26 / 56
長期休暇
しおりを挟むやっといろいろなことが片付き始めた今日この頃、フィリスは、相変わらず隣で楽しそうに戯れているジゼルとジェラルドを眺めていた。
今日の彼らはお揃いのフリルのついた首輪とリボンを髪につけていてその様はさながらカップルのようだった。
机の上をころころと動き回って愛嬌を振りまくジェラルドに、ジゼルはパンパンと二つ手を叩く。すると彼は机の上にちょこんとお座りをしてジゼルを見上げる。
「すごい! 急だったのに反応してくれたね、ありがとう」
『俺の反射神経をなめるんじゃね~ぞ! ジゼル』
「うん、ごめんごめん」
にっこり笑ってジェラルドの頭をなでるジゼルは、数週間前よりも明るく見えた。
ところで今のやり取りは何かというと、ジェラルドをこれからも学校に置いていくために仕込むことになった芸だ。
使い魔対抗戦でジェラルドは本来の姿に戻り、そのうえで言葉を発してアンドレを、ジゼルの命令ではなく傷つけた……かのように教師陣からも観戦していた生徒たちからも見えた。
しかしその後のジゼルの振る舞いと、フィリスの事後処理により、あれらのすべては予定通りですべては調教師の業界の風通しを良くするために行われたものだったと結論付けることが出来た。
そういう事なので、調教師の家系だけに存在していた秘術である風の魔法道具は王族によって回収され、研究されておりゆくゆくは騎士団でも実用されるはずである。
あの魔法道具は後からジゼルに聞いた話によると、普通の動物の調教に使う笛を改造して、魔獣にしか感じられない音を風の魔法で発生させて行動を抑制するものだったらしい。
くわしいことはフィリスは専門ではないからわからないのだが、いろいろなことを考える人間が世の中にはたくさんいるのだと思った。
そんなこんなで、ことはまとまったのだが、ジェラルドについてだけは教師たちから、危険な魔獣は学園内に置いておけないということでお達しがあった。
しかし、それに対する対抗策がこの行動である。
「じゃあ、これは?」
ジゼルが言ってジェラルドの額に手を乗せるとジェラルドは、自信満々に伏せを繰り出す。
そうするとジゼルは大げさにほめたたえて、抱きしめた。
こうして如何にも従順であり、ルールの範囲外で人間を襲うことは一切ない、芸を覚えさえて他の犬型の魔獣と同じだと示すこと、それから何か問題を起したらフィリスが責任を取るという契約もむすび、晴れてジェラルドはこの場にとどまることができている。
面倒だから騎士団に返してこようかとも思ったのだが、こんなに仲がいい二人を引き離すこともできないし、なんならジゼルさえよければジェラルドを貰い受けてくれてもいいのだ。
あの状況下で食べることが出来ない人がいるということはジェラルドにとってとてもいいことだ。
きっとそばにいた方がいい。
「そそ、っそう言えば、フィリス。も、もうすぐ、長期休暇だね」
彼女たちを眺めながら考えていると、ジゼルはふいにこちらを向いて少し緊張しながら言った。
普段から、人間と話すときはジェラルドと話をしているときの倍ぐらいは緊張しているが、今日の彼女はそれ以上に緊張しているような気がして、首を傾げつつジゼルに応えた。
「……そうだね。予定は決まってる?」
「わ、私は、その、そつ、卒業するまでの間に、配偶者になる方をっ見つけなければならないので」
「ああ、たしかに。実家を継ぐなら重要なことかも」
「うう、うん。……でも、こ、今年はどうかな。家のなかも、ご、ごたつくと思うし親戚も……」
少し気落ちした様子で言う彼女にフィリスは言われてから思いだして納得した。
調教師の家業の事だろう。ジゼルが望んでいることとわかっていたとはいえフィリスは独断でその秘術を暴いてしまった。
それは公の事実とされて近く、きっと今までの名家だけが仕事を独占することはできなくなる。
調教師の他の名家がルコック男爵家とは全く違った魔術を編み出して使っていたとは考えづらい。
ここ数年のうちに業界は新しい参入者との折り合いの付け方や差別化の方法を模索していくことになる。
しかし、その前に今年の休暇にアンドレも帰省するとなると、新しい確変を起こした二人の兄妹に多くの人間が接触しようとするだろう。
いい意味でも悪い意味でも……今年の長期休暇こそがジゼルの頑張りどころではないだろうか。
「……そっか、大変だね」
「う、うん……」
フィリスが言うとジゼルは同意してこくんと頷く、しかしそれ以上に言葉が返ってこない、何かもう少し話したそうというか、何か言いたげなのはわかるがフィリスもそれほど察しのいい方ではないので、気長にジゼルの言葉を待った。
「……」
「……」
「……ああああ、あの!」
決心した様子でジゼルは、フィリスの方へと体を向けてジェラルドを膝の上にのせて、フィリスをまっすぐに見つめた。
なんだか真剣な雰囲気を感じてフィリスも彼女に向かって体の向きを変えた。
「長期休暇、ジェラルドを預からせてほしい、そそ、それにゆくゆくはこの子を、私の使い魔にしたいと思ってる」
「……」
「どんなものでも支払うし、どんな要求にも、ももちろん答えるつもり! ふぃ、フィリス、の意見を聞かせて」
そう言った彼女にフィリスは、突然の話題に驚いて、固まってしまったが好都合だ。
フィリスも丁度、ジェラルドとジゼルは一緒にいた方がいいと考えていたところだ。
そうしてくれるなら、願ったりかなったり。
一時的に長期休暇をフィリスなしで過ごしてみて、どうなるのかを見てからその話をすればよりスムーズだ。
対価など要求しないし、国の平穏を脅かす魔獣がそこら辺の犬のようになって平穏に生きられるのならその方がずっと良い。
素直にそう伝えようと考えた。
しかし、はたと思い至ってフィリスは困った笑みを浮かべて「じゃあ、一つだけお願い」と口にする。
「ははは、はいっ」
身構えたようにジゼルは体をびくっとして返事をした。
「……えっと、その……変な話なんだけど、ジゼルに婚約者が出来たら是非、相談に乗ってほしい」
「……え、そ、それだけ?」
「うん……うん。ちょっと今、もうすぐ帰省だっていうのに、困ってて」
「そそそ、それはた、大変、私でよければ、今でも、聞くよ!」
婚約者のいない相手にカイルへの気持ちの変化など話をしてもつまらないだろうと思っての言葉だったのだが、ジゼルは友人の悩み事にすぐさま興味を示して聞く姿勢をとった。
ジェラルドは面倒くさくて聞きたくなかったので暴れようとしたが、フィリスがすぐに魔力を注ぎ込んでやればすぐに大人しくなる。
それから二人はカイルに対するフィリスの思いの変化を話し合ったが、お互いに人間への恋などしらないお子様であったために話は解決の糸口を見つけられないまま進んだのだった。
141
お気に入りに追加
792
あなたにおすすめの小説
聖女の代わりがいくらでもいるなら、私がやめても構いませんよね?
木山楽斗
恋愛
聖女であるアルメアは、無能な上司である第三王子に困っていた。
彼は、自分の評判を上げるために、部下に苛烈な業務を強いていたのである。
それを抗議しても、王子は「嫌ならやめてもらっていい。お前の代わりなどいくらでもいる」と言って、取り合ってくれない。
それなら、やめてしまおう。そう思ったアルメアは、王城を後にして、故郷に帰ることにした。
故郷に帰って来たアルメアに届いたのは、聖女の業務が崩壊したという知らせだった。
どうやら、後任の聖女は王子の要求に耐え切れず、そこから様々な業務に支障をきたしているらしい。
王子は、理解していなかったのだ。その無理な業務は、アルメアがいたからこなせていたということに。
婚約者マウントを取ってくる幼馴染の話をしぶしぶ聞いていたら、あることに気が付いてしまいました
柚木ゆず
恋愛
「ベルティーユ、こうして会うのは3年ぶりかしらっ。ねえ、聞いてくださいまし! わたくし一昨日、隣国の次期侯爵様と婚約しましたのっ!」
久しぶりにお屋敷にやって来た、幼馴染の子爵令嬢レリア。彼女は婚約者を自慢をするためにわざわざ来て、私も婚約をしていると知ったら更に酷いことになってしまう。
自分の婚約者の方がお金持ちだから偉いだとか、自分のエンゲージリングの方が高価だとか。外で口にしてしまえば大問題になる発言を平気で行い、私は幼馴染だから我慢をして聞いていた。
――でも――。そうしていたら、あることに気が付いた。
レリアの婚約者様一家が経営されているという、ルナレーズ商会。そちらって、確か――
平民だからと婚約破棄された聖女は、実は公爵家の人間でした。復縁を迫られましたが、お断りします。
木山楽斗
恋愛
私の名前は、セレンティナ・ウォズエ。アルベニア王国の聖女である。
私は、伯爵家の三男であるドルバル・オルデニア様と婚約していた。しかし、ある時、平民だからという理由で、婚約破棄することになった。
それを特に気にすることもなく、私は聖女の仕事に戻っていた。元々、勝手に決められた婚約だったため、特に問題なかったのだ。
そんな時、公爵家の次男であるロクス・ヴァンデイン様が私を訪ねて来た。
そして私は、ロクス様から衝撃的なことを告げられる。なんでも、私は公爵家の人間の血を引いているらしいのだ。
という訳で、私は公爵家の人間になった。
そんな私に、ドルバル様が婚約破棄は間違いだったと言ってきた。私が公爵家の人間であるから復縁したいと思っているようだ。
しかし、今更そんなことを言われて復縁しようなどとは思えない。そんな勝手な論は、許されないのである。
※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。
殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?
星ふくろう
恋愛
聖女認定の儀式をするから王宮に来いと招聘された、クルード女公爵ハーミア。
数人の聖女候補がいる中、次期皇帝のエミリオ皇太子と婚約している彼女。
周囲から最有力候補とみられていたらしい。
未亡人の自分でも役に立てるならば、とその命令を受けたのだった。
そして、聖女認定の日、登城した彼女を待っていたのは借金取りのザイール大公。
女癖の悪い、極悪なヤクザ貴族だ。
その一週間前、ポーカーで負けた殿下は婚約者を賭けの対象にしていて負けていた。
ハーミアは借金のカタにザイール大公に取り押さえられたのだ。
そして、放蕩息子のエミリオ皇太子はハーミアに宣言する。
「残念だよ、ハーミア。
そんな質草になった貴族令嬢なんて奴隷以下だ。
僕はこの可愛い女性、レベン公爵令嬢カーラと婚約するよ。
僕が選んだ女性だ、聖女になることは間違いないだろう。
君は‥‥‥お払い箱だ」
平然と婚約破棄をするエミリオ皇太子とその横でほくそ笑むカーラ。
聖女認定どころではなく、ハーミアは怒り大公とその場を後にする。
そして、聖女は選ばれなかった.
ハーミアはヤクザ大公から債権を回収し、魔王へとそれを売り飛ばす。
魔王とハーミアは共謀して帝国から債権回収をするのだった。
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
全裸で異世界に呼び出しておいて、国外追放って、そりゃあんまりじゃないの!?
猿喰 森繁
恋愛
私の名前は、琴葉 桜(ことのは さくら)30歳。会社員。
風呂に入ろうと、全裸になったら異世界から聖女として召喚(という名の無理やり誘拐された被害者)された自分で言うのもなんだけど、可哀そうな女である。
日本に帰すことは出来ないと言われ、渋々大人しく、言うことを聞いていたら、ある日、国外追放を宣告された可哀そうな女である。
「―――サクラ・コトノハ。今日をもって、お前を国外追放とする」
その言葉には一切の迷いもなく、情けも見えなかった。
自分たちが正義なんだと、これが正しいことなのだと疑わないその顔を見て、私はムクムクと怒りがわいてきた。
ずっと抑えてきたのに。我慢してきたのに。こんな理不尽なことはない。
日本から無理やり聖女だなんだと、無理やり呼んだくせに、今度は国外追放?
ふざけるのもいい加減にしろ。
温厚で優柔不断と言われ、ノーと言えない日本人だから何をしてもいいと思っているのか。日本人をなめるな。
「私だって好き好んでこんなところに来たわけじゃないんですよ!分かりますか?無理やり私をこの世界に呼んだのは、あなたたちのほうです。それなのにおかしくないですか?どうして、その女の子の言うことだけを信じて、守って、私は無視ですか?私の言葉もまともに聞くおつもりがないのも知ってますが、あなたがたのような人間が国の未来を背負っていくなんて寒気がしますね!そんな国を守る義務もないですし、私を国外追放するなら、どうぞ勝手になさるといいです。
ええ。
被害者はこっちだっつーの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる