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34 問答 その二

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 手紙をかけそうな紙の一枚ぐらいはあるはずだ。

 考えつつラウラも飛んでいったニコラの可愛い羽がついている後姿を追おうと考えていると、目を離したすきにぐっと腕を掴まれて、驚いてすぐにフェリクスに視線を戻した。

『ひゃっ!』
『ラウラ?』

 ニコラはラウラの悲鳴に驚いてすぐにそばまで戻ってきたが、その時には既にラウラの腕はしっかりと掴まれていて、フェリクスは視線だけできょろきょろと状況を確認していた。

「居たな。……ラウラだろ。姿を現してくれ」
『ど、どどっ、どうしようっニコラ! 捕まっちゃったっ、なんで? 見えてないはずなのに』
『透過してしまえラウラ。こやつさては待ち構えておったな!』

 ニコラに投げやりに言われて、ラウラは息を止めて思い切り腕を振り抜いた。
 
 腕がふにゃりと変な感覚がしてフェリクスの腕を透過する。

「……そんなこともできるのか。思っていたよりずっと万能だな」

 しかし、掴んでいた腕の感覚が霧散して消えたにもかかわらずフェリクスは平然と自分の手のひらを見つめていて、少し考えるように鋭く目を細めた。

『っ、い、一旦、逃げましょう。ニコラ、私やっぱりこの人と話さない方がいい気がするの。なんか怖いし、なんでわかるのかわからないし、夜にでも手紙を置きにくればいいと思うからっ』
『大いに賛成じゃ!』

 ラウラはニコラに焦りながらもそう伝えて、急いでぱたぱたと駆けて、部屋を出ていこうとした。

 しかし、まるでラウラがどこにいるのかどんなことを言ったのかを分かっているようにフェリクスは立ち上がってラウラの背中に声をかけた。

「顔を見せてはくれないのか? ラウラ、せっかく直接会って話をしてくれる気になったのに帰ってしまうのか」

 なんだか寂しそうな声をしていて振り返ると、悲しそうな顔をしていた。

 先ほど見た端正な顔つきが悲しみに歪められ肩を落としている。

 そして確かに直接伝えるためにやってきた。さっきまではそのつもりだったのだ。

 しかしだって急に捕まえるようなことをするから、ラウラだって逃げ出した方がいいような気になってしまうだろう。

『ラウラ、ほだされるな。わしの見立てからするとこの男、お主を捕らえられるか考えておるぞ』
『捕らえられるって?』
『お主の力がディースブルクのアマランスの花冠由来だと知って、それならば姿が消えるだけならば密室にでも閉じ込めておけば魔力切れでそのうち姿を現す、そして密室から出られるわけではないだろう』
『たしかにそうね』
『姿は消えているがその場にいる。だったら我々は珍しく人の出入りがないこの部屋に入るときには扉を開閉しなければならない。そういうことを見るためにこの状況だったのではないか?

 待ち構えていたからお主をふいに捕らえられた。狸寝入りをして透過して現れたお主をどうすれば捕らえられるかと考えて直接つかんだ』

 待ち構えていなければ今のような芸当はできないだろう。

 ニコラの言葉が本当だとするならばここにいることだって危険だ。

 もちろん逃げられないわけではない。ニコラだっているし、ラウラ達はどこへでも行ける。
 
 けれどそこまでする人間のそばにいるのはやはり恐ろしいだろう。

『ま、直接捕まえたころでそんな程度でこの魔法が破れるわけもないがな』
『うん。そうね』
「相談してるのか? ラウラ。……俺が君がこの場所に来るのを予測して狸寝入りをしていたことは悪かった。ただ、そろそろ来るかと朝から待っていたら、眠気に耐えられなくなってしまって。屋敷の維持管理の仕事も、領地の事もある、最近の睡眠時間は少し短いんだ」
『それらしいことを言いおって、ラウラこやつはその程度の事が出来ない男ではない。十中八九嘘じゃと思え』
「ただ、半分眠っていたが君のいる気配には気が付いたんだ。そうやってくるだろうと予測していたから。でもつい咄嗟に手を掴んで悪かった。すこしでいい顔を見せてくれないか?」

 これまたニコラとフェリクスは交互に話をした。ラウラは、そう聞くとフェリクスの言葉がどうしても真実だとは思えない。

 ニコラはラウラに嘘をついたことは一度もないのだ。
 
 だからこそニコラを信じている。

 しかし、いう言葉は嘘だとしてもその言葉に感情は乗っているように見えた。

 彼はなんでもできる祝福の元に生まれたと言っていたけれど、もしかしたらだからこそこんな風に邪険に扱われるようなことも少ないのかもしれない。

 であればあまりぞんざいに扱うのは不憫な気がしてくる。

 それにそんな風にフェリクスの事を正しく知れてどんな人物なのか理解できれば、彼がラウラに執着を見せる理由がわかってくるかもしれない。

 同情で縛られることはごめんだが、興味はそれを上回る。

『ニコラ、この人はどうしてこんなに私を手に入れたいと望んでいるんだろう』
『さて、気になるか。ラウラ』
『こんなに感情をむき出しにされると……流石に』
『まぁ、ならば望むとおりに動いてみるのも自由というものじゃ。正直勧められるような男ではないが』
『ありがとう、ニコラ。そばにいてね』
『ああ、当たり前だ!』

 ニコラは屈託のない笑みを浮かべてラウラの肩にちょこんと座った。

 それからラウラはふうっと息を吐いて魔法を解いた。

 薄く輝いていた自分の体は現実の世界に戻っていって、存在がはっきりとする。そうしてフェリクスへと視線を送ると、彼は、ぱっと表情を輝かせた。

「よかった。このまま帰ってしまったらどうしようかと思ったんだ、ラウラ。よく来てくれたな、今、お茶を出す」
「……ごきげんよう。フェリクス様。……お茶は結構です。すぐに帰る予定なので」

 フェリクスがテーブルに上に置いてあったベルを鳴らそうと手を伸ばしたのでラウラはそれを制止するように言ってから、フェリクスがいたティーテーブルに着いた。

「そう、か。わかったそれなら早速、君の話を聞こう。嫌われたくはないしな」

 残念そうに腰かけて笑みを浮かべるその姿は、やはりとても好印象を持てる優し気な好青年といった感じだ。

 しかし、実際はラウラを捕まえようとしていたり、裏で何かを企んでいるというのは事実で、せめてそれが何か知ることが出来れば少しは気を許せるのだが、この様子のフェリクスの完璧な好青年ぶっている様子を見るとそれも難しそうに見える。

「では、早速。……私は、どんな風に支援してくださるおつもりだとしてもフェリクス様と夫婦になるつもりはありません。ですがヘルムート子爵家に与えられた金銭については一応お礼をと考えてここに来ました」

 さすがにそういう事ならば返せと言われることはないと思っている。

 なんせ彼の名前で寄越されたものではなく、彼が多分何かしらの圧力を与えてヘルムート子爵夫妻が仕えている大貴族を通して出されたものだ。
 
 それを戻せと言われても彼が出した証明ができない上に厄介だ。

 それに返せと言ってくるのならそれまでの男だ。そうなったらラウラは手持ちの宝石を売るなりして適当に返す。

 むしろそういう人間であるならそれはそれでわかりやすい、だからこそそうなってもいいなと思っていた。

「礼? 何のことかわからないな。俺はただ、君の今の生活空間が豊かであればいいと思って伝手のある知り合いにそうなるよう頼みごとをしただけだが?」
「……そういう、つもりでしたらありがたくいただいておくにとどめます」

 ……そうは簡単にいかないわね。



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