迷宮の果てのパラトピア

hakusuya

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クインカ・アダマス大迷宮調査日誌(プレセア暦2811年5月11日~)

鍾乳洞の生物 ①

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 何となく次に現れた分岐点が区切りになる予感があった。
 時空が歪んでいるためか疲労や空腹を感じない。いくらでも奥へと向かうことができそうだ。しかしもと来た道を引き返して本当に「迷宮への扉」まで戻ることができるのか?
 我々の中に戻れなくなるのではないかという不安が徐々に蓄積していった。
「下っているのか?」ストライヤー騎士団長が声を発した。
 何となく道が下り勾配を帯びている気がした。時空の歪みがもたらした錯覚なのだろうか。
 魔法師の一人が鋼玉を取り出した。それを地面に置く。
 鋼玉はコロコロと進行方向に向けて転がった。魔法師がそれを拾う。
「これもまた錯覚かもしれませんが、下っていると思われます」
 地中深くに向かっている。いったいどこに行き着くのだろう。
 そして道に少しずつ凹凸が現れるようになった。平坦な道ではなくなってきたのだ。
 天井もまたそうだ。ところどころ下へ向かって飛び出している。やがてその中に氷柱つららのように垂れ下がった突起も見受けるようになった。
「鍾乳洞だ」誰かの声が聞こえた。
「本当か?」
 我が王国に鍾乳洞なるものはない。私を含めて鍾乳洞を見たことがあるものは騎士団にはいなかった。
 どうやら魔法師の一人が鍾乳洞を知っているらしい。その魔法師の話では、百年戦争の休戦時、海を渡った大陸のミシャルレ王国を訪れ、広大な鍾乳洞に入ったという。
「この壁は石灰が混じっています」魔法師が答えた。「先ほどまでとは土や岩の性質が異なります」
「いつの間に?」石灰岩に富んだ領域に入ったのだ、と誰もが疑問に思った。
 しかしここの時空は歪んでいる。わずかの時間、わずかの移動のつもりが、想像を超える時空の移動を済ませている可能性があった。
「この迷路のような坑道は自然にできた水脈なのかもしれません」
「我が王国の地下に鍾乳洞があったとしたら大発見だな」騎士団長が呑気な一言を口にした。
「ここはもう王国の地下ではないのかもしれません」別の魔法師が言った。「王国の地下なら飛鉱石が容易に見つかるはずです。ここまで歩いて全く見当たらないのは不自然です」
 王国の者なら誰でも知っていることだが、我がバングレア王国は島国で、島のいたるところで飛鉱石が見つかる。まるで島全体が飛鉱石の鉱山であるかのように。バングレア王国が「空の国」だったという神話が生まれたのはこのことと関係しているだろう。
 太古の昔、空に浮かぶ「空の国」があった。その地中には潤沢な飛鉱石が含まれており、「空の神」の偉大なる力で飛鉱石の浮力は膨大に増幅され島全体が空に浮いていたというのだ。
 それが何らかの原因で浮力を失い、海の上に降りてきた。そして現在の位置に定着したという。
 ならば我が王国は海に浮いているのか?
 否、魔法師を中心とした近海の海底探査の結果、王国全土はしっかりと海底に根を下ろしていた。「空の国」は神話の話だとされている。
 しかし大陸に近い我が島の近海は浅瀬であり、その上に降りたのだから矛盾はないといまだに「空の国」説を唱える者もいる。
 その方がロマンがあってファンタスティックだと私も思う。
 話を戻そう。
 王国の領土特有の飛鉱石が見当たらないためにこの地中は王国の地下ではないという意見は我々の間ですっかり浸透してしまった。ではここはいったいどこなのか? 全く未知の世界なのか?
 道はどんどん下っていた。しかも右に左に不規則に折れ、上下の起伏も多くなっている。
 天井から垂れ下がる鍾乳石の氷柱つららは長くなり、一メートルを超えるものもあった。
 魔法師の一人が照明魔法を広範囲に使った。歩く道幅は二人並べる程度だが天井の高さは数メートルに及び、壁はところどころ横穴を作っていた。
 そして鍾乳石。広範囲の照明魔法により浮かび上がった乳白色の壁はところどころ赤や青に輝き幻想的な雰囲気を醸し出していた。あたかもそれは壮大な壁画のようだった。
「滝のようだな」
 やや茶色がかった鍾乳石の氷柱が何百本も垂れ下がり、さながら絹糸のごとき束が山脈のように並んでいた。
「氷柱が伸びる速度は千年で数センチから数十センチと言われています。ここまで伸びるのに数万年は経過しているかと」
「それも時空が歪んでいなければ、の話だな」
「おっしゃる通りです」
「何かいます」
 音もたてずに壁つたいに飛ぶ小さな影が見えた。
 魔法師がスポット照明を併用した。それが対象を捉えた。
「コウモリ型の小型モンスターですね」
 不規則な軌跡を描いて二匹のコウモリが飛んでいた。
「捕獲して調べよう」騎士団長が言った。
 魔法師が雷属性の衝撃魔法を放った。威力を必要最小限にしぼっていたために、撃たれたコウモリ型モンスターは翼を麻痺させて地に落ちた。
 死んではいない。腹を見せ、ひきつったようにヒクヒクと動いていた。
「間違いありません。王都に侵入したものと同じです」
「これで目的の一つは達成したな」
「やはりこの迷路にいるモンスターが封印の解かれた扉から王都に侵入したと考えて良さそうですね」
「このコウモリ型モンスターはここに棲息しているのか。だとすれば餌となる生物も棲息しているはずだ。小さな虫のようなものを捕食しているか、あるいは大きな動物の血を吸っているか」
 目的を一つ達成したことで、一旦調査を打ち切り引き返すという選択肢が頭によぎったにもかかわらず、ストライヤー騎士団長の一言がその選択肢を消してしまった。
「他に動物がいないか気になりますね」
「ああ」
 洞窟は徐々に広がっていった。
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