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倫理観……。5
しおりを挟むあっという間に時間は過ぎ去り、もう昼休みだ。
私が制服のジャケットを着ていると、カギを返しに行ってくれたララが、戻ってくる。割と険悪になることもなく、私達は授業の時間を過ごせたと思う。
でも、考えてみれば、当たり前のことなのだ。私はララのことをよく知っている。どんな場所出身で、何が好きで嫌いか、どんな性格なのか。
『ララの魔法書!』は割と長編で、ララの成長や恋を子供向けの優しい言葉で書かれていて、それでいて表現はすごく細やかだった。
男主人公のローレンスの事が受け入れられなかっただけで、私はララのことは好いている。
「クレア!急に声をかけてしまってごめん……」
ララは私のことをぎゅっと抱きしめた。家族が多くて幸せな家庭で育った彼女は、スキンシップが多めである。
「…………また、今度相手をしてね」
「うん」
きっと彼女は、別のことを言いたかったんだと思う。けれど、私が最初に言った、周りの目が気になるという事を加味して、今度という曖昧な事を言う。後ろにはやはりまだ、こちらの話を盗み聞きしているであろうグループがいて、それにララも気が付いていたのか一瞬、流し目で彼らの事を確認したけれど、珍しくララは言い掛かりをつけるでもなく、私に手を降ってわかれる。
……そう……その人たちに何かを言っても意味は無い。
原作が終わってから、この学校に来るまでの間もララは成長しているという事だと思う。
……原作だったら……。
「あなた達は私に、何か用があるのよね?」
「っ、あ、いいえ」
「特には……ありませんが」
あっ、違ったらしい、成長はしていない。
ララは好戦的なローズピンクの瞳で、後ろにいた四人を睨みつける。愛らしいピンクの瞳が暗く影って威圧的な雰囲気を生み出す。
私と距離を置いたあとの言い掛かりだったので、ギリギリ私とは関係が無いように見えたのか、何も気にせず歩いて離れていけば集まり始めた野次馬の中に混ざることが出来る。
「彼ら、なにかララの気に触ることしたの?」
「さぁ?し、知らないかなぁ?」
「へぇ……ねぇ、クレア、君ララへはどういう感情があるわけ?」
「感情……ってディック!」
ディックは出来るだけ遠くに逃げようとする私の腕を掴み、話しながら群がる人と人の間を縫ってすすみララ達のやり取りを見る。
「いいでしょ、少しぐらいは見てても。何か面白いことが無いかなって思ってたんだよね~」
「……面白いって、この学園の生徒って皆、揉め事が好きなの?」
「そうさ!魔法使いは世界の均衡を保つ者、でも皆それぞれ立場がある。弱腰じゃ自分の主張は通せない。そんな中でわがままを通すのなら、闘争心とそれから鍛錬が必要……でしょ」
「それと、私的に揉めるって別の問題じゃない?」
「別じゃない……何事も実践が一番だ、それはクレアもわかるでしょ~」
それは、クレア……というか“私”は分からない。クラリスなら、同意したのかもしれない。彼女は強い人だから。
私はしかたなくその場に留まり、ララ達の方を見る。
「嫌だなぁ、本当にコソコソと、私貴族って大っ嫌い!」
ララは苛立たしげに吐き捨てた。
その発言は多くの人間を敵に回すが、誰も野次を飛ばさない。アウガスの学校時代から、ララは不特定多数の人間が、自分の責任を放棄して言う野次や悪口を良しとしない。
潔癖というか、簡単に言えば短気で執念深い。
あからさまに、貴族らしく装飾過多であり整髪料でぴっしり髪を決めている男子生徒が、グッと拳を握る。
「誰でもいいわよ、一ゲームやりましょう?不満があるなら実力で示すまでよ。それともなに、貴方達、それほど特権階級気取っておいて、平民の私の相手をするのすら怖いの?」
テンプレートな煽り文句を口にしつつ、ララは私とゲームをしていた円の中に入る。
四人の中でも一番偉そうな人物が、うち一人にカギを持ってくるように指示をして、受け取り、ララに渡す。
「我々は何も……ララ、君に害意など……持っていません」
「御託はいいのよ。魔法ありでいいわね」
「ですから……」
彼は、自分では敵わない事がわかっていつつも、断る事が自分の名誉に差し障ると理解してリングに入る。
そして、魔法玉を起動しながらも、弁明を続ける。
「……ララ、君は我がアウガスの希望だ、そのような事、国を背負う我々が考えるはずが無いだろ」
「知らないわ、そんな事どうでもいい。さぁやりましょう」
男子生徒は、今にでも始まってしまいそうな“カギ取り”を必死に避けるためにキョロキョロと辺りを見てそれから、少し切羽詰まった笑みを浮かべる。
「言うまいと思ったのですが、そこの平民、ソレが貴方に危害を加えるのではないかと……我々は気が気では無かったんだ」
「……」
「入学から問題ばかりのソレはまだ一度も魔法を公で使っていない、ララ、彼女が何かを隠しているのではと我々は不安で」
いっせいに私に視線が集まる。
一応、ローレンスも少し離れた場所から見ているが、庇ってくれるということは無いだろう。
言葉を鵜呑みにしている訳では無いのだろうが、疑念のこもった視線が私を貫き、やはり教室に帰っておくべきだったと後悔しつつ考えた。
……彼らはもしかしてサディアスみたいに……私の事、クラリスだと確証がもてていない?だからこんな事を?それとも、苦し紛れに言うしか無かったの?
どちらとも取れるし、どちらだとしていても私が今ここで、衆目に晒されているという事は確かだ。
「……、っ」
……何か、何か言わなきゃ。
確かに、私は魔法を使えていない、でもそれの原因の説明はクラスの人しか出来ていないし、なんならクラスの人間にも認めてもらえているかすらさだかかでは無い。
「答えろ!……平民風情が、時間を取らせるな!」
大きな声で言われて、体が震えた。私は誰かの怒気がいつだって怖いし、なんなら光る瞳が私を見ているということが恐ろしい。
……怪我をしたくない……痛いおもいは……。
巡らせる思考の中で、チームメイトの言葉が頭をよぎる。
……そうだっ。
バッとディックの腕を振り払って走り出した。鞄を取りに行く事なんか忘れて、できる限りの速度で走る、呼吸が上がっても、私は脱兎の如くその場から逃げ出した。
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