を使って起き上がる。
『怒る気持ちも分からなくは無いわ、けれどね、貴方に曲げられない信念があるように、わたくし達も成さなければならない事がある。エリアルも、わたくしも、それに忠実なだけよ』
それは先程言っていたローレンスの思惑の阻止だろうか。
『その為に、貴方達を今のまま放置しておく事は看過できない。だからやるべき事をやったまでですわ』
だから、私たちを助けてくれるつもりは無い、とそういう事だ。まぁ、先程の得体のしれない不安感よりは、しっかりとこうしてクラリスの口から協力関係にはなれないと言われれば幾分マシだ。
「わかったよ。……でも、私もヴィンスを排除なんてさせない。彼は……このまま放り出されたら、……どうなるか」
『あの子さえ見捨てれば、わたくし達がすべて上手くやると言っても……貴方の答えは同じなのでしょうね』
「もちろん」
先程ヴィンスにやられた両腕が酷く傷んだが、それとこれとは別問題である。痛みを堪えつつ、困ったようにクラリスに笑いかけた。魔法玉を取り出して、魔法を使う。とっとと治さなければ。
重複使用に使う魔法玉を入れてある机の引き出しに向かおうと、体を前かがみにすると、クラリスが私の腹の上に乗って、私の魔法玉に前足を乗せた。
『それなら、少しだけ助言を差し上げますわ、クレア』
「……助言?」
『えぇ、わたくし達は、貴方もヴィンスも思い通りにするのが一番だと考えていましたが、わたくしの考えは、今変わりましたわ。貴女方は両方とも頑固で自己の主張が強すぎますもの、縛り付けるより、理解した方が余程、問題は少なくなる』
「そ、そんな事、簡単に決めて……いいの?クラリス」
『えぇ、エリアルはわたくしの恋人ですから。わたくしのお願いぐらいは聞いてくれましてよ』
エリアルは自分を下僕だと言っていたが、なるほど恋の下僕だったらしい。惚れた弱みというものは恐ろしい。
そして恋人が猫になる事を手伝い、猫な彼女を愛しているというエリアルは、普通に話ができる人だとしても、とんでもない人だということがわかった。
クラリスの藍の瞳が光を孕む。その状態でも魔法を使うことがかのうのようで、魔力が流れ込んでくるのかと身構えるが、自分の中でパズルのピースがカチッと嵌る感覚がある。
ピッタリで、しっくりするのだ。これだ、と思う。
『あら、やっぱり。わたくしと貴方は魔力はまったく同質でも、それぞれ保有できているようね。さぁ、魔法を使ってご覧なさい』
今までは、魔力を込めるという行為は、風船に空気を入れるような感じだった。いきんでいないとすぐに、膨らませた分までしぼんで無くなってしまう、だから常に気を向けていなければならないようなものだった。
それが今は簡単に呼吸をするように魔力の熱が体を包む。魔法が使えている。心地がいい、どおりで皆、軽やかに動き、戦えるわけだ。
全能感が体を包む。少し痛みに集中するだけで、不快な感覚は消え去り、力が自分の中に飽和する。
「……っ、これが、魔法?今までと……全然違う」
『そうでしょうね、ずっと貴方は不便を強いられていたのよ。ひたむきな努力が一切身を結ばないのはさぞ苦しかったと思うわ』
……少しだけ、確かに、全然周りと劣る自分に焦りは感じていた。そうか、ちゃんと魔法を使えるってこんな感覚なんだ。
『貴方は、わたくしが居なければ、この力を引き出す事は出来ない。けれどそれもすぐに終わるはずよ。貴方の魔法玉はわたくしの魔法玉とまったく同じもの。つまりは、固有魔法の発現の幅がとても広い。貴女が思い描く能力になるはずよ』
「そっか……クラリスがいつでも協力してくれる訳じゃ……無いもんね」
『ええ、貴方は貴方の力を持つべきよ。それで、ヴィンスを、あの子を守りたいと望むのなら、ローレンス様と縁を切らせなさい。貴女が完璧に彼を支配するでもいい、ヴィンスにローレンス様と縁を切る事を納得させるでもいい』
「……それが出来たら、クラリス達は私たちに協力してくれるという事?」
『そのつもりよ。……貴女がわたくし達の助けを一切求めないと言うのなら、別の策を大人しく実行するわ』
魔法をといて、私の上にいるクラリスを見つめる。別の策とは……私もヴィンスも排除するという事では無いだろうか。
一教師と今の猫になったクラリスに何ができるのかとも思うが、それが出来るから私の感情など無視をして、ああいう話が出来たのでは無いかと思う。それに、実際クラリスはこうして常識外れの存在になっている。私が知らない方法を使ってくる事だってあるだろう。
『貴方に少しは想像力がある事を祈るわ』
「……」
その言葉は、彼女も自分達の意向にそって欲しいという思いも込められているのではないかと思った。原作の時からすべてを隠して本音を言わずに誰にもバレずに生きてきたクラリスの感情はとても分かりづらい。
でも、私は、彼女は少しでも私たちが協力的であることを心の底では望んでいるのだと思いたかった。
トテッと私の上からおりてクラリスは窓辺に向かって歩いていく。
「クラリス!…………来てくれて、ありがとう。少し頑張ってみるよ」
彼女は一度だけ私を振り返り、何も言わずそのまま窓から出ていく。先程まで痛くて仕方がなかった私の心と体は、すっかり治っていて、なんだかんだ言ってクラリスは優しい子なのだと思う。
……ローレンスと決別させる……か。
先程の取り乱したヴィンスを思い出す。彼はローレンスに一番、忠義を尽くしている。何故クラリスの従者であるヴィンスがこんなことになってるのかはよくわからないが、ローレンスに、命令された相手に仕えて、彼に情報を流す事が長年の仕事であり、それ以外には縋れるものがない。
究極的には、ローレンスに必要とされなくなるのが怖いから私に仕えていたいのだ、とそういう事だと思う。
なら、それならまずは、彼のその頑として譲らない部分が揺らがなければならないだろう。そして、そんな打算的な必要、不必要、という問題ではなく、私はヴィンスを守りたい。
「言葉だけで伝わるかな……」
ローレンスと縁を切らせるという事は、目的にするつもりは無い。確かに、クラリスとは協力関係になりたいが、それは、ヴィンスの心の安全が確保されてからでも問題ない。
ただ、私の今の目的は、ヴィンスが自分でやりたい事を出来るようにしたいだけだ。今、クラリスの意向に沿おうとするとそれはまた、強要になってしまう。ローレンスと縁を切らせるかどうかは私が……ヴィンスと……仲直りをしてから話し合おう。
そう、私は仲直りがしたい。喧嘩と言っていいのかは微妙だが、彼は私に意見を向けた、不安でたまらないのだと、このままでいたいのだと。
それはダメで、私は彼が自由であるのを望む。クラリスが私達を支援してくれるかどうかよりも、それが一番優先だ。
どうするべきか考えよう。
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