ウラカタ 二年G組げんき組

hakusuya

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表舞台に立たされたウラカタ

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「ごめんなさい、生出君、ホームルームの進行役は私がするから配付資料の準備をお願いね」
 聞きなれた言葉に、生出元気おいでげんきは「うん、わかった。任せて」と答えた。
 五月も半ばを過ぎる頃には大抵の生徒が新しいクラスに馴染んでくる。二年生になったばかりの頃は、中高一貫生と高等部入学生の混合クラスとなったこともあって、どこかぎこちないところもあったが、次第に打ち解けるようになっていった。
 そして一学年八クラスもそれぞれのクラスごとにカラーが出てくるようになり、生出おいでがいる二年G組はいつしか「元気組」と呼ばれるようになった。その理由はいくつかある。実際元気な生徒が多い。成績は、学業も運動能力も並程度だが声の大きな生徒が多く、授業中もうるさい。見るからに元気な生徒が多かった。加えて、G組を「元気組」と読み替えることができる。しかし最大の理由は、クラス担任の沢辺さわべが女子体育の教師で、なおかつ明朗快活で元気であったことと、沢辺が学級委員に生出を指名して、「このクラスを元気組にしよう」と言ったことに始まる。生出の名が「元気」だったからだ。
 この安直なノリに調子の良い生徒たちが乗っかってしまった。割りを食ったのは生出元気だった。生出はおとなしく目立たない生徒だった。彼は中等部からの内部進学生で、内部進学生の男子によくいるタイプの慎重で羽目を外さない生徒だった。しかし沢辺の一言で、生出は一気にクラスの顔となってしまった。この御堂藤みどうふじ学園に入学して五年目。初めて表舞台に引きずり出されたのだ。
 それはこれまでの生出の慎ましやかな学園生活を一変させることになった。最大の変化は女子生徒との関わりだった。
 それまで生出は、クラスに必ずいる数名の地味でおとなしい男子生徒と小さなコミュニティをつくるだけだった。クラス替えの度にそうやって身近な世界を構築していた。
 しかし学級委員に指名されてから、そこに何かと義務が生じるようになった。まずは女子学級委員の鶴翔知夏かくしょうちなつと会話することが増えた。委員会の出席、ホームルームでの学級会、そしてそれらの打ち合わせ。鶴翔かくしょうと同じクラスになったのは初めてだが、同じ物理研究部に所属していたから面識はあった。ただ物理研究部専属の生出と違い、鶴翔はチアダンス部やら応援団やらの活動で忙しく、物理研究部にはたまに顔を出す程度だったのでほとんど話をしたことはなかった。それがいきなり男女の学級委員としてともに仕事をこなすことになったのだ。
 そして冒頭の台詞。
「ごめんなさい、生出君、ホームルームの進行役は私がするから配付資料の準備をお願いね」
 鶴翔かくしょうはとにかく忙しい生徒で、委員会などの顔出しはできる限りするものの、雑用は生出に頼った。部活を三つ掛け持ちし、応援団の活動も頻繁にあるらしく、常に走り回っていた。
 それほど忙しいのなら学級委員を引き受けなければ良いのに、と生出は思ったものだ。
 しかし鶴翔は担任やクラスメイトの信頼が厚く、頼まれたら断れない性格だった。
「うん、わかった。任せて」と生出はいつも学内を走る鶴翔の背中に言った。
 かくして生出は五月下旬に行われる球技大会の資料、そして九月上旬の修学旅行の資料を一人で用意する羽目になった。球技大会も修学旅行もそれぞれ委員会があるにもかかわらず、ホームルームで配布するするものは慣例的に学級委員が印刷して綴じることになっていたからだ。
 原稿をそれぞれの委員より受け取り、職員室横にあるコピー室で印刷する。こうした作業を生出は何度行ったことか。すでに慣れているとはいえ地味で退屈な作業だった。
 コピー室には同じ作業を行う別のクラスの生徒がいたが、どのクラスも男女二人の学級委員もしくはその代理が仲良く印刷業務を行っていた。生出はいつも通りおとなしく他のクラスの作業が終わるのを待っていた。
 何をするにも他者に譲る。それが生出のスタイルだ。そして他者はたいてい影の薄い生出に配慮せず自分たちの作業に没頭するのだ。
 しかし、この時はA組の学級委員である高原和泉たかはらいずみが生出に気づいて声をかけてきた。
「生出君、ひとりなんだ?」
「うん」と生出は曖昧に頷いた。
「あ、G組は鶴翔さんだったね」
 学級委員同士何度か顔を合わせているから高原はすぐに思い出した。むしろ鶴翔の方が生出より目立つので、G組の学級委員といえば鶴翔を思い浮かべる者の方が多いだろう。
「鶴翔さんは応援団の仕事があったよね」高原は同情するような目を生出に向けた。「球技大会前は忙しいよね」
「だからボクがフォローするよ」
「にしても」と高原は言いかけて一旦言葉を呑み、「私が手伝うよ」と言った。
「え、ありがとう」
 高原の発言は何かとまわりを巻き込む。生出は結局そこにいた他のクラスの生徒たちに手伝ってもらえた。修学旅行の資料については大部分が他のクラスと重複していたからG組の分を印刷するのはそれほど手間でもなかった。
高原は中一の時のクラスメイトだったから、古くからの顔見知りだ。
 あの時、生出はたしかにA組にいた。今となっては嘘のような話だ。夢を見ていたようなものとも言える。御堂藤学園においてA組は特別なクラスだった。そのA組に高原はずっといる。五年目になってもA組の顔で居続けているのだった。
「ありがとう、助かったよ」生出は素直に礼を言った。
「何言ってるの、お互い様でしょ。今度は私が手伝ってもらうからね」
「そうだね」と言いつつ、高原が助けを求めることはないだろうと生出は思った。
 彼女には多くの仲間がいて、しかもみな優秀だった。生出とは全く立場が違うのだ。これも彼女の人格がなせる技なのだろうか。  
 生出は配布資料を箱詰めして教室に戻った。
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