上 下
25 / 30

25

しおりを挟む




 はっとソファの上で目を覚ます。そのとたんに、今まで見てきた記録に思った色々な気持ちがシャロンの中を駆け巡った。

 愛情を持ってしまったが故の苦しみも、ユーリがシャロンに指輪を渡した時の気持ちも、堪らなくなって、鼻の奥がつんとする。

 しかし、一番大きい感情は安堵だった。エディーの部屋にあったドレッサーのセシリーの最後の記録。あれを重ね合わせて考えると、セシリーはエディーの事を守る選択肢をしたし、間違いなく愛していた。

 フレドリックの提案した三人でどこか遠くにという話は、とてもじゃないが現実的じゃない。現実で来たとしても、そこにはまだ幼いエディーの生活の違いへの戸惑いだとか、体の適応が追いつかない場合もある。

 だからと言ってこのままというわけにもいかずに、フレドリックに愛情を抱かれたままこの場所にいることは、フレドリックの方が出来ない。何かが起こってしまう前に、誰かが傷つく前に、セシリーは姿を消した。

 それは、フレドリックのせいともいえるし、大方そう捕らえられる事実だろう。

 フレドリックがそれからエディーをどんな風に扱ったか分からないし、決してエディーに殺されるべきだったとは思わない。しかし、幼子から母を奪う結果になったというのは事実だ。

 ……それに、良かった……やっぱりエディーはちゃんと愛されていたんだね。

 置いて行かれたエディーはとても苦労しただろう。しかし、少なくとも大人同士の愛憎を含んだいざこざに巻き込まれるという事にはならなかった。

 セシリーがいなくなってはフレドリックだって、立場を放棄する理由もない。

 息子の元を去るのはとても苦しかっただろう。あの日のシャロンとはまた違ったやるせなさがあったかもしれない。それでも彼女は、やり遂げた。そしてその事実はエディーの元へときちんと帰ってきた。

 同じ奇跡がユーリに起こるかわからない。それでも……。

 シャロンは決意を決めて立ち上がった。

 ……それでも、私もできる限り、愛したい。傷つけてしまうかもしれなくても、今のユーリと向き合いたい。

 それができる気がした。窓の外を見ると外には王宮の馬車が止まっている。会ってほしいともいわれているので問題ないだろう。

 軽い足取りでシャロンはクッキーを包装して、さらにそれを可愛い柄のスカーフでくるんでバスケットに入れた。

 これならバスケットの方を手放さなくなることは無いだろう。

 話を終えたエディーとカインが迎えに来るまでシャロンの部屋で遊んでいればいい。それから、カインとユーリとお別れしてエディーに記憶を見せる。

 ……そんな予定で行こう!

 いいことが分かった時はポジティブに考えようとしなくても、気軽に考えられる。エントランスホールに向かって使用人に扉を開けてもらい、シャロンは外に出た。

 よく考えてみると彼女を自分の部屋に呼ぶのならクッキーを持ってこなくても良かった気がしたがそんなことも気にせずにクロフォード公爵邸を出る。
 
 がたがたと馬車が通り過ぎていく音を聞きながら、シャロンは中からずっとクロフォード公爵邸の入口を見ていたユーリと目が合っていた。

 本当に一目だけでも、会いたいと思っていたことがわかって寂しい思いをさせてしまった事をまずは謝って、それから何を話そうかと考えた。すると不意に視界の端に、なんの家の紋章も掲げていない馬車が止まる。

 ボロボロの馬車で、急に止まって急に扉が開いて、使用人だと思われる人たちが出てきた。

 ……何だろう。卸業者なら裏手につけるだろうし。

 考えつつもあまり品のない使用人たちが、シャロンめがけて走ってきていることがわかる。

 咄嗟に逃げなければと思う。しかし、目の前の馬車の中にはユーリがいる。もしかして新しくこちらの世界に来た聖女をよく思っていない人間たちの襲撃かもしれない。

「隠れてッ!!」

 咄嗟にユーリに言った。しかし、彼女も驚いた様子でシャロンの瞳の先を見る。

 その時には、シャロンはぶつかられるようにして体を持ち上げられた。

「っが」

 腹に肩が食いこんで、バスケットを落とし、息を吐く。体をばたつかせてもおろされることはなく、そのまま引き返してすぐに、出てきた馬車へ連れ込まれる。

「シャロン姉さまっ!!」

 子供の甲高い声がしてユーリがシャロンの危機にこちらに向かっているとわかる。

「こ、こないでっ!!」

 意味も分からず、馬車の中に放り込まれつつも、彼女の安全を考えて拒絶するような言葉を発した。

 外に出ようとしても、扉を閉められて、馬車の扉につかみかかろうと手を伸ばすと背後から背中をけ飛ばされて、その場に崩れ落ちる。

「ぅっ、っ?」

 痛む背中を抑えながら、恐る恐る振り返ると、そこには見慣れた女性がいた。美しい豪奢な金髪は薄汚れていて、短く切られ、縛ることもできない様子だった。

「……ステイシー姉様」

 何故ここに、どうして自分を、様々思うことはある。しかしバシンと平手が振り下ろされて、思考が飛んでいく。

「っ、いっ」
「やっと捕まえたわ。やっと、やっとよ!! ここまで何度も来るのに苦労したけどやっと捕まえた!!」
「やめっ、いっ」

 何度も叩かれてシャロンは小さく蹲った。そうすると頬をけられて、視界に星が飛び散る。

「お前ね、ずっとずっとあたしが飼ってやっていたのに、急に嫁にいくなんてどういう了見よ!! お前の金はわたしたちの金でしょう! バッカじゃないの逃げられるわけない。奴隷よ奴隷!!」
「うっ、ぶっ、ぐぅ」
「惨めだった惨めだった惨めだった!!! あんたのせいよ全部、償ってもらうわ、さあ家に帰りましょ、この愚図女」

 警戒はしていた。今までずっと、こういう事は起こりえるとわかっていたし、金銭に関してはどこまでもがめつい人間だ。きっとステイシー本人もそうだが、一番の邪悪は父と母だ。

 ステイシーにも髪を売らせたのだろう。可哀想だとは思わない。

 ……むしろ、ざまあみろって。

「なんですって!! 誰のせいでこんなことになったと思ってるのよ!!しね、しねしね、稼げるだけ稼いで死になさないよ!!」

 シャロンの考えた言葉に、すぐに反応が返ってきて、ぼこぼこと蹴られる懐かしい感覚に、から笑いが漏れる。

「ちょっと早く出しなさい、こいつを連れ帰ってまた慰謝料貰ってやるんだから!! 王族でもなんでもだまして取り返してやる!! 私に惨めな思いをさせたんだから殺してやるわ!!」

 憤慨しながらも、ステイシーは御者に合図を送った。しかし出発する気配はない。

 それどころか辺りは静かで、馬車が走っている気配はない。シャロンを攫うなんて計画を立てたのだ。罪に問われないように早くこの場を立ち去るべきだろう。

 しかし、ドンっと大きな音がいくつかする。やはりそれは、馬車を動かす掛け声でもなんでもない。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

婚約者である王子の近くには何やら不自然なほどに親しい元侍女の女性がいるのですが……? ~幸せになれるなんて思わないことです~

四季
恋愛
婚約者である王子の近くには何やら不自然なほどに親しい元侍女の女性がいるのですが……?

何度時間を戻しても婚約破棄を言い渡す婚約者の愛を諦めて最後に時間を戻したら、何故か溺愛されました

海咲雪
恋愛
「ロイド様、今回も愛しては下さらないのですね」 「聖女」と呼ばれている私の妹リアーナ・フィオールの能力は、「モノの時間を戻せる」というもの。 姉の私ティアナ・フィオールには、何の能力もない・・・そう皆に思われている。 しかし、実際は違う。 私の能力は、「自身の記憶を保持したまま、世界の時間を戻せる」。 つまり、過去にのみタイムリープ出来るのだ。 その能力を振り絞って、最後に10年前に戻った。 今度は婚約者の愛を求めずに、自分自身の幸せを掴むために。 「ティアナ、何度も言うが私は君の妹には興味がない。私が興味があるのは、君だけだ」 「ティアナ、いつまでも愛しているよ」 「君は私の秘密など知らなくていい」 何故、急に私を愛するのですか? 【登場人物】 ティアナ・フィオール・・・フィオール公爵家の長女。リアーナの姉。「自身の記憶を保持したまま、世界の時間を戻せる」能力を持つが六回目のタイムリープで全ての力を使い切る。 ロイド・エルホルム・・・ヴィルナード国の第一王子。能力は「---------------」。 リアーナ・フィオール・・・フィオール公爵家の次女。ティアナの妹。「モノの時間を戻せる」能力を持つが力が弱く、数時間程しか戻せない。 ヴィーク・アルレイド・・・アルレイド公爵家の長男。ティアナに自身の能力を明かす。しかし、実の能力は・・・?

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

メイドの方が可愛くて婚約破棄?

岡暁舟
恋愛
メイドの方が好きなんて、許さない!令嬢は怒った。

私を陥れたつもりのようですが、責任を取らされるのは上司である聖女様ですよ。本当に大丈夫なんですか?

木山楽斗
恋愛
平民であるため、類稀なる魔法の才を持つアルエリアは聖女になれなかった。 しかしその実力は多くの者達に伝わっており、聖女の部下となってからも一目置かれていた。 その事実は、聖女に選ばれた伯爵令嬢エムリーナにとって気に入らないものだった。 彼女は、アルエリアを排除する計画を立てた。王都を守る結界をアルエリアが崩壊させるように仕向けたのだ。 だが、エムリーナは理解していなかった。 部下であるアルエリアの失敗の責任を取るのは、自分自身であるということを。 ある時、アルエリアはエムリーナにそれを指摘した。 それに彼女は、ただただ狼狽えるのだった。 さらにエムリーナの計画は、第二王子ゼルフォンに見抜かれていた。 こうして彼女の歪んだ計画は、打ち砕かれたのである。

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?

海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。 「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。 「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。 「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。

記憶と魔力を婚約者に奪われた「ないない尽くしの聖女」は、ワケあり王子様のお気に入り~王族とは知らずにそばにいた彼から なぜか溺愛されています

瑞貴◆後悔してる/手違いの妻2巻発売!
恋愛
【第一部完結】  婚約者を邪険に思う王太子が、婚約者の功績も知らずに婚約破棄を告げ、記憶も魔力も全て奪って捨て去って――。  ハイスぺのワケあり王子が、何も知らずに片想いの相手を拾ってきたのに、彼女の正体に気づかずに――。 ▲以上、短いあらすじです。以下、長いあらすじ▼  膨大な魔力と光魔法の加護を持つルダイラ王国の公爵家令嬢ジュディット。彼女には、婚約者であるフィリベールと妹のリナがいる。  妹のリナが王太子と父親を唆し、ジュディットは王太子から婚約破棄を告げられた。  しかし、王太子の婚約は、陛下がまとめた縁談である。  ジュディットをそのまま捨てるだけでは都合が悪い。そこで、王族だけに受け継がれる闇魔法でジュディットの記憶と魔力を封印し、捨てることを思いつく――。  山道に捨てられ、自分に関する記憶も、魔力も、お金も、荷物も持たない、【ないない尽くしのジュディット】が出会ったのは、【ワケありな事情を抱えるアンドレ】だ。  ジュディットは持っていたハンカチの刺繍を元に『ジュディ』と名乗りアンドレと新たな生活を始める。  一方のアンドレは、ジュディのことを自分を害する暗殺者だと信じ込み、彼女に冷たい態度を取ってしまう。  だが、何故か最後まで冷たく仕切れない。  ジュディは送り込まれた刺客だと理解したうえでも彼女に惹かれ、不器用なアプローチをかける。  そんなジュディとアンドレの関係に少しづつ変化が見えてきた矢先。  全てを奪ってから捨てた元婚約者の功績に気づき、焦る王太子がジュディットを連れ戻そうと押しかけてきて――。  ワケあり王子が、叶わない恋と諦めていた【幻の聖女】その正体は、まさかのジュディだったのだ!  ジュディは自分を害する刺客ではないと気づいたアンフレッド殿下の溺愛が止まらない――。 「王太子殿下との婚約が白紙になって目の前に現れたんですから……縛り付けてでも僕のものにして逃がしませんよ」  嫉妬心剥き出しの、逆シンデレラストーリー開幕! 本作は、小説家になろう様とカクヨム様にて先行投稿を行っています。

処理中です...