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家族として

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 フィリスは全力疾走していた。足も肺も痛かったがそれでも腕を振って前に進む。

 体のどこよりも心が痛くて、恐れていることが起きてしまっているのではないかという予感を覚えながら心の中ですでに後悔し始めていた。

 試合が終わってから、フィリスはすぐにジゼルたちを追おうとした。

 けれどもとにかくジェラルドの事をきちんと把握したい教師たちに質問攻めにされて、貸し出したフィリスにも責任があるのできちんと説明をした。

 それから遅れてフィリスの元へとやってきたドミニクとレアにも説明をして、そのすきに魔法道具を取り返そうとしたアンドレとひと悶着あったりして、とにかく事後処理にいそしんだ。

 それから控室の方へと向かったのだがジゼルたちはおらず、話を聞いていくとジェラルドに咥えられたジゼルは寮へと向かったとのことだった。

 それほど疲弊している状態であったならジェラルドが放っておくはずがない、魔力も相当に消費しているだろうし、間違いなくジゼルに牙をむいているはずだ。

 そう考えながらもやっとジゼルの部屋の前につき、血の匂いはしないものの、恐ろしくなりながらフィリスは扉を押し開けた。

 どんな光景が広がっていようと必ず、ジゼルの敵をとるのだと心に決めて。

「……え」

 しかし、そこには数日前に訪れた彼女の部屋があるだけでまったく代わり映えしていない。

 争った痕跡もなく、彼らの姿もない、一体何が起こっているのか理解できずに、ふとこんもりとふくらんでいるベッドへと視線を向けた。

 するとそこには寄り添うように眠っているジゼルとジェラルドの姿があって、なんとも平穏な光景にフィリスは思わず膝の力が抜けて、そのまま膝をついてうなだれた。

「っ、…………はぁー……」

 ジゼルも無事でジェラルドも何もしていない、その状況を見ただけで、フィリスは今までの疲れがどっとやってきてしまい長いため息をつく。

 心の奥底が締め付けられているような心地だったのに一気に緩んで心臓に悪かった。

「……よ、よかったぁ」

 心の底から安堵の声を漏らし、自分の信念を貫いてすべてをうまくやったジゼルがなんだか神々しくすら思えた。

 けれどもとりあえず魔力は必要だろう。彼女たちも魔力切れで眠ることになったのだと思うし、睡眠をとれば魔力は回復するとしても、いきなり全回復するわけではない。

 もし目が覚めたジェラルドが空腹を感じてジゼルに襲い掛かってしまっても困る。

 そうならないように彼の頭を鷲掴みにしてだくだくと魔力を流し込んだ。
 
 今回の件についてはジェラルドにフィリスは結構振り回されたのだ、こんな風にしたってばちは当たらないだろう。

 ジェラルドに魔力を注ぎまくってからフィリスも疲れたので自室に戻ることにした。

 事後処理はある程度してきたし、少しぐらい休憩をしても良いだろうと思っての事だったが、どうにもそわそわしてしまって落ち着かない。

 あのままジェラルドをジゼルのもとに置きっぱなしにして良かったのかとか、王族への報告や、根回しなどやらなければならない事は山ほどある。

 無理をすればできそうだが、無理をしても特にいいことなどないだろう。別に明日でもいいはずだし、ジェラルドはジゼルを食べなかったし、彼女たちの絆は本物だ。

 それを疑ってジゼルを襲うかもしれないからとジェラルドを閉じ込めるなり殺すなりしてしまったら、それこそジゼルに嫌われてしまうだろう。

 うまく事まとまった。それでもどうしても落ち着かない。

 ……大丈夫だってわかってはいるんだけどね……。

 うーんと悩みながらフィリスは椅子に腰かけて細く息を吐く。それからふいにテーブルに置いてある、小瓶に視線をやった。

 それはこの間カイルから送られてきた物でフィリスがいい匂いだといった香水だ。

 きっとカイルはそんなにこの香水が気に入ったのならば、フィリスにも送ってやろうと思って用意したのだと思う。

 しかし、別にフィリスもつけたいと思っているわけではないというか、カイルがつけているからいいというか……。

 つまりカイルからこの匂いがするのが好きなのであって、決して誰がつけていてもいい匂いだと思うわけではない!……と思う。

 ……しかし、だからなんだと思うし、私、何考えすぎてるんだろう……。

 普通にカイルからすれば当たり前のプレゼントのはずで、気に入った匂いなのだからフィリスだってつければいい、ただそれだけの話だ。

 それだけの話なのだが……。

 そうではないのだ、この香りをかぐとどうにも安心してしまうような、心地いいようなそんな気持ちになって彼の事を思いだす。

 だからフィリスにとって特別な香りで常につけたりは出来ないというか、とにかくそういう感じなのだ。

 しかし、そう考えてからフィリスはハッと思いた。この匂いを嗅いでカイルのことを思い出して安心できるのならば、ベッドにでも香りをつけてその中でぐっすり眠ればいいじゃないか。
 
 今は落ち着こうとしてもどうしても落ち着けないのだから、リラックスするために丁度いい。

 そう考えて、フィリスは珍しくニコニコしながら香水を自分の枕と掛け布団にそれぞれ噴霧する。

 ふわりと香りがして、すこし行儀が悪いけれど制服のままベットに横になった。

 そうすると昨日もドキドキして眠れなかったので、ふわりと香るいい香りに少し眠たくなってきた。

 ……そうだ。少し眠ろう、休憩は大切だし……。

 そう考えて目をつむると、カイルに抱きしめられているときに感じる香りだけあってやっぱり安心感があって、ふとフィリスは考えた。

 実際にこうして横になりながらカイルの纏っている香りを感じるのはどんな時だろうと。

 それは、きっと一緒に眠っているときだ。

 二人で同じベッドに横になってくっついて目をつむっているとき。
 
 きっと二人の体温であたたかくて安眠できるだろうとうっとりと眠たげな頭で考えた。

 ……?

 しかし、なんかそれはそうではない。

 その状況を想像すると心底恥ずかしいような、無駄に心臓がうるさいような心地になって、フィリスは起きて急いでベッドから飛び出した。

 体には香水の香りがついていていまだにふわりと香っている。

 顔が妙に熱くなって、自分の顔をべたべたと触ってなんでこんな風になっているのか考える。

 だってあり得ることのはずだ、一緒にいて嫌悪感もないし、夫婦になるのだし、抱きしめあうし、家族になるのだから、一緒に寝ることだってあるだろう。

 当たり前にその状況に安心できると思うのに、心がちぐはぐで、一人でどぎまぎしてしまって心臓の鼓動がうるさい。

 一緒に寝るとき、きっとカイルは抱きしめてくれるだろう、優しい顔はしていないだろうけれど、声はきっと柔らかくて頭をなでたり背中を摩ったりしてくるに違いない。

 それを嬉しいと思うはずだ、フィリスもカイルが大切だと思うはずだ。

 しかし考えただけで体が緊張して、動悸が激しくなる。彼のことを家族のように思っているはずなのに。

「おお、おかしい。か、カイルの事、嫌ではないのに!」

 わざわざ一人なのに口に出してフィリスは言った。

 嫌いじゃないしむしろ好きなはずだ。それなのに緊張してしまって羞恥心で顔が赤くなるなんておかしいだろう。
 
 どんなに考えても考えれば考えるほど、酷く緊張してしまってフィリスは堪らずそのまま部屋を出て、意味もなく無理をして仕事をしまくった。

 翌日はひどい寝不足で、珍しく授業でぐっすりと居眠りをしてしまったのだった。



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