ウラカタ 二年G組げんき組

hakusuya

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ポンコツシュート

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 五月下旬、球技大会の日を迎えた。高等部三学年二十四クラスのチームが八ブロックに別れて予選リーグを行い、一位のチームがベストエイトとなって決勝トーナメントに進む。予選リーグは同じ学年のチームとは当たらない仕組みで、二年G組は一年E組と三年B組と同じブロックになった。予選はグラウンドと屋上コートの四ヵ所で同時に行われた。試合に出ない時間帯は運営に携わる。審判をしたり、記録係をしたり、タイムキーパーという役割もあった。全員が三分以上試合に出たことを確認するため、ストップウォッチを持ったタイムキーパーが一人一人出場時間を計測するのだ。だから運営には試合に出る以上の人員が必要だった。むしろ球技大会を通じて運営のノウハウを勉強するのだと改めて気づかされた。
 生出おいでのチームは第二試合の後半に出ることになっていた。第一試合の相手一年E組は強かった。運動神経の良い生徒を集め、さらにその中でも抜群のセンスを持つ三人が常時試合に出て二人枠は三分で交代するやり方をとっていた。
 二年G組は元気で上回っただけで、あっさりと大敗した。試合観戦には鶴翔かくしょうをはじめとするバスケットチームの面々も来て声援を送ったが残念な結果となった。
「今年の一年生、強いわね」鶴翔はそう言い残して、忙しそうに去っていった。
「このブロックは一年E組の勝ち抜けが決定だな。気楽にいこう」賀村よしむらが言った。二試合目の三年B組相手に出るクラスメートに向けて放った一言だ。
 やはり賀村はこういう時に頼りになると生出は思った。生出は学級委員らしい言葉を何一つかけられなかった。誰も期待してはいなかったが。
 生出たちの出番まで時間はかなりあった。運営の仕事も落ちついたところで、生出はバスケットチームの様子を観に行った。
 バスケットチームは善戦していた。出場選手の出番は均等にして、運動神経の良い生徒ばかりが出ているわけでもないのに、うまくまとまり、チームワークで接戦をものにして、二試合とも勝利して決勝トーナメントに進んだ。これには観戦していたG組全員が湧いた。
 立役者はもちろん鶴翔だ。彼女は二試合とも後半に出場したばかりか、前半においてもコート外から適切な指示を出していた。G組の生徒は元気でノリが良かったから鶴翔におだてられ、実力以上の力を発揮したようだ。
 ここでも鶴翔は輝いている、と生出は思った。
「やっぱり知夏ちなつはパねえわ……」一緒に観に来ていた賀村が呟いた。
 鶴翔を名前で呼ぶ男子は多くない。賀村たち一部だけだ。賀村は鶴翔と中学も同じだったようだから付き合いも長いのだろうと生出は思った。
 いよいよ生出たちの出番がまわってきた。すでに一年E組が二勝してこのブロックの勝ち上がりを決めていた。二年G組は三年B組と一敗同士の対戦となった。勝っても負けてもこれで球技大会は終わりだ。あとは運営の仕事をこなすだけだった。生出も賀村も後半からの出番だったので前半は観戦していた。もちろん声援はおくる。その甲斐もあって前半は二対一でリードして終わった。
「これ、勝てるんじゃね」声援をおくる男子の声が聞こえた。
「よし、勝ちにいこう」賀村が気合いを入れた。それが生出にはプレッシャーとなった。
 一緒に出る法月のりづきも硬い表情をした。生出をいじって楽しんでいるいつもの法月の顔ではなかった。生出は顔がひきつっているのを自覚した。
 二年G組の球技大会最後の七分が始まった。
 試合は得失点がない膠着した状態が続いた。相手チームの方が若干押していた。しかしゴレイロの賀村が機敏に動いて相手シュートを防ぎ、失点を許さなかった。
 攻撃は、生出がゆっくりとボールをつついて上がっていき、シュートを撃てそうな女子を探したが、なかなかうまくいかなかった。法月が「パス来ないで」アピールを露骨にしていたので、残り二人のどちらかにシュートを期待するしかない。はじめのうちはどうにかパスが通ってシュートまでもっていくことができたが、法月がボールに触らないことがバレるとそうもいかなくなった。
 もたもたしていると相手の男子フィクソが生出のところにボールを奪いに来た。女子三人にディフェンスを任せ、ボールを奪ったら彼女らが一気に攻めてくるという戦法だ。
 前半こそやる気を見せなかった三年生はメンバーが代わると全く別のチームになっていた。そしてその戦法が実を結び、残り二分を切ったところで相手シュートが賀村の手をかすめてゴールネットを揺らした。同点に追いつかれた。
 すでに両チームとも予選敗退が決まっていて、引き分けでも良いかという雰囲気が流れ始めた。
「一か八か、最後に法月さんに仕事をしてもらおう」賀村がそっと囁いた。
 もうどうでも良かった生出の目がその時覚めた。確かに、一度もボールに触っていない法月はノーマークになっていた。だから法月へのパスは簡単に通るだろう。それを法月が受けてくれるかわからないが、と生出は考えていた。目で合図したところで法月は「ムリムリ」と返すに違いない。切羽詰まってどうにもならない、余計なことを考えられない状況で、法月に渡すしかない。
 残り一分を切ったところで生出はゆっくりと動いた。相手は誰もボールを奪いに来ない。膠着している。打開するにはサプライズを起こすしかなかった。だから生出は半ばやけくそになった態度で、相手ゴール前で左右に動く味方攻め手が交差した瞬間、相手ゴレイロめがけて思い切りシュートをうった。
 男子のシュートは得点にならない。そのルールが周知されていたため相手ゴレイロは意表をつかれ中途半端に手を出してボールをはじいてしまった。
 相手ゴレイロにしてみれば、そのまま無視してゴールネットに達するまで見送っても良かった。もちろん両手でキャッチしても良かった。しかしはじいてしまった。
 そこに敵味方がかけつけボールを奪い合い、味方がどうにかキープして生出にパスで戻した。全体的に右へ敵味方が片寄っていて、左にはボールから逃げていた法月しかいなかった。
 生出は再び相手ゴールにシュートすると見せかけ、フェイントをかまして法月に向けてそっとボールを転がすように蹴った。
「法月、シュート!」生出は叫んでいた。
 法月はえっ、という顔をしたが、言われるままボールをゴールに向けて蹴った。さんざん練習させられ半ば条件反射のように体に身についていたのかもしれない。
 法月が蹴ったボールはコロコロと転がった。
 しかし予想もしなかった相手ゴレイロはその対処が遅れた。まさにスローモーションを観ているかのようなシーン。ボールはゴールの中へと転がっていった。  
 おおおおおお! 歓声が沸き起こった。
 信じられない光景にその場にいたG組全員が歓喜に踊った。
 何が起こったの、という顔をして突っ立っている法月に女子二人が抱きついた。そして間もなく試合は終了。G組は勝利をおさめた。  
 決勝トーナメントには進めなかったが、最後の最後で劇的な勝利。しかもその決勝点の功労者が初めてボールに触れた法月というのがまたドラマチックだった。
 担任の沢辺が興奮している。「やったね、法月さん!」できの悪い子の活躍に感動していた。
 法月はクラスメイトに囲まれ、居心地悪そうに身をくねらせていた。褒められるのに慣れていない法月はいつものクールビューティーに精彩を欠いていた。これで少しはクラスに馴染めば良いと生出は親になったような心境になった。
 フットサルチームはそれで球技大会の出番はなくなったが、バスケットチームがトーナメントに進んだということで一部の運営の仕事が残っている生徒を除いて体育館に移動して応援することになった。
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