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ファミレスの小田切

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 その日も速攻で帰った。自宅マンションに弟妹はいなかった。「ふーちゃん家にいってくる」とスマホにメッセージがあった。
 留守番のために二人に一台スマホを持たせていた。家に帰ったらスマホを持って出かける。たいてい二人一緒だ。
 連絡を入れてくるのは妹の璃音りおの方だ。語尾に女の子マークをつけているので判別できる。マンション内に友だちの家があるようで、最近よく遊びに行っていた。
 明音は夕食の準備をしてバイトに出た。このところ平日もシフトに入っている。学校に届けている時間を明らかに超えていて、指導を受けないか冷や冷やしていた。しかし店長に頼まれると断れない。とにかく、学業で不振にならないよう努めなければならなかった。
 バイト先のファミレスに来てみると、厨房で店長が新人の指導をしていた。その新人の顔を見て、明音は一瞬固まってしまった。小学校時代の同級生男子だった。
「よお、明音」小田切おだぎりがにやついたように明音には見えた。
「小田切、ここでバイトするの?」
 小田切は少し前に客としてこの店を利用し、明音が働いていることを知っていた。知った上でここをバイト先として選んだのだ。
「よろしくな」小田切は右手をこめかみの辺りまで上げて笑った。
 配置が違うのでずっと一緒ではないが、食器を洗い場まで運ぶ際には顔を合わすことになる。また面倒なやつが来たものだ、と明音は思った。
 とはいえ、関わりたくない相手でも最低限のコミュニケーションをとってしまう。その日のラストオーダーがすみ、まだ客が残っているとはいえ店の片付け態勢に入った頃、一言二言小田切と話をした。
秀星しゅうせい学院に入ったんだ? 頑張ったんだね」
 秀星学院は御堂藤みどうふじ学園より偏差値が高かった。公立中学卒で入った小田切に敬意は表しておく。
「特進ではないけどな」小田切は頭を掻こうとして手を止めた。
「秀星はスポーツも盛んだよね」
 進学に特化した特進クラス以外にスポーツ推薦のクラスもある。地元では有名なお嬢様学校だった御堂藤みどうふじ学園より秀星学院の方が全国的には有名なのだ。
「まあオレは帰宅部だけどな」
「サッカーやってなかった?」
「やってただけだよ。秀星のサッカー部はまだ都内ベスト八止まりだけどガチでやっている連中ばかりでオレはお呼びでない」
「そっか」明音はふと思い出したことを訊いた。「女子の剣道部って、どうなの?」
「そういや女子の剣道部、あったかも」小田切の認識はその程度だった。「マイナーな部活はかけ持ちが多いし、よくわからないや」
「やっぱりうちと同じなんだ……」
 昔からの親善試合だけが存続しているのかもしれない。大きな大会で結果を残せない部活は近隣の学校との親善試合で活動実績を積み上げるしかなかった。その相手として地元では秀星学院とつつじヶ丘学園がよく選ばれていた。
「ありがとね」
「たいしたことねえよ」
 元同級生とのコミュニケーションはこの程度で良い。明音はさっさと業務をこなして帰宅した。
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