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「少しかがみなさい」

 言われて、小さく背中を丸める。すると彼は俺の両耳を手で塞ぎ、すぐに離す。

 ボワっと耳から変な音がして、急になにか詰まっているような音が聞こえづらい状態になる。
 妙な感じに、首を左右に降ってみても、唾液を飲み込んでみてもそれは変わらない。

「軽く、感覚を遮断している、違和感はあるだろうが、私の声は聞こえるだろう?」
「っ……」
 
 耳元で声を出されたような感覚がして、体をビクッと小さくする。彼は目の前にいて、動いてはいないはずなのに感覚がおかしい。
 
「シリル、少し声を出してみなさい」
「……なに」

 言われて、何となく声を出すと自分の声は遠い。耳栓をしたまま話をしているようだ。
 感覚が気色悪くて、自分でも耳を抑えて手のひらを押し付けて見るが、耳を塞いだ時特有のごぉと響くような音が聞こえない。

「視覚も遮断できるが、今日の趣旨をズレてしまうからね、やめておこう」
「……どう、やってんの」

 彼の声だけ音量が大きく自分の声は遠くから聞こえる。そのせいで、内容に上手く集中ができない。
 ただ、今の時点で、すでに自分の行動を後悔しているので、出来るだけ次に進むのを避けたい。

 唐突に、感覚遮断なんて言われても意味わかんねぇんだけど。

 どうなってんだこれ。魔力とか魔術は相変わらず理解不能だ。

「単純に君から聴覚を奪っているだけだ、後で返すさ」
「、耳、元で、あんたの声すんのは」
「そういう調整を魔力でしているからね。魔術は、大きなものを持ち上げたり、何かを作り出したり、そういった派手な事は出来ないが、人体に対してであれば、重要な器官を奪うことも出来る。それも、低コストでね」
「……物騒」
「くくっ、安心しなさい。繊細な魔力の操作が必要だから、出来る者も多くない心配いらないよ」

 なぜ唐突に俺が別の人間を怖がっていると思ったのだろうか。俺は今、あんたが怖いんだけど。

 他の人間には出来ないことが出来て、そんでもって、なんでこんな事に使ってんだ。

 「……さぁ、シリル、私の手を見て、掌の一点をじっと」
「……」

 ヴァレールはそういい、俺の目の前に手をかざす。意図が分からなかったがとりあえず、見つめるだけならばと思い従う。

 するとヴァレールは、ゆっくりと手を俺に向けて近づけてくる。危険は無さそうなので、そのまま掌を見つめていると、彼は俺の目を覆うようにそのまま手を当てて、視界を奪われる。視覚を奪うなら、魔術でやればいいのにと思っていると、唐突に引かれて片手を強く、体が前に倒れる。

 瞬間、瞼の向こうから強い閃光が、二、三度バチバチと光を放って、急な事に強く瞼をとじるのに頭の奥まで白くなって、目眩がする。

「うっ」

 目を覆っていた手を離されても、思考に鮮明さがない。音も聞こえづらく、ぼんやりと自分の声があとから響いて、何故かまっすぐ立っている事が出来ない。平衡感覚を失ってしまったように前に後ろにと、体が揺れる。

 な、何で……いや、何が。……??何だっけな。

 思考がまとまっていない自覚はある。けれどそれをどうにかしようという気が起きない。これが対敵している時などであれば、自分の事を自分で打ってでも、目を覚ますと言うのに、今は、その必要が無いと感じる。

 どう考えても、安全ではないはずなのに、焦点が合わない目でヴァレールを見つめる。
 
「……上手く入ったね」
「……??なぁ、あ、ヴァレール」
「シリル、無理はしなくていい。耳が聞こえづらい状態で話をするのは、苦痛だろう、黙りなさい」

 黙る?

 そう言葉を認識した瞬間には、声は出なくなっていた。魔法か何かで奪われたのではない。出したいと到底思えなくなった。
 声を出すのも億劫で、それでいてヴァレールの言った言葉がすんなりと、受け入れられる。

「さて……少し、遊ぼうか」

 彼は、口角だけ上げて、優しく微笑んでいるような表情を作り、口を開く。

「お座りしてご覧、シリル」

 んな事、できるか。ばぁか。

 いつもの調子で答えたつもりが自然と視線が低くなって、ちょうど彼の膝の高さにくる。
 目線だけ動かして自分の状態を確認すると、女のようにペタンとカーペットに座り込んでいた。

 ……??はぁ?んだこれ。

 暴言を吐きたくなったが、とりあえず、人の足元に居るのに、悪態をつくと蹴られるので立ち上がろうと腕に力を込める。

「私の指示以外に力は入らないよ」

 俺の行動を見てヴァレールはそう付け足す、すると言われた通りに、腕にも力が入らなくなって彼を見上げる。

「大丈夫だ、シリル。君は今、私に従うことが心地いい。抵抗する気も起きない、ならば体の自由は必要無い」
「……っ、……」

 そんなはずは無い。屈辱的な事に変わりは無いはずだ、自分はそういうタイプだと知っている。その事実は変わらないはずなのに、反論の声も出ない。
声に出せない考えはかき消されて、自分の耳元で聞こえる唯一の音が、頭の中で反響する。

 違うと、何度も否定しても、彼の前で拘束されているわけでもないのにお座りをしていて、自分が望んだからこその自分の態度だと、思考が塗り替えられていく。

 ヴァレールは煙草を片手に、俺の頭を緩く撫でる。ちょうど、今俺は犬猫と同じぐらいの背丈だろう。撫でやすそうだった。

「せっかくなら、なにか普段できない事をさせたいな」
「……」
「不服そうな顔だ。何の魔術をかけられているか理解出来ていないんだろう?教えてあげよう」

 声は出なくとも、顔には出ているらしい。

 「……お手」

 ヴァレールは、俺を撫でていた手を目の前に差し出す。頭の中では、やるわけねぇだろ。と否定するがやはり手が勝手に動き、両手で彼の手の上に見事にお手をした。

 犬?俺、なにしてんの?犬じゃねぇ……あ?

「君は、催淫が魔法で出来るんじゃないかといったね」

 言ったような気がする。ただこれは違うだろう。そういう気分になるという事も無く犬のような扱いをされているだけだ。

「ただ、催淫というのは非常に不確定な状態だ。私が知っている魔法でそれだけを目的にしたものは存在しない。であれば、そのような魔法にかかった状態に持っていけばいいんだろう」
「……」
「だったら、催眠状態でそう命じればいい、本来は洗脳などに使うのだがね。今回は特別だ」

 言いつつ彼は、ぼうっとして、開けっ放しになっている俺の口の中に指を入れる。

 彼の指が舌をまさぐって、引っ張ったり挟んだりと、弄ぶ。

「ッ……、ぁ、っ」
「催眠というのは案外簡単でね、魔術の補助と知識があれば、簡単に相手を催眠状態にすることが出来る。……シリル、舌を出しなさい」

 舌を引かれて、なんの抵抗も無く口を開けて、大きく舌を出す。
 説明を聞いても、自分の状況を打破する方法は分からなかった。催眠だと言われても、だから、どうと言うことも無い、奴隷証の命令信号のように、動きが支配されて、逆らえない。
 奴隷証との違いは、口答えも、まともな思考さえも出来ないところだろうか。

「それに、こうして、非道な事をしても、痛みを感じづらくする事も出来る」
「ッ、あぇ」

 まだ火のついている煙草をヴァレールは、俺の舌にふと近づける。少しでも動けば触れてしまうような状況で、それでも、あまり危機感がわかない。
 ふざけんな。いてぇに決まってんだろと、反論をするがやはり、頭の中で響く彼の声を変えることは出来ない。

 痛みが来るのだと、一応体は強ばって、無意識下で、彼のズボンの裾を強く握った。

「…………冗談だよ」

 くっと自嘲するように彼は笑って、そのまま煙草を握り潰す。手を開いた時には煙草も灰も初めから存在しなかったかのように消えている。

 何が、冗談だよ、だ。嘘つけ、あんた今すげぇやってみたそうにしてたぞ。

 彼は、眉間に皺を寄せるような笑い方をして再度、口の中に指を挿れる。
 歯列を指でゆっくりとなぞったり、えづく手間まで、喉まで指を押し込んだり、指で口の中を蹂躙する。

「そうだった、催淫だったな。……シリル、私に身を任せなさい」

 言われてさらに脱力する。
 彼は、俺の目をまた覆うように、手をかざしてそれから、バチッとまた頭の奥の方で何かが光った。

「ッああっ、」
「少し自律神経をいじったよ。あとで戻すから心配はいらない」
「っ、はっ……っ??」

 今まで、ぼんやりとしていた思考が急に、心地のいいものではなくなる。何かに怯えている時のように、どくどくと自分の心臓の音が強く聞こえて、触れられている口の中の感覚だけで、肌が粟立つ。

 上顎を擦りあげられ指を口から抜かれる、背骨がビクビクと跳ねて、方が震える。

 急な、体の変化にモゾモゾと足と足を擦り合わせる。妙な感覚なのだ、敏感になり過ぎて心地が悪い。服の感触が手触りの悪い麻でできているかのようで不快感を覚える。
 呼吸をする度に、何か暑いような気がして汗が出てくる感じがする。自分で自分の、腕をさすると、体は暑いのに手は冷えていて人肌だと感じられない。

 ッ、辛、嫌だ。

 催淫とかそういう感じじゃない、ただ単に体調が悪い時とにいている、風邪を引いて、体の感覚がいかれている時みたいだ。

「シリル、勝手に動いてはいけない」
「っ、……ッ、ゔぁ、れーる」
「苦しいかい。大丈夫、私の手で触れられると君は楽になれる。私の手だけは不快に感じない。いいね」

 頭は回らずに、言われた事に対して首肯する。コクコクと頷いて、それならそれでいいと思う。
 心地が悪いのは事実だ。まだ、奴隷という身分に慣れていなかったころのことを思い出す。風邪をこじらせ、熱にぼんやりしながらも休む事は許されず、言い表せないような不快感と、触れるもの全てに棘が付いていて、過敏な神経を逆なでられて居るようだった。

 似たような感じだ。すげぇ、嫌だ。

 無性に何かに腹が立ち、けれどぶつける当てもない、かと思えば酷く悲しくなる、情緒がおかしい。
 自分のおかしな状況に振り回されていればヴァレールは、俺に手を伸ばす。

 その手にすがって見れば、確かに、心地いい。触れられた部分だけ正常な輪郭を取り戻すようで、今すぐ、彼を抱きしめたくなった。

 こんな感情を抱いた時点で、催淫は魔術として成功しているような気がするが、これで終わりという事は無いだろう。

「おいで、気持ちよくしてあげよう、シリル」

 震える体に鞭をうち、何とか立ち上がり彼の上にいつものように乗ろうとすると、クルッと体を反転させられて、後ろから抱かれる形で、包み込まれる。

「シリル、まだ君は辛いままだ。体がおかしいだろう?妙に敏感で、神経質な感覚だ。わかるかな」

 こくんと頷く。言われるまでは、気になっていなかったのに、どうしてかそう言われると、心地の悪い、感覚が戻ってくる。

「それは一度、射精すれば開放される、けれど君は自分では触れない」
「ッ、なっ、んで」
「理由は無いよ。私がそうしたいからそうなるだけだ。君は自分で触れない」

 もう一度同じことを復唱されて、反抗的な考えは掻き消える。先程まで、ヴァレールの声は音量が大きたかっただけだったが、今では実際に、耳元で、話されている。吐息がかかって、大きな彼の手の中にいる。反抗できる余地がなかった。

 触れられない、手を縛られているわけでも無いし、不自由もないはずなのに、手が動かせない。ずっしりと重りが着いているようで、重たくて動かすことが出来ない。

 イけば楽になれるって、すげぇ陳腐だがわかりやすい。そう言われてしまえば、自ずと意識する。今日はズボンを脱いでいないので、下着の中で自分のモノが大きくなって少し辛い。
  
 というか、洗脳と言うのはよくよく考えたら暗示みたいなもののはずなのに何で自分は、こんなに従順になっているのだろう。
 バカバカしい、効くわけないと思えば効かないんじゃないのか、そう思うのに、ヴァレールに当てられた光のようなものが頭の奥の方でひっかかり、どうしたらいいのかという思考にまで至らない。

「くくっ、素直だね。君は、一応これで催淫は体感できたかな」
「ッ、出来た。……っ、はぁ、わかった。から」
「じゃあ、どの程度感度が上がっているか試そうか。今の君は普段より、敏感なはずだからね」
「ッ!……ま、て」
「鞭で打ったらどんな反応をするかな」

 制止の言葉を言えば、脅しのように鞭の話をされる。どう考えても、鞭なんか使われれば、醜態を晒すことは明白だった。
 それ以上声を出さずに彼に抱かれたまま項垂れる。




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