上 下
18 / 305

腹黒男め……。10

しおりを挟む




 悲しいというか……虚しいというか。

「クレア様!!」

 ヴィンスが、私に気がついたようで、私を呼びながら駆けてくる。その、なんとも愛らしい姿に、避けられた傷心はすぐに塞がり、彼がいてよかったー!!私だけのものでいて!と先程と真反対の事を考える。

「クレア様!あの乱暴者に、なにかされませんでしたか?何も出来ず申し訳ありません」
「大丈夫だよ、心配しないで」
「ですが」
「あ、そうだ」

 彼の問いかけを聞いて私は、ある事を思い出した。

「ヴィンス、私達、兄弟に見えてるんだって」
「そんな、恐れ多こと有り得ませんが?」

 不可解という表情で否定されて、私も同感だ。けれどそういう状態なのだから仕方がない。

「ほら、家名が同じでしょ?ややこしい家庭の妙な兄弟に、見えるみたいなんだよ」
「……左様ですか」
「だからさ、敬称、他人がいる前だけでも控えられる?」

 私に言われて、ヴィンスは眉間に皺を寄せた。どうやら、私を呼び捨てにすることに忌避感があるようで、口を開いて読んで見せようとしてくれるが、すぐに口を噤む。それから、一度間をおいて再度口を開く。

「私は、クレア様の下僕です」

 ……??

 何がどうなって、その発言がでてきた。

 私たちは避けられていつつも、声が聞こえる範囲に人はいるのだ。

「黙れと言われれば、声など出しませんし、鳴けと言われれば鳴き、笑えと言われれば必ずお応えします」
「……ヴィ、ヴィンス?」
「ですが、だからこそ、立場が曖昧になる様なことは、あってはならないんです。私に敬称を外せと言うのなら、貴方様はもっと私を貶めてください…………人前で出来ないのでしたら……せめて、せめて寮では貴方様の下僕でいさせてください」

 力説されて唖然とする。
 ヴィンスの心底悲しげな、涙を貯めたその表情に、私の中にあるはずのないサディスティックな感情がドキンと音を鳴らしたような鳴らさないような。
 
 まぁ、そんな冗談はさておき、周りはそんな冗談ととらえられないようなヴィンスの表情にザワザワを色めき立ち話に花を咲かせる。主に女性陣が。

 分かるよ、ヴィンスは可愛い。そして少年らしさもあり、薄幸そうな感じも持ち合わせていて……うん。

「うん、寮でね、部屋だけでね」

 早々に彼の考えを否定するのを諦めて、ヴィンスの言葉に同意した。寮に戻ったら偉そうにしよう、そしてひたすらヴィンスに雑務を押し付けよう。

 なにが彼をそこまでさせるのかまったく持って分からないが、それを引き換えに要求されてしまっては、仕方がない。

「はいっ!嬉しいです……ク、クレアさま!」
「敬称」
「くれあ……さま」

 頑固だな、風呂場の汚れなみだ。

「……クレア」
「うん」
 
 しょんぼりとしながら、少し顔を赤くして私を呼ぶ。周りの喧騒がさらに大きくなった気がした。

 オスカーに言われた遅刻女、それともう一つ、私に不名誉なあだ名がついたんじゃないだろうかと思う。

「……。……、、……」

 そんな中、メガホンを持ったなんだか暗い雰囲気をまとっている先生が前に立つ。私たち生徒は話をするのをやめて、先生の方へと向き直る。けれど、何を話しているのかメガホンを通してもまったく聞こえてこない。

「……、…。……」

 生徒全員が、ん?と、首をかしげて、耳を傾けるが、やはりここまで声はと届かない。前の方にいる人達は聞こえているんだろうか。

 そのひょろひょろとした黒髪の若い男性の教師の話は何も聞こえないまま、終わったらしく、今度は体格のいい先生がバトンタッチで出てくる。

 前にいる教師陣は全部で、五人だ。
 女性の教師もいるようでなんだか安心した。

「えー!エリアル先生から、注意があった通りだ!!次に俺、バイロンから個人戦のルールを説明する!!よく聞け!!」

 こちらのバイロン先生は教師らしく、声がよく通りちゃんと聞こえる。しかし野外ということ、一学年全員が集まっていることを加味しても、大きすぎるぐらいの声量だ。

 今朝のオスカーよりも声が大きいな。そんな風に思いながら説明を聞く。

 説明されたルールは、一本勝負、ランダム個人戦闘、魔法武器使用可という簡潔なものだった。
 魔法武器というのは、ローレンスが使っていたような、自分の魔力によって生成された武器の総称だ。
 もちろんその魔法は特殊で、魔法玉にその性質が無いと、もとより使う事が出来ない。

 試合は『ララの魔法書!』の知識も十分に使って対戦を見ていこうと思う。原作は昔に読んだ本なので、忘れていることもある。魔法戦闘についてしっかりと学ばなければ。

「それでは!俺がくじを引く!!呼ばれた二人はこちらへ、それ以外は各々、戦闘見学でも親睦会の情報集めでも有意義に過ごせ!!」

 バイロン先生は教師陣の並んでいる場所へと一旦さがり、エリアル先生がいつの間にか持っているくじ引きの箱に躊躇なく手を突っ込み紙を二枚取りだして、生徒の名前を読み上げる。

 呼ばれた女子生徒と男子生徒は前へと移動して、私たちは教師の誘導によって移動させられる。
 対戦する二人は、地面についているコートであることを表す、白線の内側に入る。

 それから、立ち位置の目印である、細い白線の上にお互い向かい合って立つ。彼らの互いへの距離は、五メートルほど。コートはバレーボールコートぐらいは大きさがあって、コートの大きさからみると、開始位置は近すぎるぐらいに感じる。

 最初の試合なので私とヴィンスは、最前列で後ろの人が見やすいようにしゃがんで鑑賞する。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処理中です...