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御堂藤学園二年生編

二年H組

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 二年H組の教室に入った。
 一昨日より早い時間帯だったので生徒の姿は半分もなかった。部活などをしていて、登校しているものの教室にはいないのかもしれない。
 火花ほのかは最前列の自分の席に荷物を置いた。隣の女子本谷ほんたにはまだ来ていなかった。
 教室の真ん中の方に目を向けると、この学園唯一とも言えるヤンキー鮫島さめじまが机に突っ伏して寝ていた。
 鮫島は意外に早く登校するようだ。教室で寝るのならもっと遅く来れば良いのにと火花ほのかは思った。
 何気なく教室内を見渡した火花は、ひときわかしましくお喋りをする女子四人組を見た。そしてその中心にいる女子生徒に目を奪われた。
 香月星かづきせいという生徒だ。彼女だけ異空間にいるかのようにそこだけまばゆい光に包まれていた。
 「めっちゃ可愛い」という陳腐な表現では申し訳ないくらいの美少女だった。
 初日の自己紹介の時も可愛いとは思ったが、まさかここまでとは思わなかった。あの時はホームルーム中で彼女自身緊張していたのかもしれない。
 友人たちと楽しそうにお喋りをする香月星かづきせいは、美少女が多いとされる学園でも抜群の存在感を放っていた。ただのルックス美人ではない。その動きも含めてアイドルなのだ。
 目立たず平凡な生徒としてデビューした火花だったが、ラブコメの主役になってハーレムを堪能しても良いのかなと思ったのだった。
 そうなるとこの眼鏡にどんぐりを逆さにしたような頭は修正を迫られる。
鮎沢あゆさわくん、おはよう」
 後ろから声をかけられた。 振り返ると本谷だった。女子学級委員。三つ編み眼鏡の可愛い系美人でもある。
「あ、おはよう……」
 火花は少し挙動不審な挨拶を返した。まだ三日目だが、すっかりコミュ障オタクの姿が板についてしまっていた。ハーレムには程遠い。
「鮎沢くんも香月星ちゃんのこと気になるの?」本谷は火花に顔を寄せて囁くように訊いた。
 ほんのりと女子の良い匂いがした。
「いや……その……」口ごもったのは演技ではなかった。
 三つ編み眼鏡やお下げ眼鏡の女子はやたらと多い。モブキャラだと油断していたら痛い目に遭うことは楓胡を見れば明らかなのだが、そのことを忘れていた。
 それくらい香月星が目を奪われる存在だったということだ。そして距離が近い本谷も相当破壊力がある。
「良いのよ、香月星ちゃんはH組の顔だし、学園のアイドルだもの」
「H組の……顔?」火花は不思議そうな顔をして訊いた。
「うちのクラス、H組じゃなくて『二年ほし組』にしようって星川ほしかわくんが言ったじゃない」
「そうだっけ?」間の抜けた声を返す。星川の台詞などいちいち覚えていない。
「香月星ちゃんの『せい』と星川くんの『ほし』で『ほし組』って」
 星川の「星」は余計だが、香月星の「星」なら誰も文句は言うまい。
「隣のG組は『げんき組』を名乗ってるわ」
 確かに賑やかなクラスだ。授業中でもG組の爆笑が聞こえてくる。前の学校でもあそこまで揃って騒いだりしないだろう。
「歌劇団かと思ったら幼稚園のノリなの?」火花は訊いた。
「そうねえ」本谷は何だかツボにはまったように笑いだした。「鮎沢くん、ボソッと可笑しなことを言う」
「上品な元お嬢様学校だと思っていたから」
「うーん、その名残りはあると思うの」そこでまた本谷は声を潜めた。「中高一貫生はそんな感じ。でも高等部入学生はいろいろなタイプがいるしバラエティーに富んでいるわ。私は中等部からの内部進学組だけれど高等部入学生がうらやましい」
「ボクもそうなの?」自分も高等部入学組に分類されるのかと火花は訊いた。
「鮎沢くんのことは知り合ったばかりでまだわからないけれど、何となく愉快な人の予感。そして案外大きな秘密を抱えていたりして」本谷は目を細めた。
 秘密というほど大袈裟なものではないが説明するのも面倒なので言わないでいることはたくさんある。訊かれてもうまく説明できないから仕方のないことなのだが。
「せっかく学級委員になったのだもの……」本谷は言った。「クラスのみんなをよく観察しなくちゃ」
「観察してどうするの?」
「小説の題材にするのよ」
 ああ、本谷は文芸部だった。
「本谷さんが気になる観察対象はいるの?」コミュ障を装うつもりだったのに、つい気になって訊いてみた。
「もちろん。香月星ちゃんでしょう、鮫島くんでしょう、星川くん……」香月星はともかく鮫島や星川が観察対象とは物好きな。「そして、やっぱり鮎沢くん、かな。転校生だし、正体不明」
「ボクのことはそっとしといて」火花はボソッと呟くように言った。
「じゃあ、少しずつお近づきね」本谷はにっこりと微笑んで席に着いた。
 やはりこの学園の生徒は人種が違う。火花は前の学校の顔ぶれを思い浮かべた。
 学級委員は元カノでもあった佐内一葉さないかずはだ。見た目は堅物かたぶつの優等生だったが、中身は食えない奴だった。古文教師の西銘にしなにお灸を据える際には手伝ってくれた。
 比較して本谷は、物書きのために観察する趣味はあるが裏表はなさそうだ。
 香月星は今まで会ったことのないようなアイドルだし、その他の生徒も上品で洗練されている気がした。
 最も浮世離れした存在は言うまでもなく同居者ではあったが。
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