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不眠症ってやつでは……。4

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 チェルシーおすすめのお店に入ると、柔らかい紅茶の香りに包まれる。店内は落ち着いた雰囲気で、学生はあまり多くない。少し歳を召した人が来るような落ち着いた喫茶だった。

 案内された席に着くと、給仕される側が落ち着か無いのかヴィンスはソワソワしていて、こういうお店に慣れていないのか女性陣二人も落ち着かない様子だ。

 それから、メニューを見て何のケーキか紅茶か理解できなかったらしい彼女たちが首をかしげていたので、私が適当に頼んでもいいかと確認すると二人は、コクコク頷くのでその通りに、皆の分の甘いものと紅茶を注文する。

「チェルシーはこのお店入るのは初めて?」
「ええ!そうですっ、アタッカークラスの子が、その、貴族の子だったんですけど、私達でも行けるような場所だと……聞いててっ」

 なるほど、確かに。少し敷居は高いが、来られないほどでも無いという感じだ。でも、お菓子や紅茶を嗜む習慣が無いとアウェイだろう。

 前世で言うと、二郎系ラーメンが好きな男の人が、女性に連れられてホテルのアフタヌーンティーに来るぐらいにはアウェイだろうな。

 我ながらしっくりくる例えが浮かんで、なんだが面白くなる。

 そんな中、紅茶やお菓子が運ばれてきて、ティーカップにそれぞれ美しい水色の香り高い紅茶が注がれる。

 二人ともそれを見てわあっと頬を緩ませる。

「それで……チェルシー、この女子会の意味を聞いてもいい?」

 私が紅茶に口をつけながら言うと、チェルシーは元気に微笑む。

「ええ!……私……」

 それから、目を細めて彼女は笑い、ティーカップを持ち上げる。

「サディアスが……とても良いなと思っているんです」

 すごくはっきり言ったことに私は驚いた。でも、さっき気がついたばかりだったが予想はついていたのでやっぱりかとも思う。

「だから、サディアスの事を沢山知りたくて……今日は女子会を……」
「……やはり……そうだったんですね。もしかしたらと思っていました。分かります。サディアスはとても好人物です」

 シンシアは感慨深そうにうんうんと頷いていて、彼女も気がついていたのだとわかった。
 私は美味しい紅茶を飲みつつ、出てきたシフォンケーキをフォークで口に入れた。

「そうなんです!貴族でありながら、家族仲が良い所も好印象ですっ!」
「そうですね、良好な家族関係は大事です。お家も安定していますし」
「そうですよね!私、彼のような人なら、不安もなく……クレアのお話も聞かせて貰えたらなっと思っています!クレアはどうですか?」

 どうと言われても、反応に困る。確かに良い人で間違いは無いだろう。気遣いもできるし、他人に合わせた考え方もできる。

「良い人だと……思うよ?」
「そうですよね!……その、それはやはり男性としてですかっ?どの程度まで関係を持っていらっしゃいますか?」
「……ん?」

 ……関係?……私とサディアスの関係は、しっかりとした友人関係であっていると思う。クラリス時代にも交流があったと思うが、“クレア”になる以前の私は王子の婚約者だ。妙な関係性であった可能性は低い。

「いや……人として。私は友人だと思ってるし、深い関係は無いよ?強いて言うなら初対面の試合の時に色々あったじゃない?」
「!友人……ですかっ……そうですか、では少し心配ですね……先程も私の頭に触れてきたりして……」
「確かに、彼は女性に好かれそうな人ですから、私もその辺は多少は心配しているんです」

 私の発言に二人は少し、表情を暗くしてお茶を飲む。もしかして、チャラそうだよね、浮気するかもというお話だろうか。

「そうかな……真面目っぽいから、自分から気苦労を増やすような事しない人に見えるけど」
「……なるほど、クレアはサディアスと気軽に接しているので、そういった意見が聞けて参考になりますねっ!ヴィンスはどう思いますか?」

 チェルシーは私の隣でお茶を飲んでいたヴィンスに話を振って、彼はお茶を置いて、少し考えたあと口を開く。

「……あまり、自身の感情に振り回されない、周りをよく把握している方だと思います」

 珍しく自身の意見をしっかりと言ったヴィンスに、私たち三人は少し驚きつつも、ここで過剰反応してはダメだと三人で目を合わせて頷き、続きを聞く体勢をとる。

「冷静で、自らまとめる事、それから従うこと両方に抵抗感が無さそうに見受けられるので、貴族らしい方だと思います」

 貴族社会に身を置いていて、色々な経験をしていたクラリスの従者だったヴィンスが言うのなら、そうなのだろう。ここ最近はヴィンスとサディアスは話をする機会も多かった。彼の意見は参考になる。

 なるほど、とチェルシーは納得して、そしてくすっと笑う。

「けれど少し気の早い話だったでしょうかっ……私ったらつい焦ってしまって」
「そんな事はないですよ。チェルシーがチームで揃いのアタッチをと言った時には、少し驚きましたが、私も少し憧れていたので」
「ええ!私もなんですっサディアスには少し強引に進めてしまったので後悔されていないか不安ですけど……」

 なんだか、少し会話の流れに違和感を感じつつも私は頷く。チームで揃いのアタッチを付けることになにか意味があったりするんだろうか?後でヴィンスに聞いてみよう。

「そんな事ありません、きっと皆で魔法使いになりましょう。ね、クレア」
「う、うん、そうね」

 話を振られて返事を返しておく。そうするとシンシアはふと思いついたかのように、パッと私を見る。

「そういえばクレアは、学園卒業後の目標はあるんですか?」
「目標……か」
「えぇ、お揃いのアタッチを買った仲ですから、ぜひ聞かせてください」

 ……どういう仲なんだろう。まぁ、いいか。

 言われて考えるが、正直、落第しないように頑張った結果が卒業であって目標は無い。多分ローレンスの小間使いになるのだと思うのだが、それにしたって何をやるかも分からない。

「うーん、正直、あんまり先の事は考えられなくて、今に必死というか……なんというか。ヴィンスは何かある?」
「ありません」

 一応聞いてみるが、答えは想像通りだ。

 すると二人とも少し難しい顔をして同意する。

「そうですよねっ!分かります、座学のスピードも早いですし、進級を目指すだけで精一杯というかっ、その先を考えるのは、なんだか烏滸がましいような気もしてしまったりして!」
「ふふ……私なんて、ヘマをして落第する夢を見ます。その日はだいたい緊張してしまって、何もかも上手くいかないような気がしてしまいます」

 当たり前に魔法使いになった先の事を聞かれて、あまり後ろ向きな事を言わない方が良いのかと思ったが、二人にもそういうネガティブな事を思う時があるようで少し安堵した。

「それでも、同じ目標に向かって目指す仲間がいて、こうしてお話をするほど仲が良くなれてっ、私っなんだかすごく嬉しいです!」

 チェルシーの暖かい言葉に、私も同じ気持ちになれる。
 
 ……将来か……。
 私は、私の悔いを晴らすのだと決めた、誰かの都合の良い人間ではなく、自分が決めたなりたいものになる人生が欲しいのだと。

 その場その場では、取り巻く人、クラリスの体、そういうものに勇気を貰って今はそれを実行できている。じゃあその先の未来は?私は、何を目指して、この世界でどんな人生を歩んでいきたいんだろうか。

 
 しばらくお茶をして、お店の外に出ると、もう既に夕方で、眩しい夕焼けの太陽が、私たちをてらして長く影を落とす。

 舗装された道路に伸びる影。それは、前世の私のシルエットとは違う。髪が長くて、体が華奢で、まだうら若き少女のシルエットだ。
 ヴィンスが隣に並び、チェルシーとシンシアは、話をしながら少し後ろについた。

 皆で寮に向かって歩く。同じ場所へ帰って、また同じ目標のために頑張る。学校と言う場所は、前世の自分にとっては、あまり重要な場所ではなかったが、今世では少なくとも、きっと思い出深い場所になるんだろうなと、学園街を眺めながらそう思った。



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