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図書委員は遼だけが忙しい
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放課後、遼は図書委員の当番に当たっていたので図書室に行った。五時まで貸し出し業務をこなす。
もう一人相方になる図書委員がいて、高等部一年生の鴇田だった。
鴇田は文芸部に所属している。図書委員の当番でない日も鴇田はときどき図書閲覧室にやって来てノートパソコンに自作の小説を打ち込んでいた。彼によると文芸部はとにかく課題を与えられて何でもかんでも小説にするらしい。とんでもない部活だと鴇田自身も嘆いていた。
「今日は暇かな」遼は鴇田に話しかけた。
「いえ、ふだんより忙しいと思います」鴇田は答えた。
「そうなのか?」
「香月さんが貸し出しに立つと本を借りる生徒が五割増しになります」
「冗談だろ?」
「本当です。ほら来た」
言っているそばから女子生徒が二人本を持ってきた。中等部の生徒だった。その二人は遼の前に並んだ。
「ボク、書庫の方に行ってます」そう言い残して鴇田は書庫へと引っ込んだ。
一人ずつ相手にすればすぐ済むのに鴇田は遼に二人を任せる形になった。どうもそれが女子生徒たちの希望に沿うようだ。
「期限は二週間ね」遼はいつものように無表情で女子生徒たちに本を渡した。
その後も何人か遼が手持ち無沙汰になったかと思うタイミングで下級生女子が本を借りに来た。
それが落ち着いた頃、鴇田が戻ってきた。
「このくらいが当たり前だと思っていたよ」
「それが違うのですよ。試しに今度はボクが受付に立ってみます。香月さんは離れたところから見ていて下さい」
遼は鴇田と交代し、書庫の入口辺りで鴇田の方を窺っていた。しかし鴇田のところへ本の貸し借りにやって来る生徒はいなかった。
放課後になってある程度時間が経過したからだと遼は思ったが、書庫の方から声がかかった。
「あの……」
「はい?」
遼が振り返ると下級生と思われる女子生徒が二人、遼を見上げるように立っていた。
「本を探しているのですが」
「どんな本です?」
「タイトルを忘れてしまって」
「一緒に探しましょう。何かヒントになることを覚えていますか?」
遼は目を輝かせる女子生徒二人とともに書庫に入ることになった。
「タイトルではなくて作者名はわかりますか?」
「それも忘れてしまって」
女子生徒は申し訳なさそうな顔をしたが、かといって悲観している様子でもなかった。まるで香月遼なら探し当ててくれるだろうと信じているようだ。
「内容は?」
「異世界転生みたいな話です」
「学園の図書室にラノベはほとんどおいていませんよ」
「国語の先生がチラッと教えてくれた本で、図書室にあると」
遼は女子生徒の名札を見て学年を確認した。名前は見ても覚えられない。
「高等部一年生なら現国は御子神先生ですね?」
「そうです」
「どんな話か覚えていますか?」
「たしか、ヤンキーがケンカして殴られて死んたら異世界に転生して、そこで現代の知識を駆使して成り上がっていく、とかいう話だったかと」
「日蝕を起こす魔法を使ったり、騎士と決闘したりとか……」もう一人の女子も加わった。
「それは多分、異世界ではなくて六世紀の英国ですね。アーサー王の時代だと思います」
遼はその本が何であるかわかった。御子神が話したというのも大きなヒントだ。しかし御子神の話が難しかったのかいろいろと誤解している。「ヤンキー」の意味も違っている気がした。
「そうです、そうです、アーサー王とか言ってました」
「マーク・トウェインの『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』です。本によっては『コネチカット』がとれているものもありますが、ここにあるのは『コネチカット』がついている本ですね」ニューヨーク版が「アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー」で、ロンドン版が「アーサー王宮廷のヤンキー」なのだ。そして書庫にあるのはニューヨーク版の翻訳だった。
「あ、そんなタイトルでした」
遼は英米文学の書棚に行き、彼女たちが探していた本を指し示した。
「十九世紀に書かれた本の日本語訳ですから文体はラノベみたいに読みやすくはないですよ」
「そうなんですか?」
「でもとても面白い本です。是非読んで下さい」
「はい」女子生徒二人は顔を見合わせて笑った。
本を手にした二人を貸し出し受付まで連れていく。
そこにいた鴇田は淡々と業務をこなした。相手は同じ一年生だったが接点はないようだ。余計な雑談は一切なかった。
二人は何度も遼に頭を下げて帰っていった。
「今の二人が、ボクがここに立って最初の『客』です」
「もう放課後になってから時間もたっているしなあ」
「ボクは書庫で本を探してと頼まれることはありませんよ」
「そうなのか」
「香月さんは目立ちますからね」
「気配を消す修行をしたいな」
「無理でしょう」
鴇田が言う通り、遼が受付に立つと本を借りる女生徒の列ができた。
五時になったので、ゆっくりと後片付けと下校の準備を始めた。書庫は鍵をかけることになるが、閲覧室は六時まで開放で、勉強している生徒もいた。うるさくなければ会話も可だから勉強会をしているグループもあった。
鴇田はそれらに混じってもう少し残り、文芸部の課題をこなすようだ。
鴇田が腰かけたテーブルには他にも文芸部らしき男女混じった一団がいた。顔はみな知っている。名前がなかなか覚えられないだけだ。
何気なく遼は鴇田に訊いた。「文芸部は部室で集まったりしないの?」
「あそこだと捗らないからですよ。うんちくを語る部屋の主がいて、その相手をするのが大変なんです。だからどこか別のところで作業するわけです」
「なるほど、主ね」遼は笑った。「じゃあボクは帰るから」
遼は鴇田たちに手を振った。
文芸部の主のことは遼も知っていた。確かに話を聞いていたら何もできないだろう。なかなか興味深い話をいくつも聞かせてもらえるのだがずっと付き合うわけにもいかない。文芸部部員も大変だなと遼は思った。
もう一人相方になる図書委員がいて、高等部一年生の鴇田だった。
鴇田は文芸部に所属している。図書委員の当番でない日も鴇田はときどき図書閲覧室にやって来てノートパソコンに自作の小説を打ち込んでいた。彼によると文芸部はとにかく課題を与えられて何でもかんでも小説にするらしい。とんでもない部活だと鴇田自身も嘆いていた。
「今日は暇かな」遼は鴇田に話しかけた。
「いえ、ふだんより忙しいと思います」鴇田は答えた。
「そうなのか?」
「香月さんが貸し出しに立つと本を借りる生徒が五割増しになります」
「冗談だろ?」
「本当です。ほら来た」
言っているそばから女子生徒が二人本を持ってきた。中等部の生徒だった。その二人は遼の前に並んだ。
「ボク、書庫の方に行ってます」そう言い残して鴇田は書庫へと引っ込んだ。
一人ずつ相手にすればすぐ済むのに鴇田は遼に二人を任せる形になった。どうもそれが女子生徒たちの希望に沿うようだ。
「期限は二週間ね」遼はいつものように無表情で女子生徒たちに本を渡した。
その後も何人か遼が手持ち無沙汰になったかと思うタイミングで下級生女子が本を借りに来た。
それが落ち着いた頃、鴇田が戻ってきた。
「このくらいが当たり前だと思っていたよ」
「それが違うのですよ。試しに今度はボクが受付に立ってみます。香月さんは離れたところから見ていて下さい」
遼は鴇田と交代し、書庫の入口辺りで鴇田の方を窺っていた。しかし鴇田のところへ本の貸し借りにやって来る生徒はいなかった。
放課後になってある程度時間が経過したからだと遼は思ったが、書庫の方から声がかかった。
「あの……」
「はい?」
遼が振り返ると下級生と思われる女子生徒が二人、遼を見上げるように立っていた。
「本を探しているのですが」
「どんな本です?」
「タイトルを忘れてしまって」
「一緒に探しましょう。何かヒントになることを覚えていますか?」
遼は目を輝かせる女子生徒二人とともに書庫に入ることになった。
「タイトルではなくて作者名はわかりますか?」
「それも忘れてしまって」
女子生徒は申し訳なさそうな顔をしたが、かといって悲観している様子でもなかった。まるで香月遼なら探し当ててくれるだろうと信じているようだ。
「内容は?」
「異世界転生みたいな話です」
「学園の図書室にラノベはほとんどおいていませんよ」
「国語の先生がチラッと教えてくれた本で、図書室にあると」
遼は女子生徒の名札を見て学年を確認した。名前は見ても覚えられない。
「高等部一年生なら現国は御子神先生ですね?」
「そうです」
「どんな話か覚えていますか?」
「たしか、ヤンキーがケンカして殴られて死んたら異世界に転生して、そこで現代の知識を駆使して成り上がっていく、とかいう話だったかと」
「日蝕を起こす魔法を使ったり、騎士と決闘したりとか……」もう一人の女子も加わった。
「それは多分、異世界ではなくて六世紀の英国ですね。アーサー王の時代だと思います」
遼はその本が何であるかわかった。御子神が話したというのも大きなヒントだ。しかし御子神の話が難しかったのかいろいろと誤解している。「ヤンキー」の意味も違っている気がした。
「そうです、そうです、アーサー王とか言ってました」
「マーク・トウェインの『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』です。本によっては『コネチカット』がとれているものもありますが、ここにあるのは『コネチカット』がついている本ですね」ニューヨーク版が「アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー」で、ロンドン版が「アーサー王宮廷のヤンキー」なのだ。そして書庫にあるのはニューヨーク版の翻訳だった。
「あ、そんなタイトルでした」
遼は英米文学の書棚に行き、彼女たちが探していた本を指し示した。
「十九世紀に書かれた本の日本語訳ですから文体はラノベみたいに読みやすくはないですよ」
「そうなんですか?」
「でもとても面白い本です。是非読んで下さい」
「はい」女子生徒二人は顔を見合わせて笑った。
本を手にした二人を貸し出し受付まで連れていく。
そこにいた鴇田は淡々と業務をこなした。相手は同じ一年生だったが接点はないようだ。余計な雑談は一切なかった。
二人は何度も遼に頭を下げて帰っていった。
「今の二人が、ボクがここに立って最初の『客』です」
「もう放課後になってから時間もたっているしなあ」
「ボクは書庫で本を探してと頼まれることはありませんよ」
「そうなのか」
「香月さんは目立ちますからね」
「気配を消す修行をしたいな」
「無理でしょう」
鴇田が言う通り、遼が受付に立つと本を借りる女生徒の列ができた。
五時になったので、ゆっくりと後片付けと下校の準備を始めた。書庫は鍵をかけることになるが、閲覧室は六時まで開放で、勉強している生徒もいた。うるさくなければ会話も可だから勉強会をしているグループもあった。
鴇田はそれらに混じってもう少し残り、文芸部の課題をこなすようだ。
鴇田が腰かけたテーブルには他にも文芸部らしき男女混じった一団がいた。顔はみな知っている。名前がなかなか覚えられないだけだ。
何気なく遼は鴇田に訊いた。「文芸部は部室で集まったりしないの?」
「あそこだと捗らないからですよ。うんちくを語る部屋の主がいて、その相手をするのが大変なんです。だからどこか別のところで作業するわけです」
「なるほど、主ね」遼は笑った。「じゃあボクは帰るから」
遼は鴇田たちに手を振った。
文芸部の主のことは遼も知っていた。確かに話を聞いていたら何もできないだろう。なかなか興味深い話をいくつも聞かせてもらえるのだがずっと付き合うわけにもいかない。文芸部部員も大変だなと遼は思った。
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