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 すべてを話し終えるとエディーは凄く難しい顔をして、しばらく考え込んでいた。あっさりと事実だけを伝えることもできたのにシャロンは自分の気持ちを優先して話してしまった。

 そりゃあ、こんな反応にもなるだろう。想像よりずっと重たい話に、反応に困っているのかもしれない。

 ……切り替えないと。私は被害者じゃない。悲しむ資格も誰を恨む資格もないのだから。

「それで、ついつい彼女の事が書いてあるかもしれない手紙を優先してしまったの、ごめんなさい、エディー」

 シャロンはあほっぽくそういって、手紙を開けてみる。きっと想像通りならば、エディーに今の話の裏付けをしてくれるような内容が書いてあるに違いない。

「一緒に見てみる? もうカインとは何もないって貴方に証明できると思う」「……シャロンがいいなら、ありがとう安心できるよ」
「うん」

 エディーは立ち上がってシャロンの隣に座る。その距離感がカインと隣り合って座ったあの日を思い出させて手が震える。どんな感情なのかと言い表すことが出来ない心地だ。

『急な手紙を送ってしまいすまない。クロフォード公爵も驚いていたことであろうと思う。ユーリの件についての話を出来る限り私の方からも彼に手紙で説明をさせてもらう。
 
 本題に入るが、先日は私の不手際でユーリに会わせてしまった事を申し訳なく思っている。私の選択によって其方がユーリに複雑な感情を抱いていて当然であると思うし、ユーリの心のケアは彼女を背負った私の責任としてきちんと果たすつもりだ。

 しかし、彼女を宥めているときに、其方の持ってきたバスケットを見つけて、中に入っていた物をすべて食べてしまった。

 止めるように言ったのだが、ユーリは、シャロンが自身の為に作ってくれたものだと言い張ってバスケットもいまだに手放す様子はない。

 それのおかげでユーリが平常を取り戻したのもまた事実であり、其方の気遣いで持ち込んでくれたものであるなら、とても感謝するべきことであるが、そうでないのならば、申し訳ない事をしてしまったと思い、さしあたって確認の連絡を送る次第だ。

 返信を待っている』

 ……一気に食べてお腹を壊さなかった? 泣きやんだのならとても嬉しいけど、またすぐに欲しくなってしまうかもしれない。

 それにバスケットを手放さないというのも不思議な子供だと思われてしまうだろう。そこまで見越してスカーフに包んでもっていくべきだったかもしれない。

 そうして後悔したが、シャロンが持ち込んだのは彼女のために作ったクッキーだ。

 ものすごく素朴な味をしているし、甘くてバターたっぷりのお菓子になれている貴族からすると、美味しいとは言えない味だと思うが、ユーリはそれを好んで食べる。

 離宮で一緒に住んでいた時、何かいいことした時や、我慢させてしまった時にご褒美として与えていた。その趣旨までカインに伝えておくべきだっただろう。

「クッキー……て確かに、王宮に出かける前に厨房を使っていたね」
「……うん。ユーリは繊細な子だから、食事にも気を付けてあげないと、すぐに体調を崩してしまうから」
「……凄く複雑そうだね」
「彼女のお世話の事? そうでもないよ。慣れてくれば自然と対話もできるし……」
「違うよ。君の心の方」

 ユーリの事で頭がいっぱいのシャロンに、エディーはそういって、手紙に視線を落とすシャロンのことを覗き込んだ。

「カイン王子は幼女趣味だとうわさされてるけど、これを見ればそうではないとわかるし、君たちはただ優しすぎたんだね」
「……」
「聖女については俺が口出ししていい問題じゃないね。それにきちんと話をしてくれたから納得もできたよ」

 言いつつも、エディーはシャロンの手から、その手紙を取る。そしてテーブルの上に置いた。視線をあげて彼を見ると、優しく笑みを浮かべていて、シャロンの頬に手が伸びてくる。

「ところでシャロン。俺、君より年上なんだ」

 男性らしいごつごつとした手のひらがシャロンの頬に触れる。しっとりしていて温かい。エディーは基本的に距離が近いタイプだ。色々と触れてくることが多い。

 それに変な動悸がすることもあれば、怖いと思うこともある。しかし、何故だか今日は心地がいい。自分自身もその触れ合いを多少なりとも求めていたような気がする。

「……知ってるけど」

 当たり前のことを言う彼に、シャロンは不思議に思いながらもそう返した。それにエディーはさらに笑みを深めて言う。

「そうだね。だから君の事、褒めてもいい?」
「褒める? どうして」
「凄く頑張ってると思うから、でも君はそれを誰にも言わないし、そうも思わないし自分でも自分をほめてあげないでしょ」
「……」

 ……凄く、頑張ってる?

 何のことを言っているんだと思う。シャロンはずっと自業自得だ。あさましい人間で、報いを受けることはあっても、褒められるようなことはしていない。

「オリファント子爵のところにいた時も、聖女を面倒見ていた時も、ここに来てからも、君はずっと平気そうな顔をしていて、常に前向いて何するべきか考えてる」
「それは、べつに。そんなに大層なことじゃない、っていうか」
「俺はそんなに前向きでいることなんて、どんなにやろうとしてもできないし、実際過去にずっと囚われてるから君を凄いと思う。弱音もはかないし、自分を律してる」

 頬をやさしく撫でられた。あまりにその手が心地よくてすり寄ってしまいそうになった。

 向けられる瞳は愛情を溶かして混ぜたみたいな色をしていて、そんな目をシャロンに向けるのはユーリぐらいだと思った。

 その視線を向けられるのはとても心地よくて安心できる。エディーが本心でそういってくれているのがわかる。

 まったく頑張ってもいないし、無理もしていないし、シャロンはただ出来ることをやるだけだと思って進んできた。

 これからもきっと変わらない。ただ、そうずっと思っている事も事実だがそうやって口に出されると彼の言っている事もまた、間違ってないと言いたくなる。

 でもそういってしまえば、また彼に寄りかかりたくなるかもしれない。

 そんなのはきっと駄目だ。望んでしまえば後はないかもしれない。だってエディーは……可哀想な女の子を助けるのが趣味。

 頼るべきではないだろう。嘘だとしても、本当だとしても、一度、心を預けたらやみつきになって抜け出せなくなるかもしれない。やったことがないからわからないけど、ぐずぐずにされて立ち直れないかもしれない。

「……そんなとないし、わ、私は、大丈夫、平気」
「そう? じゃあ俺がただ、君の頭を撫でたいだけ」
「え、あ」

 ぐっと肩を掴まれて、シャロンはエディーの方へと倒れこんだ。頭をエディーの腿の上に預ける用な形になって、子供のような体勢にすぐに体を起こそうとするが、頭のなかがじーんとしてなんだかぼんやりしてくる。

 ……あれ、眠くも、ないのに、からだ、動かない。

「っ、? ……エ、エディー」
「髪紐解くよ。……シャロン」

 ぼんやりとしているのに、エディーの声だけは何故かすんなり頭に入ってきて、不思議な心地にシャロンは疑問符を頭に浮かべた。しかし、おかしいのだとは思うけれど、何がどうおかしいのかは上手く考えられない。

「あまり難しく考えなくていいんだよ。俺は君の夫なんだから、頼って、縋ってもいい」
「……っ、ぅ……」

 彼の言葉にすぐに何か答えようとしたけれども、言葉が出てこない。否定まではしなくとも、シャロンはそうしなくても大丈夫だって彼に伝えたかった。

 しかし、髪をほどかれて、横になったまま彼に頭を撫でられると気持ちよくてうっとりしてしまう。シャロンはもしかしたら少し疲れていたのかもしれないと思う。

「君はすごく頑張ってるのに、難しい問題を抱えてて大変だね。君の気持ちわかるよ」
「……、……」
「自分の気持ちを押し殺さずに、言ってみて、さっきの聖女の話も、君は悲しい素振りも見せなかったけど、俺はすごくつらい出来事だと思うな」




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