迷宮の果てのパラトピア

hakusuya

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クインカ・アダマス大迷宮調査日誌(ペテルギア辺境の森 プレセア暦2817年11月)

待ち構えていた者たち

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 暗い森を小一時間歩いた。
 身体強化魔法を使っているから疲労も感じず通常の速度の三倍程度で歩いた。
 そろそろ「迷宮への扉」があるあたりになる。それは私にもわかった。
 ここは大迷宮ではないから一度覚えた位置情報を見誤ることはない。
 そしていよいよその辺りだと思ったその時。
 行く先に人の気配を感じたときには我々は取り囲まれていた。その数二十名。
「夜もけてからお散歩とは隠者の高尚な趣味のひとつですかな」ヴロンスキーだった。
「山のいただきで見る朝陽あさひは素晴らしいですぞ」レヴィが言った。
「ぜひ我々もご一緒したいものだ」
「ずっとここにいたのか」ストライヤー騎士団長が訊いた。
「キャンプをはっていたのだよ」
 確かにヴロンスキーの背後には整地された後に張られた天幕テントがあった。
「用意周到ですな」
「ここで待っていれば万一はぐれた時も合流できるのでね」
「人数が多すぎますな。無事に戻る保証ができるのは十名までですな」
「ほう、それはいかなる理由かな」
「私は自分で封印を解いた場所には戻って来れますが、あなた方はそうはいかない。もし私に万一のことがあればあなた方は帰り道を見失い、どこだかわからないところへ出てしまうでしょうな」
「我々のように、ですね」ストライヤー騎士団長が口を挟んだ。
「ここに入ったところに必ず戻れる石がありますじゃ。『出戻でもどりの石』とでも申しましょうか」
「そなたが名付けたのか?」
「いかにも。ネーミングセンスのことは許していただきたいですな」
「名前よりも効果が大事だな」
「それは保証しますな。しかしそれはわずか四つしかない。一人一つずつ持つと四人分ですじゃ」
「その石を持っている者と行動をともにすれば何人でも戻れるのではないのか?」
「確かにそうですが、あの大迷宮にはどのようなモンスターや魔物が潜んでいるかわかり申さん。ぞろぞろ団体行動をとっていると身動きできず全滅の可能性もありますな」
「フットワークを良くするために人数制限をかけたいわけだな?」
「その通りですじゃ」
「ならば同行する数を減らそう」
 そう言ってヴロンスキーは自らを含めて十名を同行者とした。
 四つの「出戻りの石」は全てペテルギアの憲兵たちに渡した。
「我々はもうあそこには戻るつもりはない」それがストライヤー騎士団長の決意だった。
「新たな行く先に向けて立ちますじゃ。命を落とす覚悟はありますな」レヴィが念を押した。
「その覚悟がある者だけがついてきた」ヴロンスキーは答えた。
「では参りましょう」
「ところで」ヴロンスキーはレヴィのかたわらにいるアングを一瞥いちべつした。「その少年は? 魔法師ではないようだが大丈夫なのか?」
「私の身のまわりの世話をさせておりました弟子のようなものです。もともとペテルギアの者ではありませんからつれて参りますじゃ」
「そうなのか?」ヴロンスキーは怪訝けげんな顔をしたがそれ以上触れなかった。
 我々総勢十六名は「迷宮への扉」を通り、坑道を進んだ。
「どちらへ行きたいか希望はあるのですかな?」歩きながらレヴィはヴロンスキーに訊いた。
「あるにはあるが、望み通りの場所に行けるとは限らんのではなかったのか?」
「そうですが、いくつかすでに行ったことのあるところがありますでな。そこなら思い通りに行けますで」
「なるほど、ではオーデリア国はどうだ? ああ今はエゼルムンドの併合されているから元オーデリア領だな」
「それなら一度行っておりますな東の辺境に近いところですぞ」
「我がペテルギア連邦共和国寄りの場所だな。良いではないか」
「ではまずはそちらに行きますが宜しいかな?」レヴィは我々バングレア王国騎士団にも確認をとった。
「そちらが近いのなら構いませんぞ」ストライヤー騎士団長が答えた。「我が国の方が遠方なのでしょう。途中で立ち寄るのに異論はないです」
「オーデリアに行って何をされるのです?」ルークが訊いた。
 彼は魔法協会所属ではあったがフリーの魔法師だったのでヴロンスキーに対しても遠慮はなかった。
「単に様子が見たいだけだ。エゼルムンドの実効支配がどのようなものであるか」
「なるほど、偵察ですね」ルークはあっさりと納得した。
 しかし私は、あるいはストライヤー騎士団長やウィルも、ヴロンスキーの態度にわずかな違和感を覚えた。異国の憲兵が不法侵入してどこまで偵察できるというのだ。
「エゼルムンドの軍に見つかる可能性はないのですか?」私は思わず訊いていた。
「以前行った時には軍隊など微塵みじんも見かけませんでしたな。かなりの辺境で人の姿もちらほら程度だったように思いますじゃ」
「もしやあなたはそこに住んでいたことがあるのではありませんか?」
「はてどうでしたかの。あちこち渡り歩いて来ましたでな。長く滞在したかどうか覚えておりませんな」レヴィはとぼけるように言った。
 ペテルギア辺境の村にもずっと以前から住んでいたように地元の人間の記憶を改竄かいざんしたレヴィだ。別の国にも住んでいたことがあっても不思議ではない。
「はじめは行き慣れたところから始めましょうかの」レヴィは悠然としていた。
 レヴィが安全な道を選んだからだろうが、特に何のトラブルもなく進んだ。
 時と場の感覚は狂わされている。長く歩いた気もするが疲れも空腹も、そして排泄欲求も感じなかった。これにはペテルギアの憲兵たちもうなっていた。
「この迷宮の歩き方を教授するのは不可能なのか?」ヴロンスキーが訊いた。
 彼にしてみればその方法をさっさと教えてもらいたいのだ。それがレヴィの異能で、誰にでも会得できるものではないと言われていても、何か習得する術があるのではないかとヴロンスキーは考えているようだった。
「私もどこにでも行けるわけではござらんのでのお。いくつか知っている出入口には戻れるというだけですじゃ」
 レヴィの態度は変わらなかった。
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