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32 精霊 その二

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『わしは、長くディースブルクの土地にいる精霊じゃ。あのアイヒベルガーの男もお主に精霊と話をしているのかと問うたじゃろう。それは間違っていない。

 わしはまごうことなく精霊王の系譜に属する風の精霊ニコラじゃ。風を操り物を風化させ、種を運び変化をもたらす魔法の一つ、それがわしじゃ』

 ニコラは自信たっぷりにそう言ったが、正直ラウラはあまり現実味がない。

 ニコラ自身が何だとしてもラウラにとってはニコラはニコラでそんな側面もあるのかという漠然とした気持ちがそこにあるだけだった。

『では、そもそも人間にとっての精霊とは何なのか。という話をしよう。

 お主も知っているじゃろうが、精霊から口伝によって教えられた精霊魔法、それは大がかりな儀式を要する代わりに強大な力となる魔法だ。

 そしてそれを伝えるのは精霊と通じる者、つまり見える者、つまりお主のような人間じゃ。ラウラよ。精霊と通じる者と聞いてピンとくるものがあるじゃろう』
「……王族の役目」
『ああそうじゃ、王族は代々精霊を見るとされている。いや正しくはされていた。
 
 今その力を持つとされている王族はいないじゃろう?』
「うん」
『そしてわしの話した神々の話の中に精霊が口伝で伝えた儀式をいくつか混ぜてあった。それに儀式以外にも王族に伝えた話をいくつもお主に教え込んだんじゃ。

 我々は常に大きな木の幹でつながっている。王族に精霊魔法を教えた精霊から何をどのように伝えたのかという話は知識として知ることができたからな。お主は空想をするのが好きじゃろう。

 そこに少しずつお伽話のように刷り込んでいったのじゃ』

 ……つまり私は、王族の領分を犯してしまった……という事?

 ニコラの説明を聞くとそう結論付けることができるが、だから罰するために探されているという事ならば、多くの人に迷惑をかけてしまう。

「どうしてそんなことを?」

 そうすればいつかラウラは今と同じようなことになるだろう。それが想像できたはずなのにラウラにニコラは話をした。……つまり精霊魔法の口伝を行っていた。

 どういう意図があったのかわからずに問いかけた。

 するとニコラは少し考えてから、すこしだけ慎重にいった。

『……お主は孤独な子供じゃった。そして何も持ってはいなかった。その姿は悲しく、同時に愛おしかったんじゃ。無垢なお主が他の姉妹の誰より一層愛されたいと望む姿に、背を押したくなった』
「……」
『いつか、お主の事を喉から手が出るほど欲しいと望む人間にめぐり合わせてやろう。そのためにはお主をそういう人間にするための力が必要だと思ったのじゃ』

 ニコラは、後ろめたいのか、すこし俯いていて目は合わない。

 そして思い出してみれば、ニコラは積極的にラウラに物語を語り聞かせていた。

『お主の事を欲しがる人間は多いぞ、今回の件で勘付いた者もおるじゃろうし、王族も今はその力を持つ人間を探している。そしてあのアイヒベルガーの男も同じようにお主を手に入れようと望んでいたじゃろう』
「……うん」
『たしかに、追われるほどの力じゃ、厄介かもしれん。しかしわしはどうしてもお主に与えたかった。ひたむきで義理固いお主に幸の多い人生を歩んでほしかった。

 ……じゃが、それだけではまぁ、力不足じゃった、だからついでにわかりやすい力をつけさせたという感じだ』

 そのわかりやすい力というのが魔導書の魔法、そして初めからラウラには精霊を見る力があったと彼女はそう言いたいんだろう。

 ……それにしてもこんな風に見える人間が当たり前にいるものなのかな? それとも私は本当に偶然見えていて、さらに魔導書に適応していただけ?

 ニコラの話を聞いても疑問に思う部分は多くある、というかそもそも精霊って深く考えると何なのだろう。

 魔法とも神様とも違う人間以外の存在、いるとは言われているが、おとぎ話のなかでの空想の産物だと思ってやまなかった。

 ユニコーンや、ドラゴンのように居たら素敵だという動物、そういうたぐいだと思っていたのに、ニコラが本当の現実に存在するとなった場合、気になることは多くありすぎるのだ。

『じゃがな、ラウラよ。わしは決してお主を侮っていたわけではない。お主はひたむきじゃった、お主は報われるべきじゃ。

 ……ディースブルクもそうであった。特異な魔法を持っていたが、あやつは、自分一人だけ隠れるすべを持っていると領民に罵られていた。

 アマランスの花冠、あれは昔、ただその時期に多く輸入されるゆえに仕方なく消費するための術だった。しかし、やつは領民にそれをつけさせそれを目印に魔法を使い、人を守った。

 ひたむきに、望まれようとした透明人間であったあやつの努力は報われた』

 ニコラの言うディースブルクは誰の事だかすぐにわかる。ラウラに透明化魔法を与えてくれた魔導書を書いた、初代の事だろう。

『だからこそ同じ系譜のお主の姿を見ていれば適応することはわかっておった。
 
 これはわしと同じに奴が思っているという事じゃ、魔導書の中からお主を見ていた。お主は報われるべきじゃと誰もが思ったそれだけの話だ、ラウラよ』

 ……魔導書の中から……。

 そんな風に選んでくれたとするのならばラウラはとてもうれしい。

 魔導書がどういうものかも精霊がどういうものかもあまりわからないけれど、ニコラの言葉から、伝わってくるのは愛情だけだ。

『お主は力をどう使ってもいい、どう生きたい。わしはお主が望む限りお主のそばにいる。……わしらは……友人だろう。ラウラ』
「うん。……ニコラ」

 結局色々と思う所のあったニコラは不憫なラウラに与えただけだ。

 その与えたいと思った気持ちがどんなものだったか、正しい事は誰にも分らない。

 けれども、侮られていたとも憐れまれていたとも思わない。思いやってくれたのだとラウラは思う。

 それならば、受け取ったものをラウラは、きちんと使いたい。友人からのありがたいプレゼントを使って何をしよう。

 どう自分はなっていきたいだろうか。

「ずっと一緒にいよう。これからさきずっと、私ニコラが望んでくれたように幸せになるから」
『そうしてくれ、わしはなんでも手伝うぞ。お主は何を望むんじゃ?』

 問われてラウラ達はそれから色々なことを話した。

 精霊の話も、魔法の話も、昔の事も。

 その楽し気なラウラの横顔には、希望もなくただどうしようもなく思っていたあの日のディースブルクに伯爵邸にいたラウラの面影はなく、未来に突き進む自由な少女が一人、将来の夢を友人と語り合う姿があるだけだった。



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