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その後の日常

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 フィリスと友人三人は無事に進級試験に合格することが出来た。

 しかし進級試験の夜に起きたブルースたちのフィリス襲撃事件の方がよっぽど大事となり、フィリスは無事に、護衛をつけられることになった。

 もとより、重要な役目を担っている聖女なのだから、魔獣だけではなく人間からも守れるように護衛を連れ歩くべきだと言われていたので、いつかはそうなることを理解していた。

 しかし、それでも護衛はいらないでつき通してこられたのは、フィリスが一度も襲撃を受けた事がなかったからだった。

 今回の件でブルースとチャーリーの罪を王族に報告する際に確約されてしまったので仕方がない。

 それに魔法学園側も、学園内で聖女に危害が加えられるとイメージが悪い。

 そういうわけで学園からも進められてフィリスは仕方なく護衛をつけた。

 その人選に文句を言う人間もいたけれど、フィリスはユーベルを選んだ。

 ユーベルは顔つきもブルースに似ているし髪の色も同じだが、心根は違う。カイルにフィリスの危険を知らせ、身内である兄の罪を暴いた。
 
 人間の護衛に必要なのは戦闘力ではなく、信頼だ。フィリスは基本的には強いし滅多なことがなければ負けない、あれから杖も三本腰に刺さっているし。

 だからこそ、信用が出来てなにか周りに起こったら隠し立てなく伝えて、フィリスの隙を突かれないように見張っているだけでいい。

 それが出来る人間であり、なおかつそばに立っていても威圧感のない人が良かった。つまり、彼が色々な面から見て適任であったという事だ。

 魔法学園の生徒たちと比べてもそれほど目立つ存在ではない。大剣を携えてはいるが、本人も物腰柔らかなので丁度良かった。

 そうして彼を選んでからしばらく色々なごたごたはあったが、無事に進級しフィリスは今年魔法学園の二年生になった。

 しかし、一年生の時とそれほど生活は変わらない。周りの人間が変わっていないので当たり前の事ではあるが、楽しい学園生活を送れている。

「そ、それでね。この間、アンドレお兄さまったら、ついに魔獣に噛まれちゃって、あれほど手をあげちゃ駄目だって言ったのに」
「相変わらず? というか、困った人だね」
『そのうち魔獣にくい殺されるだろ!』
「ジェリー、本当に冗談にならないからそんなこと言っちゃ駄目」
『何言ってんだ。俺は冗談なんか言わね~ぞ』
「もう、そんなだと皆に怖がられちゃうよ」

 腕の中にいるジェラルドの鼻をぷにっと押して顔をしかめるジゼルに、ジェラルドは押された鼻先を見てより目になった。

 その顔はちょっとばかり面白くてフィリスはくすくすと笑ってしまう。

 長期休暇の時期に帰った時には大変だったようだが、今では彼女の家は落ち着いている様子だ。

 頻繁に実家に帰って、これからの調教師たちの生存戦略について協議するうちに、長い歴史の中で魔獣を制御してきたからこそ持っている知識を使って、絆を大切にした寄り添った躾をしていく方向に決まったらしい。

 そこに落ち着くまでにルコック男爵家のおじいさまが反対したり、今いる魔獣についてどうするかという問題が浮上して大変だったそうだが、今では家族全員でジゼルを中心に舵を切って新規参入者に備えている。

 しかしそれに一番適応できていないのは兄のアンドレらしく、秘術である魔法道具の使用をやめると、自分の使い魔の制御が効かなくなったのだとか。

 恐怖による支配は力を失うとめっぽう弱い。不憫だとは思うが、それも自然の摂理だろう。

「フィ、フィリスはどう? あ、新しい使い魔、飼うつもりはない?」

 聞いてくるジゼルにフィリスは、唐突な話題に首をかしげたが、つい先日の事を想いだした。


『ありがとうございます、ジゼル! 私たちずっとルコック男爵家を使わせてもらいますから!』
『かわいいしぃ、かっこいいしぃ、私、一生大切にするぅ』
『こ、今後とも、ごひいきに!』

 そんな風に言ってドミニクとレアの二人はジゼルから、リボンのついた可愛いリスの魔獣を受け取って、大喜びしていたのだ。

 ジゼルは、これからの家の為に、この魔法学園にいるうちにより多くの顧客を獲得し、絆を大切にした使い魔契約を流行らせるつもりらしいのだ。

 だからフィリスにもそういう風に言ってくるのだろう。

 それは別に構わない、構わないけれどもフィリスは多分何かの面倒を見るのはまったく向いていない。

 ジゼルのように誰もがマメに動物の世話ができるわけではないのだ。フィリスが飼ったら凶暴な魔獣の討伐の時に後ろをちょこちょことついてきて、そのまま攻撃を受けて使い魔は死んでしまうだろう。

 打ち抜くのは得意だが、守るのが得意というわけではないのだ。

「……ユ、ユーベル。私が買ってあげるから、あなたが使い魔を連れるなんてどう?」

 しかしジゼルからは買ってあげたい。苦肉の策としてフィリスは少し後ろをついてきた、ユーベルへと声をかけた。

 彼は突然話を振られたのにもかかわらず、冷静な様子でフィリスに答えた。

「使い魔ですか。……随分高価な代物ですけどいいんでしょうか」
「うん。お金は……ほら、あるから」

 何で稼いでいてどれほどあるかとは言わないが、命の危機にさらされているので割と良い報酬をもらっている。

 ユーベルさえよければ是非貰って欲しい、それに獣は鼻が利く、護衛にも役立つかもしれない。

「フィリス様がそうおっしゃるのでしたら、私は嬉しいです」

 彼はすこしだけ笑みを浮かべてフィリスの言葉を受け入れた。

 そんなユーベルを見ながらフィリスは不思議な気持ちになった。彼は騎士見習として騎士団で訓練を受けている身の上の人間だが、フィリスが無理矢理引き抜いた。

 もちろん鍛錬の時間などは十分に取ってもらっているし、王族から支給されている護衛業務の報酬もきちんと渡しているが、それにしてもこんなにすんなり慣れた様子で護衛業務をこなされると流石に驚く。

 いっそ従者職の方が向いていたのではないかと思うほどの人当たりの良さが彼にはあるのだ。

 心の中ではたまに彼とブルースを比較してなぜこうも違いがあるのかと考えることがあるが、答えはいまだに出ない。

「そういうわけで、ユーベルに一匹使い魔をお願い、ジゼル」
「あ、ありがとうございます! フィリス、ユユユ、ユーベルも。とても素敵な子を用意するね」

 ジゼルは割と人当たりがよいユーベルに対してもまだ慣れていない様子で、緊張が勝つようだが、嬉しい注文に一生懸命お礼を言った。

「私は別に何も」
「あ、馬車が来てるみたいっ、カイルもいる」

 話がひと段落して、視線を動かすと週末なので人も馬車も多いがカイルが待っているのが見えた。

 フィリスは今日これから実家の方へと帰る予定なのだ。

「も、もう待ってたんだね。行ってらっしゃいフィリス」
『ジゼルの馬車も来てるぞ!』
「あ、本当だ。ありがとうジェリー」
「行ってくるね、また来週、ジゼル、ジェラルド」

 彼らに別れを告げてフィリスは、ユーベルとともにカイルの元へと向かった。

 カイルはそばに行くとすぐにフィリスとユーベルに気がついて、こちらに視線を向ける。その目線には親しみが込められていてやっぱり、心臓がきゅっとなってドキドキした。

「カイル、お迎えありがとう」
「それでは私はこれで。学園でフィリス様のお帰りを待っています」
「ああ、護衛ありがとう、ユーベルゆっくりと休暇を取ってくれ」
「はい!」

 ユーベルの護衛業務はカイルと交代するような形でいったん終了して、また学園にカイルがフィリスを連れてきて再開となる。

 こうして人に常に守られる存在となったことは少し厄介ではあるが、それでも立場がある人間としては仕方のない事だろう。一歩引いてフィリスたちを見送るユーベルに手を振ってフィリスは馬車へと乗り込んだ。


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