上 下
3 / 30

3

しおりを挟む


 シャロンは気がついたら、華やかなドレスを着せられて、舞踏会に来ていた。隣にいるのはあの日のローブの男であるエディーだった。

「クロフォード公爵。ごきげんよう。そちらが噂のご夫人ね。すてきなドレスですわ」
「ああ、ありがとう。伯爵夫人、今日は一人なんだね」
「ええ、そうですの」

 隣にいる男を見上げる。王宮で行われる大規模な舞踏会にも恥ずかしげもなくシャロンを連れて歩くこの男は、本当にどうやらクロフォード公爵らしい。

 当たり前のように社交をこなし、あれこれと話をして去っていく夫人と別れて、貴族たちが社交を繰り広げる豪華絢爛なパーティーホールの中を進んで、適当なテーブルに腰かけた。
 
 その向かいに座らせられて、シャロンは人形のように動かなかった。口もきかなかった。しかしそれをこの男はなにも指摘しない。

「シャロンは何か飲む? 俺は踊らないしワインでも貰おうと思うんだけど」
「……」

 聞かれて首を振ると「そう」とほほ笑んで彼はウェイターに声をかけ、適当なワインを持ってこさせる。

 それをあおるのをシャロンはただ見ていた。ただじーっと見つめて、これまでの事をよーく思い出してみた。
 
 馬車に乗り込み、彼に連れられついた場所は、半年前に去った王都だった。そして到着したのは、王宮にも負けず劣らず豪華なつくりのクロフォード公爵邸で、たらふく食事をとらされた。

 それからぐっすりベットに寝かされて、ついでに医者も呼んでみてもらって綺麗にされて、高そうなドレスを着させられた。

 それはとても不思議な体験であり、正直なことろ都合のいい夢か、もしかすると薪を使いすぎて暖をとれなくなったシャロンが死んで見ている幸せ夢なのかもしれないと思う。

 だって寒くもないし、手についたあかぎれもなおってはいないけれど丹念に薬を塗られて痛くない。不快な部分が少なくて実家を出てから生きた心地がしないのだ。

 ……やっぱり死んでるんじゃないかな。

 本当に真剣にシャロンは考えていた。本当の本当に真剣だった。できるだけポジティブになろうといつも頑張っているシャロンだったが何度考えてもその結論にたどり着く。

 だっておかしいだろう、数枚書類にサインしただけですでに結婚しているらしいのだ。いや、別におかしくないんだが、公爵夫人と王宮にきてまで呼びかけられて、流石に結婚したらしいと思える。

「……医者は心は病んでいないと言っていたけど、やっぱり少し、壊れてるのかな」

 目の前にいるエディーも同じようにしてシャロンを見つめてそんな風にこぼす。そうも思うだろう。だってもう必要最低限のこと以外、二週間以上話をしていない。

 彼は常ににこやかに話しかけてくるというのに、シャロンはまったく朗らかに返せていなかった。

 殺伐とした場所から心が抜け出せなくて、そして何より意味が分からななくて、エディーの言葉にもやはり上手く返せる気がしなくて、口をきゅっと結んだまま居た。

 無言でいると人々のざわめきが聞こえてくる。周りの貴族たちは声をかけて来はしないが、シャロンとエディーのことを探って噂を言っている様子だった。

 それもそのはずシャロンは貴族社会の中では聖女に負けて捨てられた令嬢なのだ。

 それを公爵が我が物顔で連れ歩いていたら誰しもぎょっとするだろう。

 ……嫌な視線も多い……気がする。

 しかし、シャロンにとってはこの反応はなんとなく現実的で、その事実はすんなり受け止められた。

 そして大衆の中には、当たり前のように同じ貴族であるシャロンの家族もいる。

 こうして、公の場に出てきたのは今日が初めてだが、噂を聞いた時から彼らはシャロンとエディーの事を狙ってたのだと思う。

 人々をかき分けてやってくるのは、あのオリファント子爵だ。彼は後ろに気の強いステイシーを連れていて、背後にはもっと気の強い、子爵夫人を連れている。

 三人は特攻するように険しい顔で近づいてきて、エディーの目の前まで来てからオリファント子爵だけは媚びる様な笑みを浮かべた。

「ごきげんよう、クロフォード公爵お噂はかねがね」

 言いつつも下卑た笑みを浮かべて、金を搾り取ってやると顔に書いてあった。

 その状態を周りの貴族たちも様子をうかがうように見ていて、このテーブルの周りは舞踏会会場なのに妙に静かだった。

「積もる話もありますから、どうか場所を移しましょうぞ」

 華やかな音楽だけが周りを包む。ぼんやりとしているシャロンが見上げると鬼のような形相をしているステイシーがいた。

 彼女はすぐにでもシャロンに食って掛かりたいという顔をしていた。

 しかし、シャロンの立場上そんなことは出来ないと必死にこらえている表情だった。
 
 ……あ……。

 その顔を見たことがあった。というかしょっちゅう向けられていたと今更思い出した。

 ガシャンとガラスの割れる音がする。シャロンにとってその音は今までガラスの向こう側だったような、彼に買われてからの生活が、現実味を帯び始める音だった。

 実際にはエディーがグラスを床に落とした音であり、中に入っていたワインはオリファント子爵の足元に広がる。

「すまない、子爵。手が滑ってしまった」
「な、何をされるんです」
「つい、君のような下衆の顔を見るのが苦痛でね」
「なんですと?!」

 にこやかに言うエディーは徐に立ち上がって、オリファント子爵を見下ろして、周りには聞こえないような少し声量を抑えた声で言った。

「娘の婚約破棄の慰謝料をすべて遊びに使ってしまうような人間と、誰が話をしたいと思うんだよ」
「っ、なな、なぁんの事だかわかりませんな」
「その慰謝料、使い道を指定されたうえでの支払いだったはずでは?」
「っ……」
「今ここで話しても俺は構わないけど」

 エディーはにこやかなままオリファント子爵にそう告げた。それはシャロンのまったく知らない話で、初耳だった。

 しかし何故そんなことを知っているのだろう。というのも疑問だがそもそもこの人、クロフォード公爵だというが、シャロンは一度だって社交界で彼を見たことがない。

「靴、履き替えに行くのをすすめるよ」

 じっと見つめられたまま言われて、オリファント子爵はひくっと頬を引き攣らせて踵を返した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

あなたが幸せならそれでいいのです

風見ゆうみ
恋愛
流行り病にかかった夫の病気を治すには『神聖な森』と呼ばれている場所にしか生えていない薬草が必要でした。 薬草を採ってきたことで夫の病気は治り、今まで通りの生活に戻るはずだったのに、夫に密かに思いを寄せていた私の親友が、自分が採ってきたと嘘をつき、夫もそれを信じてしまったのです。 わたしが採ってきたと訴えても、親友が採ってきたと周りは口を揃えるため、夫はわたしではなく、親友の意見を信じてしまう。 離婚を言い渡され、追い出された私は、実家に帰ることもできず、住み込みで働ける場所を探すことにしました。 職業斡旋所に行ったわたしは、辺境伯家のメイドを募集している張り紙を見つけ、面接後、そこで働けることに。 社交場に姿を現さないため『熊のような大男』(実物は違いました!)と噂されていた辺境伯の家での暮らしになれてきた頃、元夫の病気が再発して―― ※独特の世界観であり設定はゆるめです。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

聖女の私と婚約破棄? 天罰ってご存じですか?

ぽんぽこ狸
恋愛
 王宮内にある小さな離宮、そこには幸運の女神の聖女であるルーシャが住んでいた。王太子の婚約者であるルーシャはその加護を王太子クリフにすべて捧げるために幼いころから離宮に隔離され暮らしている。  しかし、ある日クリフは、アンジェリカという派手な令嬢を連れてルーシャの元を訪れた。  そして彼らはルーシャの幸運の力は真っ赤な嘘で、ルーシャは聖女を騙ってクリフをだましているのだと糾弾する。    離宮でずっと怠けていて社交界にも顔を出さない怠惰なごく潰しだと言われて、婚約破棄を叩きつけられる。  そんな彼女たちにルーシャは復讐を決意して、天罰について口にするのだった。  四万文字ぐらいの小説です。強火の復讐です。サクッと読んでってください!  恋愛小説9位、女性ホットランキング2位!読者の皆様には感謝しかありません。ありがとうございます!

処理中です...