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しおりを挟むはっとソファの上で目を覚ます。そのとたんに、今まで見てきた記録に思った色々な気持ちがシャロンの中を駆け巡った。
愛情を持ってしまったが故の苦しみも、ユーリがシャロンに指輪を渡した時の気持ちも、堪らなくなって、鼻の奥がつんとする。
しかし、一番大きい感情は安堵だった。エディーの部屋にあったドレッサーのセシリーの最後の記録。あれを重ね合わせて考えると、セシリーはエディーの事を守る選択肢をしたし、間違いなく愛していた。
フレドリックの提案した三人でどこか遠くにという話は、とてもじゃないが現実的じゃない。現実で来たとしても、そこにはまだ幼いエディーの生活の違いへの戸惑いだとか、体の適応が追いつかない場合もある。
だからと言ってこのままというわけにもいかずに、フレドリックに愛情を抱かれたままこの場所にいることは、フレドリックの方が出来ない。何かが起こってしまう前に、誰かが傷つく前に、セシリーは姿を消した。
それは、フレドリックのせいともいえるし、大方そう捕らえられる事実だろう。
フレドリックがそれからエディーをどんな風に扱ったか分からないし、決してエディーに殺されるべきだったとは思わない。しかし、幼子から母を奪う結果になったというのは事実だ。
……それに、良かった……やっぱりエディーはちゃんと愛されていたんだね。
置いて行かれたエディーはとても苦労しただろう。しかし、少なくとも大人同士の愛憎を含んだいざこざに巻き込まれるという事にはならなかった。
セシリーがいなくなってはフレドリックだって、立場を放棄する理由もない。
息子の元を去るのはとても苦しかっただろう。あの日のシャロンとはまた違ったやるせなさがあったかもしれない。それでも彼女は、やり遂げた。そしてその事実はエディーの元へときちんと帰ってきた。
同じ奇跡がユーリに起こるかわからない。それでも……。
シャロンは決意を決めて立ち上がった。
……それでも、私もできる限り、愛したい。傷つけてしまうかもしれなくても、今のユーリと向き合いたい。
それができる気がした。窓の外を見ると外には王宮の馬車が止まっている。会ってほしいともいわれているので問題ないだろう。
軽い足取りでシャロンはクッキーを包装して、さらにそれを可愛い柄のスカーフでくるんでバスケットに入れた。
これならバスケットの方を手放さなくなることは無いだろう。
話を終えたエディーとカインが迎えに来るまでシャロンの部屋で遊んでいればいい。それから、カインとユーリとお別れしてエディーに記憶を見せる。
……そんな予定で行こう!
いいことが分かった時はポジティブに考えようとしなくても、気軽に考えられる。エントランスホールに向かって使用人に扉を開けてもらい、シャロンは外に出た。
よく考えてみると彼女を自分の部屋に呼ぶのならクッキーを持ってこなくても良かった気がしたがそんなことも気にせずにクロフォード公爵邸を出る。
がたがたと馬車が通り過ぎていく音を聞きながら、シャロンは中からずっとクロフォード公爵邸の入口を見ていたユーリと目が合っていた。
本当に一目だけでも、会いたいと思っていたことがわかって寂しい思いをさせてしまった事をまずは謝って、それから何を話そうかと考えた。すると不意に視界の端に、なんの家の紋章も掲げていない馬車が止まる。
ボロボロの馬車で、急に止まって急に扉が開いて、使用人だと思われる人たちが出てきた。
……何だろう。卸業者なら裏手につけるだろうし。
考えつつもあまり品のない使用人たちが、シャロンめがけて走ってきていることがわかる。
咄嗟に逃げなければと思う。しかし、目の前の馬車の中にはユーリがいる。もしかして新しくこちらの世界に来た聖女をよく思っていない人間たちの襲撃かもしれない。
「隠れてッ!!」
咄嗟にユーリに言った。しかし、彼女も驚いた様子でシャロンの瞳の先を見る。
その時には、シャロンはぶつかられるようにして体を持ち上げられた。
「っが」
腹に肩が食いこんで、バスケットを落とし、息を吐く。体をばたつかせてもおろされることはなく、そのまま引き返してすぐに、出てきた馬車へ連れ込まれる。
「シャロン姉さまっ!!」
子供の甲高い声がしてユーリがシャロンの危機にこちらに向かっているとわかる。
「こ、こないでっ!!」
意味も分からず、馬車の中に放り込まれつつも、彼女の安全を考えて拒絶するような言葉を発した。
外に出ようとしても、扉を閉められて、馬車の扉につかみかかろうと手を伸ばすと背後から背中をけ飛ばされて、その場に崩れ落ちる。
「ぅっ、っ?」
痛む背中を抑えながら、恐る恐る振り返ると、そこには見慣れた女性がいた。美しい豪奢な金髪は薄汚れていて、短く切られ、縛ることもできない様子だった。
「……ステイシー姉様」
何故ここに、どうして自分を、様々思うことはある。しかしバシンと平手が振り下ろされて、思考が飛んでいく。
「っ、いっ」
「やっと捕まえたわ。やっと、やっとよ!! ここまで何度も来るのに苦労したけどやっと捕まえた!!」
「やめっ、いっ」
何度も叩かれてシャロンは小さく蹲った。そうすると頬をけられて、視界に星が飛び散る。
「お前ね、ずっとずっとあたしが飼ってやっていたのに、急に嫁にいくなんてどういう了見よ!! お前の金はわたしたちの金でしょう! バッカじゃないの逃げられるわけない。奴隷よ奴隷!!」
「うっ、ぶっ、ぐぅ」
「惨めだった惨めだった惨めだった!!! あんたのせいよ全部、償ってもらうわ、さあ家に帰りましょ、この愚図女」
警戒はしていた。今までずっと、こういう事は起こりえるとわかっていたし、金銭に関してはどこまでもがめつい人間だ。きっとステイシー本人もそうだが、一番の邪悪は父と母だ。
ステイシーにも髪を売らせたのだろう。可哀想だとは思わない。
……むしろ、ざまあみろって。
「なんですって!! 誰のせいでこんなことになったと思ってるのよ!!しね、しねしね、稼げるだけ稼いで死になさないよ!!」
シャロンの考えた言葉に、すぐに反応が返ってきて、ぼこぼこと蹴られる懐かしい感覚に、から笑いが漏れる。
「ちょっと早く出しなさい、こいつを連れ帰ってまた慰謝料貰ってやるんだから!! 王族でもなんでもだまして取り返してやる!! 私に惨めな思いをさせたんだから殺してやるわ!!」
憤慨しながらも、ステイシーは御者に合図を送った。しかし出発する気配はない。
それどころか辺りは静かで、馬車が走っている気配はない。シャロンを攫うなんて計画を立てたのだ。罪に問われないように早くこの場を立ち去るべきだろう。
しかし、ドンっと大きな音がいくつかする。やはりそれは、馬車を動かす掛け声でもなんでもない。
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