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気まぐれ遼の名言
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その日も退屈な一日だった。
休憩時間は本を読んでいる。昼休みは自分で用意した弁当をひとりで食べる。そして放課後は、一部の生徒は有志が集まって球技大会の練習をするようだが自由参加なので無視して図書室へ向かった。
図書委員の仕事がない日も毎日図書室には寄っている。たまに文芸部の一年生がいたりして、そこに演劇部顧問の国語教師がいろいろ教えに来るのを興味深く見るのが習慣のようになっていた。
なぜ演劇部顧問が文芸部の一年生部員に構うのかと言えば、もともとこの教師が文芸部の顧問をしていたらしい。そのことは白砂からも聞いた。
そして今日、図書室には演劇部顧問の国語教師御子神と白砂が揃って来ていた。
「先生方お二人揃っていらっしゃるのは珍しいですね」遼が声をかけるのも珍しかった。
「たまたまだよ」御子神は言った。「たまたま白砂先生を見かけたものだから声をかけた」
「畏れ入ります」白砂は頭を下げる。よくできた教え子の姿勢だ。
「演劇部の芝居に出てくれないかと言っておったところだ」
「先生、お芝居されるのですか?」遼は白砂に訊いた。
「ここの生徒だった頃何回かね」
「観てみたいですね」
「ダメよ、部活なのだから、生徒でないと」
「構わないよ。教師も時々出ている」御子神は言った。「特に白砂先生は経験者だし卒業生でもあるし、全く問題ない」
「困りますわ」
「演劇部は部員も多くないし、他の部活やどこにも所属していない生徒に助っ人を頼んでおる。君の妹さんにも出てもらったことがあるな」御子神は遼を見た。
「そうでしたね。大丈夫かなと思ったのですが、先生の指導が良かったと思いますよ」
「批評家の君に褒められて私も嬉しいよ」
「ボクは批評家でもないですが」
妹の星は部活連の助っ人団にいて様々な部活で助っ人をしていた。体育会系の部活がほとんどなのだが、演劇部の劇に出たこともある。担当学年でもない教師の目に留まるのだからたいした存在感だ。
「何なら君も出るか?」
「ご冗談を」遼ははっきりと拒否した。「ボクは本を読むしか能がない人間なんです」
「自己評価低いね」白砂が口を挟んだ。「中間テスト、六位だったじゃない」
「間違いでしょう。他の生徒が韜晦してるんですよ、きっと」
「また妹さんに声をかけてみるかな」
「あいつ、結構忙しいやつでして、練習はあまりできないと思いますよ」
「大丈夫だ。彼女なら」そう言って御子神は用事を思い出したらしく去っていった。
「ボクは先生のお芝居観たいですね」
「自分は出ないのに? 君が出るのなら考えようかな」
「ボクは出ませんよ」
「そういえば六月には市民会館で観劇があったわね。今年は何だったかしら」
毎年学校の行事として映画鑑賞、落語鑑賞、演劇鑑賞などがあり、今年は六月に演劇鑑賞が決まっていた。
「確かチェーホフの『ワーニャ伯父さん』だったかと」
「ああ、それそれ。御子神先生と倉敷先生の推しで決まったものだわ」
「教師が観たいものを決めるなんて役得ですね」
「生徒に訊くと二・五次元ものになったりするからよ。一応教養を身につけるためという名目だから娯楽性だけで決められないの」
「そうですか。では今度読んでおきます」
「読んだことなかったの?」
「ありますけど、忘れっぽいので」
「そう?」
「それに気になる台詞がいくつかあって、その舞台がどういう脚本にしているかも気になりますね」
「たとえば?」
「男と女の間に友情が成立するかを議論する際によく引用される台詞です。登場人物の名を忘れましたので誰の台詞かは言えませんが、こういうやつです。女が男の親友になるまでの順序とかいうやつで、はじめは友達、それから恋人、そしてその先が親友、とかいうものです。正確なのは記憶にないです」
「アーストロフだったかしら」
「名前は覚えてないです。とにかく男女が親友になるためにはその前段階として恋人関係になっていなければならない。別れた男女の間においてのみ男女の友情が成立すると言っているかのような台詞でボクは大変興味深く思いました」
「その台詞が世の中に流布されているものと異なると言いたいのでしょう?」
「さすがは先生ですね」
「チェーホフの名言として広く知られているのは、はじめが親友、それから恋人、最後がただの友達、と順序が逆になっているのよね? それだと全く意味が異なる。そういうところに興味を持つのもひとつの見方よね」
「同じ意見でボクはとても嬉しいです。先生と親友になってみたい」
「え? それ、どういう……」
「ではこれで」遼は口許にわずかな笑みを浮かべて白砂から離れた。
休憩時間は本を読んでいる。昼休みは自分で用意した弁当をひとりで食べる。そして放課後は、一部の生徒は有志が集まって球技大会の練習をするようだが自由参加なので無視して図書室へ向かった。
図書委員の仕事がない日も毎日図書室には寄っている。たまに文芸部の一年生がいたりして、そこに演劇部顧問の国語教師がいろいろ教えに来るのを興味深く見るのが習慣のようになっていた。
なぜ演劇部顧問が文芸部の一年生部員に構うのかと言えば、もともとこの教師が文芸部の顧問をしていたらしい。そのことは白砂からも聞いた。
そして今日、図書室には演劇部顧問の国語教師御子神と白砂が揃って来ていた。
「先生方お二人揃っていらっしゃるのは珍しいですね」遼が声をかけるのも珍しかった。
「たまたまだよ」御子神は言った。「たまたま白砂先生を見かけたものだから声をかけた」
「畏れ入ります」白砂は頭を下げる。よくできた教え子の姿勢だ。
「演劇部の芝居に出てくれないかと言っておったところだ」
「先生、お芝居されるのですか?」遼は白砂に訊いた。
「ここの生徒だった頃何回かね」
「観てみたいですね」
「ダメよ、部活なのだから、生徒でないと」
「構わないよ。教師も時々出ている」御子神は言った。「特に白砂先生は経験者だし卒業生でもあるし、全く問題ない」
「困りますわ」
「演劇部は部員も多くないし、他の部活やどこにも所属していない生徒に助っ人を頼んでおる。君の妹さんにも出てもらったことがあるな」御子神は遼を見た。
「そうでしたね。大丈夫かなと思ったのですが、先生の指導が良かったと思いますよ」
「批評家の君に褒められて私も嬉しいよ」
「ボクは批評家でもないですが」
妹の星は部活連の助っ人団にいて様々な部活で助っ人をしていた。体育会系の部活がほとんどなのだが、演劇部の劇に出たこともある。担当学年でもない教師の目に留まるのだからたいした存在感だ。
「何なら君も出るか?」
「ご冗談を」遼ははっきりと拒否した。「ボクは本を読むしか能がない人間なんです」
「自己評価低いね」白砂が口を挟んだ。「中間テスト、六位だったじゃない」
「間違いでしょう。他の生徒が韜晦してるんですよ、きっと」
「また妹さんに声をかけてみるかな」
「あいつ、結構忙しいやつでして、練習はあまりできないと思いますよ」
「大丈夫だ。彼女なら」そう言って御子神は用事を思い出したらしく去っていった。
「ボクは先生のお芝居観たいですね」
「自分は出ないのに? 君が出るのなら考えようかな」
「ボクは出ませんよ」
「そういえば六月には市民会館で観劇があったわね。今年は何だったかしら」
毎年学校の行事として映画鑑賞、落語鑑賞、演劇鑑賞などがあり、今年は六月に演劇鑑賞が決まっていた。
「確かチェーホフの『ワーニャ伯父さん』だったかと」
「ああ、それそれ。御子神先生と倉敷先生の推しで決まったものだわ」
「教師が観たいものを決めるなんて役得ですね」
「生徒に訊くと二・五次元ものになったりするからよ。一応教養を身につけるためという名目だから娯楽性だけで決められないの」
「そうですか。では今度読んでおきます」
「読んだことなかったの?」
「ありますけど、忘れっぽいので」
「そう?」
「それに気になる台詞がいくつかあって、その舞台がどういう脚本にしているかも気になりますね」
「たとえば?」
「男と女の間に友情が成立するかを議論する際によく引用される台詞です。登場人物の名を忘れましたので誰の台詞かは言えませんが、こういうやつです。女が男の親友になるまでの順序とかいうやつで、はじめは友達、それから恋人、そしてその先が親友、とかいうものです。正確なのは記憶にないです」
「アーストロフだったかしら」
「名前は覚えてないです。とにかく男女が親友になるためにはその前段階として恋人関係になっていなければならない。別れた男女の間においてのみ男女の友情が成立すると言っているかのような台詞でボクは大変興味深く思いました」
「その台詞が世の中に流布されているものと異なると言いたいのでしょう?」
「さすがは先生ですね」
「チェーホフの名言として広く知られているのは、はじめが親友、それから恋人、最後がただの友達、と順序が逆になっているのよね? それだと全く意味が異なる。そういうところに興味を持つのもひとつの見方よね」
「同じ意見でボクはとても嬉しいです。先生と親友になってみたい」
「え? それ、どういう……」
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