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 彼の部屋に入ると微かにラベンダーの香りがする。ちょうどアロマキャンドルに火をつけたところらしく、ついでにヴァレールはそのジッポの炎を自分の煙草へも近づけ火をつけた。

 安眠がどうのこうのと何時だかのご主人様が行っていた気がするが、同じ部屋で煙草を吸ってしまったらその意味も無いだろう。

「早かったな……おいで」

 俺に声をかけて、灰皿を持ったままベットへと移動する。俺もそれに続いてベットの側までよる。彼は縁に腰掛けて、灰を落としてまた煙を吸い込む。

「さて、少しは、肉づきが良くなってるといいんだが」

 ヴァレールはおもむろに俺の腹を触り、腰周りをなぞる。夜中にケーキの原因が分かった。

 うまいもんで肥えさせようとしてたって事かよ。俺は家畜じゃねぇんだけど。ついでに鶏ガラでもない。肉はある程度ついている。

「ハッ……女みたいな柔けぇ体が好みなら他をあたれよ」
「違うな、不健康な痩せ方をしているだろう、私は健康体の方が好みだ」
「知るか、別に問題ねぇのに」
「彼らの菓子は美味いだろう?それでも気に入らないかな」
「……」

 まぁ、文句は無い。だが多分、俺はこれがベストな体型なのか、これ以上太った事は無い。上にももう伸びないし、今更体が重くなんのは勘弁だけどな。

「菓子はうめぇよ」
「なら問題はないね」
「……多分な」

 俺が了承するとヴァレールは緩く微笑み手を引く。それに従い体を預けると抱きしめられる。
 
 ああ、そうだった。話があったんだ。

「なぁ……」
「どうした?」

 なんて聞いたらいい?あの双子は何物か?そう聞けばコックだと返ってきそうだ。じゃあ、人間かどうか?……笑われっかな。

 ……。

「……魔術って、何が出来んだ?」
「急だな」
「双子が、出たり消えたりしてる……から、気になった」
「ああ、なるほど。あれは私の制作物でね。魔術品だよ。他にもまぁ、これでも稀代の魔術師なんて異名があるから、割合なんでもできるさ」
「だっせぇ。あだ名……」
「私もそう思う」
 
 どうやら、異名は気に入っていないようだ。
 しかし、魔術品……魔術品か!っ……。

 よ、良かった。
 
 これなら、明日も気軽にケーキが食べられる。魔術品を使っている理由は、後で本人に聞けばいいだろう。
 
「しかし、よくあの二人が姿を見せたね」
「多分、俺をおちょくってんだ」
「どうかな、割と真面目な人間だよ、彼らは」
「真面目なやつが、他人のこと猫だ、鶏ガラだって言うかよ」
「鶏ガラはどうかと思うが……猫か。あながち間違ってないな」

 そう笑って、煙草を消し、さらに俺を引き寄せる。
 そのまま座っている彼に腕を引かれて膝に跨り、体を預ける。

 頭を撫でられ、ついでに顎をこしょこしょと猫にやるようにされる。悪くはないが、俺は撫でられる方が好きだ。

「仲良くしてやってくれ…………君が猫だとするなら彼らは、従順だから犬だろうな」
「……あんたの?」
「違うよ、フロランの……かな」
「そういや。あいつら付き合ってんだっけな」
「いいや、まだそういう関係ではないと思うよ。厳密には分からないけれど」
「……しょっちゅう一緒にいるって聞くけど」

 確かに、ついて回っているという意味では、犬っぽいが、俺に話しかけて来るスタンスでフロランとも話しているのなら……そもそも双子と付き合っているってどういう関係だろう。そしてフロランとは、種族差もあれば同性であるはずだ。

 なんか、散らかった関係性だな。
 考えるのが面倒になり、思考を放棄する。

 まぁ、あれだ。両方何を考えいるのか分かりずらいので、俺なんかが考察しても意味は無い。

「共に居ても踏み込めないのさ。フロラン相手ではそう簡単に手も出せないだろう」
「……確かに」

 彼女の華麗な回し蹴りを思い出す。性欲の対象にでもしもうものなら返り討ちにされそうだ。

 それに、確か娼館に勤めていたともフロランは行っていたので、尚更手が出しづらい、心情的に。

「あんた、なんかねぇのか?都合のいい魔術」
「例えばどんなものかな」
「ん、……いや、俺全然わかんねぇけど。催淫……てきな」

 そんな感じで、魔法をかけて……。って、そりゃレイプだ。良くない。相手の了承がなければ、後々、大変な事になる。
  
 俺、何言ってんだろ。馬鹿だな、と思いつつ、緩い会話とラベンダーの香りのせいか少し眠たくなってきた。

「……」

 彼の返事が返ってこないので、目線だけで見上げれば、すぐ側から見下ろしていて、不意に目が合った。

「……出来るが、多分、嫌われるだろうね」

 ……、……。

 嫌な予感がして、彼の上から降りようと身を引くが、力強く腰を抱かれて、力が拮抗する。
 
 何しやがる、こいつ。このやろ。ただでさえ、鞭で打ったり、玩具使ったり、拘束したりとバリエーション豊富な責め方をしてくる上に、こいつ。

「は、な、せ」
「ふふ、どうした?つれないじゃないか、シリル。最近やっとこうして触れ合っていてもリラックス出来るようになってきたというのに」
「うっるせぇ~、いいから、離せ」

 最近の彼は、欲を隠さなくなってきていた。出会った時はあれほど、無害そうな顔を取り繕っていたのに今では、目はギラギラしているし獣そのものだ。

 わかりやすいのはいい事だが、こいつは絶対今、よからぬ事を考えている。

「大丈夫だ、君がお利口にしてくれれば、そう酷くしない」
「ッ……むり」
「駄々を捏ねてもいいことはないよ、シリル。仕置がきつくなるだけだ」
「……っ、はなせって」

 彼の勢いに負けずに俺も睨み返すと、ヴァレールは少し考えたあと、少し欲望を取り繕ってパッと手を離す。

 彼のうえから降りたはいいものの、このまま部屋から走りさるわけにもいかずに二、三歩後退して、じっと見つめる。

「ふむ……どうしたものかな」
「……」

 参ったなというような仕草に少し苛立つ、嫌なのは当たり前だろう。絶対魔術を使うつもりだ。俺からすれば得体のしれない力だし、何をされるか予想もつかないところが怖い。彼の裁量で、どうにでもなってしまう確証のなさが嫌だ。

「……」
「……」

 今回ばかりは折れない。絶対に嫌だ。

 そう、意識して沈黙に耐えて目を逸らさずにいるのに、彼はそんな俺の心情をまったく汲み取ってはくれない。

「シリル」
「無理だっ」
「まだ、何も言っていないよ。……どうしてそれほど嫌がる」
「……何されっかわかんねぇし」
「…………シリル、私は君に、嫌われるようなことはしない。ただ少しの遊びだよ。君も楽しめばいい」

 ……確かに、拒絶したくなるような事はされていない。今のところ、性欲のはけ口にされていたり、事後に放置されたり、命の危険があるような事は無い。

 ヴァレールがそれをしない人間だと言うこともまあまあわかっている。

 でも、魔術は。対処出来ねぇし……。

 ただ、いつも対処出来ているかと言われれば、そうでも無い……ような。

「シリル、おいで、いい子だから」

 子供扱いすんな。ちくしょう。

 彼に呼ばれるとつい、そばに寄りたくなる。ただ、それは俺が悪いわけじゃない、彼の声とか、表情とか、そういう風にさせるヴァレールが悪い。
 
 だから、これは俺の意識じゃねぇ。

 適当に自分に言い訳をつけて、元の位置まで戻る。彼の要求を飲むのはこれで何回目だろうか。もう数えていない。

 単なるくたびれたおっさんの癖に。何でこう、いつも、俺は従ってんだろぉな。

 俺の手を取り、彼は笑みを深める、取り繕ったその表情の裏側には、残虐に俺をいたぶって楽しむ加虐的な部分が隠れている。
 他の誰かに向けられたなら、殺してやりたい程、嫌な欲望なのに、こうして彼に向けられるのは……ヴァレールになら……。

 馬鹿だな。俺。

「……偉いな」

  普段セットしている髪が、こうしてプライベートな時間にだけ、柔らかに揺れるのも。熱の篭った視線も、ふしくれだった大きな指も、薄くやわい唇も全てが俺の判断を鈍らせて困る。

  頬に添えられた手から、先程まで吸っていた煙草の匂いが緩く香ってどうしようも無いなと思う。




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