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 また一つ記憶をさかのぼる。するとそこには死に際しか見たことのない、フレドリックがいて、彼は、まだ王宮に住んでいたころのカインにふらりと会いに来た。

 カインの方もまだ随分と若い少年らしい彼の姿にシャロンは懐かしく思いながらも彼らの話を聞く。

 深刻そうな顔をして、フレドリックは向かいに座るカインにリングケースを差し出した。

「カイン様、これをもらってくれないだろうか」
「……なんだこれは。私は其方にアクセサリーを渡されるような女性じゃないぞ」

 とりあえず中を開いてカインはそういった。それは間違いなくシャロンの今手にしている指輪であり、元はフレドリックのものだったのだということが分かった。

「そのぐらいはわかってる。というか、大切な女性に渡そうと思っていたものなんだかが断られてしまったんだ」
「あ、そうか。あれだろう其方が少し前から手紙で言っていた、養子入りした先の綺麗な女性というやつだろ」

 他人の恋模様にカインは少し楽しそうに藍色の髪を揺らして言う。しかし、当のフレドリックはまったく楽しそうではなかった。

「だが何度でもアプローチすればいいではないか。年上の女性なのだよな。それならば健気なところもきっと好意的に受け入れてくれる」

 フレドリックの事を友人と言っていただけあって、カインは彼の事を励まそうとする。シャロンももしかするとクロフォード公爵家にいる使用人にでも惚れてしまったのかもしれないと考えた。

 だから身分違いの恋に相手が委縮してしまって、なんて話かもしれないと思う。だからこそカインの言い分を支持したかった。しかし、フレドリックは恋に浮かれるどころか、ものすごく暗い雰囲気をしていて答える。

「そうもいかない相手なんだ。……すでに、俺が強引に好意を伝えてしまったせいで……彼女は……セシリー様は……」
「セシリー? なんだどういう事なんだ?」
「君にだけどうか罪を告白させてくれ、俺が何をしてしまったのか。でもただ、俺は……本当の家族になりたかっただけなんだ」

 それから語られたのは、あってはならない、しかし、ありえてしまった話だ。
 
 シャロンはさらにこの指輪が作られた一番最初の意味へとたどり着いた。魔力の消費も激しい、もう少し見るのが限界だろう。

 ……これで最後なのかな。

 そう思いながら見つめる。あまり乗り気ではないセシリーを連れてフレドリックは、街で買い物をしていた。お忍びというやつで、それはフレドリックの方を見ればデートの真似事に見える。

 しかしセシリーの顔を見ると明らかに要所要所に彼に対する距離を置きたいという気持ちが垣間見えていた。

 会話をする中でも、エディーの元へと早く帰りたいというようなことを口にしていて、そのたびにフレドリックは、今は忘れてほしいと言ったのだった。

 彼が養子にきてセシリーもいる時代となると、四六時中親が必要という事でもないだろう。しかし、それでも早く帰りたいと望むのはセシリーの息子……夫との子供との時間を大切にしたいからという気持ちがあるのかもしれない。

 しばらくだましだましそうして買い物を続けて、フレドリックは景色の良い展望台の上で、彼女にリングケースを差し出した。

「きっと幸せにする。だから、これを受け取ってほしい。エディーの事も連れて、三人で新天地に向かおう。公爵の地位なんてなくてもエディーには稀有な魔法も備わっているし、何とかなる。いや、何とかする、セシリー様」
「……」
「だからお願い、俺を受け入れてほしい。……愛してるんだ、心底貴方を美しいと思う。一児の母なのだとしてもそれ以上に、女性として美しいと思う」

 フレドリックは真剣だった。彼は養子に取られた身。しかし、あまりにも養母との年齢が近すぎた。

 そしてそれは偶然ではない。エディーの父親が亡くなった時点では、セシリーは嫁には行った身で爵位は継げない。エディーも未成年。爵位の返還は免れない。

 だからこそ、セシリーは息子との生活を守るために苦肉の策を打ったのだ。成人済みの男児を養子に入れて、エディーが青年するまでの間の中継ぎにした。

 しかし、誤算だったのは、フレドリックの恋心だ。

「貴方の為を思ってこの指輪を用意したんだ。どうか受け取ってほしい」

 同じ場所で生活するにはセシリーは若々しく美しすぎた。たしかにシャロンから見てもとてもきれいな人だ。優しそうに見える。しかしそれと同時にエディーに接していたあの姿を知っているからか、彼女をとても母性溢れる人だと思う。

 母親という立場になったことで、フレドリックのようなエディーの父親以外の男性を望むような人柄には見えない。

「……」

 エディーとその父と過ごした時間の詰まったクロフォード公爵邸で過ごすために、死後すぐに養子を探して直談判して手続きをするようなことをしたはずだ。

 愛した人の死に打ちひしがれている暇もなかったと思う。しかしとにかくそこまでする人なのだ。

「フレドリック……私はどうあってもエディーの母親という立場以外になる気はないの」
「そんな、だってあなたはまだこんなに若く美しいのに、どうしてエディーにこだわるんだ、いくらでもやり直せる」
「……そういう話では無いのよ」

 しかし、フレドリックもそのセシリーの大切な物への気持ちに理解を示さない。彼もまた若すぎた。それにフレドリックからすればエディーは邪魔そのもでしかないだろう。

 それでも、彼を連れて三人で幸せになろうと口にしている。きっとそこは考え抜いたうえでの譲歩だ。本当は捨て置いてほしいと思っているのは彼のエディーへの言葉で理解ができる。

「っ、だが、このままエディーが成人するまでこうしてひたすら焦がれるだけの人生を送ることなど出来ない、こんなに愛おしく思うんだ!どうか形だけでも受け入れてくれないか、セシリー様」

 さらには形だけでもとまで口にする。フレドリックが一方的に悪いともシャロンは思えない。それだけ、セシリーは美しいし、エディーに向かう愛情が自分に向いたらと願う気持ちも同調は出来ないが理解はできる。

 エディーに似てとてもとっつきやすそうというか、雰囲気が柔らかな人だ。一緒にいるだけで苦しい気持ちになるような焦がれるほどの恋をしたことは無かったけれど、彼がとても悩んだ末の告白を誰が罪だと言えただろう。

 今のクロフォード公爵の立場を利用して、セシリーに迫ることだって出来ない事もない。それでも純粋に受け入れてほしいと願うのは幼稚かもしれなくても、真剣に思える。

 それをセシリーもわかっていただろう。彼女は難しい顔をして逡巡してそれから、きっぱりと口にした。

「……私はフレドリックの気持ちを受け入れる日は今後一切ない。絶対に」

 そういっても、フレドリックは食い下がって、このままでは居られないと訴えた。その後に、セシリーは失踪したのだった。



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