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 魔法をといて、顔をあげて割れた石の指輪を見る。

 透きとおった青い石にひびが入っていて、あの日の彼女への仕打ちをわすれさせてくれない。そしてもうシャロンは新しく思い出を作ることもできない。

 苦い気持ちでぼんやりとする頭を抑えた。普段よりも長いこと記録を見ていたのだと思う。けれども決して、エディーが帰ってくる時間になってしまったというわけでもないし、それに、時間にしてはほんの十分程度だろう。

 普段よりは長くとも、シャロンの魔力はそれほど多くはない。必然的に大昔までは辿れないのだ。

「……」

 ……それにしてもなんだか色々知ってしまった……ま、まあ、情報はいくらあっても困らないし!

 そんな風に切り替えつつ、視線をあげると、ふと鏡越しにシャロンの向こう側に誰か立っているのが分かった。

 誰かとは言ったが正体は歴然としているだろう、もちろんエディーだった。

 シャロンは目を見開いて、すぐに一番最初に見たフレドリックの記憶を思い出した。
 
 ……よく考えなくてもエディーって、私を殺そうと思えば同じ方法で殺しちゃえるんだよね。

 考えつつも振り返らないまま鏡越しでエディーを見ると、シャロンの様子をうかがっているみたいで、多分今の思考も読まれているという直感が働いた。

 エディーが外出している隙に勝手に部屋に入ってこの状況では、言い逃れもできない。シャロンの魔法はすでに知られている。それならシャロンが大方の事を見てしまったことも分かるだろう。

 ……とにかく、にげ、たほうが。いいの、かも?

「逃げられると思うなら、そうなのかもね」

 思考に返事をされて、先ほど考えたことを後悔する。殺せるとか何とか考えなければ、まだごまかしも効いたのかもしれないってのに、あれではフレドリックをエディーが殺害した証拠を見つけましたよと言っているのと同じである。

「……色々見ちゃったね。シャロン」

 普通の声だ、怒ってるわけでもないと思う。

 しかし、シャロンだって後ろめたかった。こうして勝手に部屋に忍び込んで怒られても仕方ないと思う、そしてそれが、彼が無実であったならさらに後ろめたく感じただろう。

 そうなっていたらあとから本当の事を言って謝っていたかもしれない。

 だがこの状況はどうだろう。警戒されていたし、外出すると、シャロンに嘘をついて彼がここにいるということは、試されたのだろう。そしてまんまと罠にはまった。

「凄く焦ってる? かわいいね、それで何を調べてたの?」

 そっと手が肩に触れて、両肩をそのまま押さえつけられる。動くなという事だろう。

 ここ最近、沢山一緒に過ごして、それなりに見知ってると思ったエディーだったが、こうなると他人のように感じた。

 いつもと変わらないのに、冷たい空気を感じるのは、彼が人を殺せる人間だと知ったからだろうか。それとも、単純にシャロンが彼を怖がっているからだろうか。

 まったくわからない。分からないが心臓がどきどきして、目をつむった。

「答えたくない?……それとも答えられないのかなシャロン」
 
 肩に置かれた手が肩を滑って、首元に運ばれてくる。肌が項に触れて、やんわりと首を掴んだ。

 ……。

 何も考えることもできずにとにかく彼の行動を探った。首を絞められているというわけでもないのに、息が浅くなって、今まで過ごしてきた彼と同じはずだと自分を何とか落ち着かせようとした。

 しかし、そういうわけにもいかずに、怖いものは怖い。頭の中で先ほど見た記録が、思い出される。

 フレドリックの喉をかきむしって死んだあのさまはひどかった。凄く痛そうで、呻き声まで耳に残っている。

「……ごめんなさい」

 目をつむって小さくなったままそう口にする。しかし、彼は黙って返答は返ってこなかった。涙が滲んで何も言わない彼がどういう感情なのか気になり、最終的に目を開いてゆっくりと振り向きながら見上げる。

「……」
 
 見下ろされるとやっぱり怖くてとても怒っているように感じる。しかし、エディーを陥れようとしたわけじゃないと何とか口にできなくても考える。

 ……調査をしてほしいと言われたのは事実で、たしかに勝手に見たけれど、誓ってエディーを告発しようとか、そんなの考えてなんかない。

 エディーがたとえ、私を捨てようとしてても、捨てるんだとしても、恩があるし、どんな罪を背負ってようとも軽蔑なんて絶対しない。

「……もしかして、俺が君の前に沢山の同じような状況の女の子を助けては捨ててるころまで見た?」

 ……あ、墓穴ほった。

「ひっ、みまひたっ」
「そっかぁ。まあ、いいよ。シャロンは俺に落ちてくれなさそうだし、フレドリック兄上の事も暴いてしまうし、その魔法すごく便利だねシャロン」
「っ、ごめんなさい」
「すっごく怯えてるのが分かる。そんなところも愛してるよシャロン」

 捨てるらしいのに言われる愛の言葉は変わらない。彼はいったい何がしたいのだろうか。シャロンには全然理解できなかったが、短い言葉を噛むぐらいには唇が震えていた。



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